世界一残酷な校則
「・・・なにが真の自由だよ。ただの無法学校じゃねえか」
山乃修太は吐き捨てるようにつぶやく。
衝撃的な入学式を終えて、呆然とした表情で修太は寮に向かって歩いている。
俺たちの学校には世界一残酷な校則があった。
~本校の生徒として認められるには、毎月の出席日数が1/2以上でなければならない。本校の生徒である限り、あらゆる行為の罪は問われない~
つまり月初めから月末までの登校日のうち半分以上の日数さえ出席していれば、どんなことをしても罰せられないというわけだ。
強い者、賢い者が法律に縛られることなく好き放題に闊歩し、弱い者や馬鹿な者は一方的に虐げられる構図も認められているということであり、文字通り弱肉強食が成立する世界一残酷な校則だ。
なぜ、こんな滅茶苦茶な校則が日本に存在する学校で認められているのか?
20XX年、地球に宇宙人が襲来した。
5年前、ニュースの速報で事実を知った時は鳥肌が立った。
広大な宇宙のどこかに人間のような知的生命体がいても不思議ではないとは思っていたけれど、現時点の人間の科学技術で観測できないほどの遠い星から地球へ到達することができるテクノロジーなんてどんな生物にも実現不可能だと思えた。
映画じゃあるまいし、まさか宇宙人が地球に来るなんてことは絶対にありえないだろうと勝手に思い込んでいた。
今となっては何を根拠にそう決めつけていたのか阿保らしくなる。
話をもどそう。
宇宙人のもつテクノロジーは地球人のそれを遥かに凌駕しており、人間のもつ兵器の全てが無力化された。
人類は最初のうちこそあきらめずに抵抗しようとしたが、それを嘲笑うかのように宇宙人は見せしめとして大国の1つを一瞬にして消滅させた。
それにより宇宙人と地球人が戦うことは、人と猿が争うのと同じくらい愚かなことだと人々は痛感し、人類はなすすべなく宇宙人の統治下におかれることになる。
地球は宇宙人によって支配されたが、それにより人間の世界が大きく変わることはなかった。なぜなら宇宙人は基本的に人類の在り方に干渉してこなかったからだ。
ただ宇宙人の命令は絶対であり、その命令に逆らいさえしなければ今まで通りの日常が提供されるということだ。
そして2年前に宇宙人の命令により日本に特別な学校がつくられた。
広大な土地に建てられた超巨大のドーム型の建物だ。
選ばれた者が通う学校として『選者学校』という学校名がつけられる。
選者学校に通う者は宇宙人が選定した人間であり、その者は在学中に選者学校のあるドーム型の建物の外に出ることが一切できなくなり、選者学校を卒業したあとは宇宙人の住む星に行けるという最高の待遇が約束された学校であるというのが宇宙人の説明だ。
宇宙人が地球を支配したにも関わらず、地球に移住しないのは宇宙人の住む星が地球よりもずっと豊かでハイテクで楽しいからだろうとテレビのコメンテーターの1人が言っていた。
そんな星に行くことができる選者学校に羨望のまなざしを向ける人たちもたくさんいた。
しかし、宇宙人の星に行ったら二度と地球に帰ることができなくなるという決まりもあり、家族や友人、恋人がいる者にとってはつらいだろう。
選者学校に入学した時点で二度と家族や友人、恋人には会えなくなるのだから。
地球に帰れなくなるという理由は人間が宇宙人の星に行って、あらゆるテクノロジーに触れ、それが地球に伝わってしまうことを懸念する宇宙人側の事情だろうというのが一般的な見解だ。
選者学校内の様子は空からでも見ることができないような施設となっており、その巨大な空間でどのような学校生活を生徒がおくっているのか外の人間は一切知ることができなかった。だが、宇宙人によれば真の自由が約束された楽園だという。
たいした友人もいなく、家族にそこまで思い入れもなく、恋人もいたこともない俺にとっては選者学校が魅力的な学校に思えた。
だがルックス・スペックともに平凡であり、凡庸な人生をおくってきた俺が選者学校の生徒として選ばれることなどありえないとも思っていた。
しかし、選者学校が新設されてから2年経過し、晴れて平均的な偏差値の高校に入学することになり、入学式の4日前、俺に転機が訪れる。
その日、修太は漫画を買うために本屋のある複合施設に入り、トイレで手を洗っていた。ふと鏡を見ると、背後に不気味な仮面をつけた黒のローブ姿の者が立っていた。
「!? うわっ!!」
修太は思わず情けないポーズで横っ飛びに飛んでトイレの奥に行く。
「私は選者学校の使者です。君は選者学校の生徒として選ばれました」
使者と名乗る不気味な仮面をつけた者は、男か女かわからない声色で話す。
「は?」
冗談だとしても明らかに危ない奴だと思い、修太は後ずさりする。
「拒否権はありません」
途端に、体が硬直して動かなくなり、声も出せなくなる。
「っ!!・・・」
・・・ああ、これは本物だ、と修太は薄れていく意識の中で思いなおす。
そして気が付くと車の中の後部座席に座っていた。
体は動かせないが、声を出すことはできるようになっている。
使者は運転していた。
修太は金縛りのような初めての感覚に恐怖で震えながら疑問を口にする。
「どこに連れていくつもりだ?」
使者は振り向かずにハンドルを操作しながら言う。
「選者学校の寮です。明日が選者学校の入学式です」
「明日!?」
使者は無言でハンドルを切る。
「事情だけでも親に話したいんだけど」
「そんな権利はありません」
「じゃあ、親にはどう伝わるんだ?」
「何の連絡もいきません。今日から君は行方不明となります」
