5.土魔法のメリットとデメリット +再会
長かった入院生活を終え、特に異常なしと判断された俺は無事退院することができた。
退院するために病室を片付けているきに若干の呆れ顔とともに「病院はたくさんくればいいってもんじゃないのよ」と看護婦さんに言われたのは少し恥ずかしかったが。
そんなこんなでとりあえず迎えに来てくれた母さんと家に帰り、久しぶりの自室のベッドにダイブする。
このベッドで寝たことがあるのはこっちの世界に来てからの2週間ほどしかないがなぜか安心感がある。
「俺、こっちの世界のベッドと病院のベッドの使用回数同じくらいなんだ・・・」
深く考えてみるといかに自分が無茶をしていたかわかる。でも魔法って聞くだけでテンションが上がるもんじゃんか! などと謎の自己肯定をしていると玄関が開いた音がした。あぁ、学校からレイが帰ってきたのかと思えばそのままレイが俺の部屋のドアを開ける。
「あ、お帰りレイ。今日やっと退院できたんだ!」
「・・・兄さん、退院したら電話をしてほしいってルーンさんが言っていませんでしたか」
「えっ。あ・・・」
「はぁ、やっぱり兄さんは兄さんですね。そうだろうと思ってもうこの家に呼んでますよ。」
「ちょ、ちょっとまて! 俺を人間かどうか疑ってるあの人がこの家に来るの!?」
「えぇ。兄さんが入院中も何回か兄さんが退院したかどうか確認にいらっしゃってましたよ」
今からでも逃げる準備せねばと窓を見るとちょうど黒塗りの高級車が家の前にとまったのが見えた。
「いらっしゃったようですね」
神は、死んだ。
*****
ルーンさんに連れられ今俺がいるのは馬鹿でかい屋敷の一角の会議室みたいなところである。
その屋敷の外観を見た時思わず俺の口からこぼれたのは「なんじゃこりゃ」という非常にありきたりなものだった。そもそも家の中を車移動するって時点でもう俺の常識の範疇から出ている。
そしていざ車が止まったと思えばこんな会議室みたいなところに移動させられて緊張しないほうがどうかしている。そもそも彼女が敵か味方かもわからないし。
出された紅茶には手も付けられずただガクガクしながらルーンさんが発する言葉を待つ。
「・・・なぜ私はお前にそんなビクビクされているのだ?」
ルーンさんがやっと放った第一声。なぜといわれてもいろいろ心当たりがありすぎる。
「その、そもそも僕貴女に人間かどうか疑われているのでは・・・?」
「あぁそのことなら安心しろ。お前が入院中に勝手にこっちで調べさせてもらった。調査の結果お前から魔物や呪いの類は発見されなかったからな」
え? この人入院患者にそんなことやってたの!? 病院までグルかよ!
まぁそれで潔白が示されたのならいいけど・・・
「じゃあ今日は何の用でこのような場所に?」
「ふむ。やっとちょっと警戒心が解けたな。よし、そろそろ本題に入るが単刀直入に言うとお前には国立魔法高等学校に入学してもらう」
緊張がほぐれてきてようやく口にできた紅茶を全部噴き出す。全部。
「な、なんでそんなことに!?」
「当たり前だ。あれほど強大な魔法を使える若者を国がほっておくと思うか?それにお前のことを研究したいっていうやつもたくさんいる。どうだ?悪い話ではないと思うが」
悪い話ではないのは確かである。ただ俺は教科書レベルの魔法も使えない落ちこぼれであるのに変わりはないし正直ついていける気がしない。
「ごめんなさい。多分俺には無理です」
「・・・あれほどの力を有する者がどこに不安を抱くことがある?」
「実は俺、もともと魔法は第1階級のへぼいやつしか使えないんです。なぜか最近第13階級のやつだけ使えるようになりましたけど、それも欠陥だらけで・・・」
「ごたごた御託はいい。私は私の目で見たものだけを信じるし、その上でお前を推薦した」
「いや、でもっ」
「もういい分かった。わかりやすくこうしよう。この屋敷には鍛錬場がある。そこで私と一戦交えろ。そこでお前が勝てばこの話をチャラにしてもいいが、私が勝てばこの話飲んでもらう」
なんだよそのゲームみたいな展開は。
絶対に嫌だ。そもそもこの人にそんな権力あるのか?と疑問をぶつけようと目を合わせると
・・・彼女目はギラギラと、獲物を見ているような目だった。
抑えきれない。早く戦うぞと目が訴えかけてくる。
「・・・・・わかりました。そうしましょう」
ごめんなさい、嫌です。と言おうとしたはずの口が何故か勝手に動いた。
完全に無意識の行動だった。
ただ、心の底でどこか、俺もあのゲームの舞台に行けるのではないかという期待が少しだけ生まれてしまったのも事実である。
そうして俺らは鍛錬場に向かった。
*****
俺は今回の氷魔法事件以降の入院期間中、最高位魔法を一切使わなかった。
レイの監視が厳しくなったってのもあるし、単純にこれ以上は危ないと踏んだからだ。
だが考える時間はたくさんあった。俺の前世の記憶をフルに回転させて今の俺の状況とほかの4つの魔法を鑑みたところおおよそだが、炎魔法と土魔法のデメリットの予想がついた。
成り行きでルーンさんと一戦交えることになったが、もしかしたら実践できるかもな。と思いながら俺は彼女の後についていき鍛錬場を目指す。
*****
ルールはいたってシンプルであり、どちらかが負けを認めるまで続くというものであった。
ルーンさんの執事だと思われる男性立会いの下、戦いの火ぶたは切って落とされた。
開始の合図が鳴るや否やルーンさんが金色に輝き、周りに閃光を迸らせている。
―――知っている。これは第8階級魔法の電光石火だ。
常時発動型の魔法で一回発動してしまえば魔力が尽きるまでいつでも加速できるというものであり、これを使えるということは相当の手練れだということが分かる。
だが俺にも秘策がある。今回は土魔法で迎え撃つ。
おそらく、俺の今の氷魔法の広がるスピードではルーンさんにタイマンでは太刀打ちできないし、鍛錬場に天井があるため雷を落とすこともできない。
となると今回使えるのはデメリットの予想がついている土魔法が無難と思い立った次第である。
イメージも集中も十分。またあの感覚だ。周りの音が聞こえなくなる。いける。
「創造神の欲望」
唱えた瞬間、魔法が発動した形跡があった。成功したことが分かる。
ただ今までと違う点として発動と同時に何も起こらなかった。
何も起こらなかった。
とんでもなく気まずい空気になる。
かたや体を金色に輝かせ、荒ぶる闘志が閃光となってはじけている美しい女戦士。
一方、たいそう立派な魔法を大声で唱えたにもかかわらず何も変化がなく突っ立っているだけの俺。
ルーンさんの目から「・・・行っていいのか?」と困惑の様子が見て取れた。
見つめあって数刻、もう待ちきれなくなったのか、ついにルーンさんが俺に向かって急接近してきた。
だが、土の最高位魔法は防御に優れた魔法。防御なんて容易いと迎え撃つ準備をするが、一向に思い通りになる気配がない。
そう思ったのもつかの間、ルーンさんの重い蹴りが一発腹に叩き込まれ俺は壁まで弾き飛ばされた。
*****
土の最上位魔法:創造神の欲望
この魔法はほかの最上位魔法と違い、常時発動型の魔法である。
つまりほかの属性の魔法とも併用して使える。
発動とともに自分の周りの鉄原子を自分のもとに集め、それを自在に操ることができる。
ただ一気に集めれるわけではなく、時間経過とともにたまっていく使用上スピードは速いわけではないので、CORにおいては戦闘開始とともにこれを発動して最初のほうは自分を守れる盾サイズまで集め、終盤にその集めた原子を超巨大な巨人に作り替えたり、はたまた城のような防壁を作ったりと戦況によってさまざまな使い方ができるものだった。
また、鉄を集め再構築できるのでマップを作り変えてしまったり相手の剣をぼろぼろにしたりとなかなかに陰湿なことができたりもする。