・・・どうりで選者学校の生徒として選ばれた人が誰なのか広まらないわけだ。それに2年前から神隠しが多発しているのはこれが原因か。
「なんで俺が選ばれたんだ?」
「それは答えられません」
「・・・何も特別じゃないのに」
「選者学校の生徒は特別な者だけが選ばれるわけではありません。君のような何一つ優れた点のない凡庸な人間でも選ばれます」
・・・なんだ、やっぱり特別じゃないのか。
もしかしたら自分は何か特別なものを持っているのではないかという淡い期待が消え去り、修太はため息をつく。
使者は不気味な恰好のまま運転しているのにフロントガラスの向こう側にいる人たちは、こちらを見ても顔色を一切変えないことに修太は疑問を持つが、しばらくしてフロントガラスに何らかの細工がされているのではないかと気づく。
そして新たな疑問が浮かぶ。
宇宙人は姿を見せることなく地球を支配してしまったので、宇宙人がどんな姿形をしているのか誰も知らない。
「・・・あんた人間か?」
「質疑応答はここまでです」
それからはどんな問いかけにも使者は無言をつらぬき、修太もあきらめて車の外の景色を窓から眺めた。
選者学校が中にあるドーム型の建造物が見えてきた。入り口の専用トンネルのような場所に車で入った瞬間、修太の意識は薄れていき、眠りに落ちる。
目が覚めると見たことのない部屋の中にいた。
修太はベッドから起き上がり部屋の中を見回す。
ワンルームほどの広さの部屋で、大きな液晶画面が壁に埋め込まれている。
すると液晶画面から音が鳴りだし、修太はびっくりして画面を見る。
音声と映像が流れ、入学式の場所、集合時間、家具の使用方法などの説明がされていく。
クローゼットの中には学校指定の制服がきちんとかかっていた。
修太はシャワーを浴びたあと、ベッドに倒れ込む。
「もう、どうにでもなれ」
つぶやくと同時に強い眠気に襲われ、眠りに落ちていった。
翌日、制服に身を包んだ修太は入学式が執り行われるホールに向かって歩いていた。
自分と同じく学校指定の制服を着た男女が視界に入る。
どの男女もホールに向かっていることから自分と同じ新入生なのだと思った。
ようやくホールに着き、入り口から入ろうとした瞬間に修太は立ち止まる。
すでにまばらに集まっている新入生たちはざわざわとした様子で落ち着きがない。
それに一瞬視界に入った新入生たちにどこか奇妙な感じを覚えたのだ。
背後から制服姿の小学生くらいの女の子がおびえた様子でホールに入ってきて、修太の前を歩いていく。
・・・いやいや。
修太は唖然とする。
女の子が歩いていく方向のずっと奥の方を見て修太は口を開ける。
どうみても70歳くらいの老人が制服姿で立っている。
・・・は?
辺りを見回す修太。
どう見ても堅気に見えない人相の男、禿げた中年男、髪を紫色に染めたおばさん、ホームレスのような外見の男性。
もちろん自分と同い年ぐらい見える男女もいるが、20代くらいのサラリーマン、OL風のきりっとした大人な雰囲気をもつ男女もいる。
その全員に共通しているのは学校指定の制服を着ていること。
「なんだ・・・ここ」
素直な感想が口からこぼれていた。
てっきり選者学校は中学、高校のどちらかだと思っていたが、どうやら様々な年齢層の人間が生徒として選ばれる学校らしい。
物珍しさで周囲を見回していると老女のスカートの制服姿が視界に入り、見たくはなかったとげんなりする。
視線を前に向けようとするが、一人の美少女が目に留まる。
うわっ・・・綺麗な子だな。
顔立ちが整っていることで目立ってもいたが、何よりすごく落ち着いているように見えるのだ。
こんなわけのわからない状況の中で落ち着いている美少女の様子に修太は不思議に思う。
「はい、静粛に」
壇上からマイクで男性が呼びかける。
新入生は全員、壇上の男に視線を向ける。
「私は選者学校の校長職に就いている川原です。これから宇宙人の命令により、みなさんに伝えなければいけないことをお話しします。どうか取り乱さずに聞いて頂きたい」
校長と名乗る男性の言葉で胸騒ぎがした。
「選者学校の校則では、本校の生徒である限り、どんな行為の罪も問われないというものがあります。つまり、宇宙シティは日本の法律などがまったく通用しない無法地帯であると言えます」
新入生たちがどよめく。
「そして、みなさんは卒業と同時に死ぬ運命にあります。3年後の卒業式の日に宇宙人の星に移動して、その瞬間に死ぬことになります」
・・・は?
修太は混乱していた。
校長のその言葉で、さらにざわめきが大きくなる。
「どういうこと!?」
「ふざけんな!!」
怒号が次々と飛ぶ。
「みなさんが混乱するのもわかります。しかし事実です。我々にはどうすることもできません。それに選ばれた運命は今さら変えられない。ならば、その運命を受け入れて前を向いて最期まで楽しく過ごしましょう!」
校長は汗だくで述べた。
「ざけんじゃねぇ!!」
「そんなの認めるか!」
「俺は戦うぞ!!」
いきり立った声があちこちから聞こえる。
校長は重苦しい表情をして口を開く。
「戦ってどうやって宇宙人に勝つというんだ?」
重たい沈黙が周囲におちる。
「人類が一致団結して戦っても、手も足も出なかったというのに、完全に宇宙人の管理下にあるこの空間でどうやって戦って勝つというんだ?」
絶望的な雰囲気が周囲に満ちる。
そのあと校長は諸注意などを長々と述べたが、修太は茫然として、そのほとんどが頭に入らなかった。
かくして入学式が終わった。
修太は寮の部屋にもどると、ベッドに倒れ込み天井を見つめる。
「意味わかんねえよ」
そうつぶやくと同時に涙が零れ落ちた。
明日から授業が始まる。