この技をこの世界で俺が使った時のデメリットとして、おそらく集まるスピードがゲームよりも遅いのだと思っていた。現に一応発動とともに少しずつ鉄は集まってはいた。
だが、明らかに遅すぎる。ゲームでは一応自分の盾サイズまでは発動後すぐに集まっていたはずなのに、今俺の手元にあるのは塩一掴みくらいだ。
ルーンさんから逃げ回りながらも必死に集めようとするが全く増える様子がない。
しかもこの鍛錬場、おそらく鉄が主成分であることに間違いない。さっき壁に激突したときに確信した。
だからこそ、この集まりの悪さは異常である。となると何か別のー
「考え事をしている暇があるのか?」
またもや容赦なく壁にたたきつけられる。
「こんなものではないはずだが? 貴様、勝つ気があるのか?」
「げほっ、はぁ、一応策は練ってるんですけどね・・・」
「じゃあそれを私に見せてみろ!」
再度高速で接近するルーンさん。
「氷帝の憂い」
とっさに氷のフィールドを少しだけ広げて壁にしようとするが、いつの間に抜かれていたのか、これもまた金色に迸る剣によって両断される。
そして腰から固まってる氷ごと身体強化された蹴りで吹き飛ばされ地面を転がる。
そのおかげか、足を蝕んでいた氷は動けるくらいには剥がれたがその後も追撃は止まらず数分もしないうちに俺はぼろ雑巾みたいになっていた。
「ふぅ、どうやら本当に私の見込み違いだったようだな。おかしいな、私は人を見る目には自信があったのだが」
「へ、へへ。だから、言ったでしょうに。お、・・・おれは落ちこぼれだって・・」
「まぁこれはこれでお前の望み通りになったのかもしれないな。すまないが私のほうからさっきの話はなかったことにさせてもらう。よっぽどお前の妹のほうが価値はありそうだ。あれほどの大魔法を見た時は驚いたが、所詮は大味。結局使いこなせなければただの落ちこぼれ。強力な魔法も第一階級魔法とさほど違いはないのかもしれないな。まぁほかの魔法高校くらいには入れるかもしれないからそこで少しでも制御できるようになるといいがな。まぁせいぜい頑張るといい」
そういって背を向け俺から離れていくルーンさん。
結果としては俺の願った通りになったはずなのになぜか涙がこぼれてくる。
「はは、・・・結局俺は落ちぼれにすぎないのか」
なんかの拍子にゲーム世界に転生できたが結局おれは使いこなせない武器を与えられた国民Aに過ぎない。
ゲームの主人公にも成れなければ、自由に魔法も使えずただ何の生産性もない生活を送って死んでいくだけ。これじゃあ前の生活と何も変わらないじゃないか・・・!
・・・勝ちたい。この人に。勝って認めさせたい。落ちこぼれでも牙は持ってるってことを。
勝って自分の存在を肯定したい。認められたい! この世界に生きている証を残したい!!
「だから、だから俺に力を貸してくれ!!! 俺は絶対に勝つんだ!!!」
湧きあがる感情が脳を支配する。視界はぼやーっとしているが意識はしっかりしている。
さっきまで感じていた不安や恐怖はもうどこにもない。あるのはただ勝ちたいという欲望だけ。
「な、なんだ、なにがおこっているのだ!」
いつの間にか歩くのをやめていたルーンさんがこの前の屋上と同じような顔をしてこちらを見ている。
そしてやっと俺は周りの変化に気づいた。鍛錬場のいたるところが少しずつ剥がれ、俺のところに集まってきている。いつの間にか天井という存在がなくなっている。
そして剥がれたかけらたちは俺の背中に集まったり周囲を漂ったりしている。
背中が温かく感じる。というより背中に自分の意志で動かせる何かがある。
それは銀色の羽のような手の平ような巨大な何かであった。
・・・俺はこれがなんなのか、何ができるかを知っている。
「ルーンさん。構えてください。第二ラウンドと行きましょう」