48.非難の海のその先
正午を知らせる鐘の音が屋敷内に響き渡りついにパーティーが始まる。
馬鹿でかいホールに集まった大勢の人が立食形式で舌鼓を打ちつつ会話に花を咲かせているみたいだ。
一方の俺はというと出入り口付近にいるエマさんの横で同じように姿勢よくたっている。
いいな・・・。料理うまそうだな。
「成瀬様、後で料理の方は部屋に運ばせていただきますので今は我慢していただけませんか?」
「えっ、なんでバレてんですか!?」
「・・・よだれ、垂れてますよ」
「うそっ!」
急いで袖で口元をぬぐうが、この服は借り物だったことを思い出してハッとする。
・・・俺こんなんで大丈夫かな?
そもそもこういう貴族の場は初めてだし、向こうも何か企んでいるっていうのが分かっている以上息苦しくて仕方がない。
取りあえずカイムさんから伝えられている要注意人物を雑多の中から探す。
グルフ・フェニクスそしてその息子のゲイル・フェニクス。
カイムさんのお兄さんにして反発派の筆頭。
何やらかなりご機嫌なようでたくさんの人の中心で意気揚々と大声で語っているもんだから意外と早く見つけることができた。
グルフさんはほんとにカイムさんと兄弟なのかと疑うほど似ていない。
この人がエルサを、エルサの母親を・・・。
「成瀬様、顔が大変怖くなっております。もっと平静を装ってください」
「え? あぁごめんなさい。気を付けます」
なんて話していると電気が急に暗くなりステージのほうにスポットライトが当たる。
やがて横からはカイムさんとエルサが並んで歩いてきて中央にあるマイクの前に立つ。
中央に立った二人は本当に美しく、恐らく何のしがらみもなければここにいるすべての人たちは心を奪われていたに違いない。
「みなさん、今日はお集まりいただき本当にありがとうございます。こうしてフェニクス家に携わる人たちが一堂に集まる機会はここしかありません。ぜひ王国の建国に、不死鳥の加護に感謝して今日という日を大事にしましょう。それでは皆様グラスをお持ちください。乾杯!」
乾杯!! と会場中に声が響き渡り正式にパーティーが始まる。
みんな表面上は取り繕っているようだけど腹に一物抱えているに違いない。注意してみておかないとな。
カイムさんが動くのは今日の最後のはずだからそれまでは俺が場を守らなくちゃいけない。
「成瀬様、部外者のあなたをこのような場に巻き込んで本当に申し訳ないのですが・・・よろしくお願いします」
「わかりました。一緒に頑張りましょう」
こうしていろんな思惑が渦巻く混沌のパーティーが始まった。
*****
・・・・パーティーが始まってどれくらいたっただろうか。
ついさっきエルサとカイムさんは挨拶回りが終わったみたいで二人は別行動を始めた。
取りあえず目線でエルサを追い続けていたところ、エルサとカイムさんが離れるのを待ってましたとばかりに近づいてくる親子がいた。間違いない、グルフ親子だ。
何かあるに違いないと踏んでとりあえず俺はそこに行ってみることにした。
*****
「やあ、エルサさんご機嫌いかがですか?」
「ゲイルさん・・・。何か用ですか?」
お父様と別れた私に真っ先に会いに来たのは今一番会いたくない人であった。
顔にへばりついているいやらしい笑顔は父親譲りなんだろう。お父様とはお世辞にでも似ているとは言えない。
「つれないなぁその態度。俺は次期当主になるゲイル・フェニクスだぞ。もっと敬ってくれよ」
「別に、まだお父様の代でしょう? あなたに敬うところなんて一つもありません」
「おやおや、そんなことを言ってると俺の代になった時にどうなるか知らないぞ」
「・・・・・」
今朝、あいさつ回りが終わった私がもう一度お父様のところに向かった時にありえない言葉が告げられた。
「エルサ、今日のパーティーで私は次期当主にゲイルを指名する」
「・・・・・どういうことですか?」
「申し訳ありませんエルサ様。これは昔から決まっていた約束事でありまして」
そう答えた私に何かを告げようと口を開きかけたお父様の声をさえぎって横に控えていた薪密院の人がしゃべりだす。この人たちのしゃべり方、風貌はいつみても生理的不快感しか覚えないのはなぜだろうか。
「お父様は知っていらしたのですか?」
「ああ。もう何年も前から決まっていた。今まで言わなかったのは済まなかった」
「・・・だからお父様は私に全く興味を示してくれなかったのですね。わたしにフェニクス家を継がせる気がなかったから」
「いやはや、私たち薪密院の者たちもできることならあなた様に継いでほしかったのですがいかんせん『薄炎』のことが気に入らない人もやはり多くて・・・。エルサ様に伝えていなかったのは非常に申し訳ないのですが、ゲイルさまが20歳になる年の会で大々的に発表することになっていたのです」
頭が真っ白になる。今まで信じていたものが崩れ去っていくような、そんな気分だ。
今まで私はどんな非難や差別にも耐えてきた。たとえ薄炎だと、フェニクス家を汚すものだと罵られても。
全てはフェニクス家の当主になってすべてを見返すために、私を捨てたお母さまや私に興味を示さなかったお父様を見返すために。なのに、なのに・・・。
「そもそもスタートラインに立ててすらいなかったなんてあんまりすぎませんか・・・?」
あまりの衝撃に涙があふれる。せっかくエマが私を丁寧に化粧してくれたのに全部台無しだ。
「では、そういうことですので私は失礼します。カイム様もよろしくお願いしますよ。またパーティーの時に会いましょう」
そういって薪密院の人が部屋から出ていく。でも、もうそんなことどうでもいい。
「エルサ、・・・・」
何かを言おうとして口をつぐんだようだが、もう何も聞きたくない。
「化粧を直してもらいに行きます」
もう何も信じたくない。もう誰とも話したくない。
目を合わせることなく速足で部屋から出ていこうと背を向け扉に手をかけた時、後ろからお父様が声を発した。
「エルサ、私はお前を愛している。信じてくれ」
お父様がそういったのかどうかすらもはや聴き取れていない。私が生み出した都合のいい幻聴なのかもしれない。ぼやけた視界と鳴りやまない耳鳴りに耐えて振り返ることなく私はエマのもとへと向かった。
「おい、おいエルサ!! 聞いているのか!?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと今朝の事を思い出してまして」
「今朝? まあいい。次期フェニクス家当主が俺だってことは知っているだろう。まあ俺れに従ってさえくれれば悪いようにはしないでやるよ。まぁ・・・」
そう言って私の事を下から上までいやらしそうな目で一瞥する。
何か言われる前にと思いつい口が滑る。
「私はあなたのような下賤な男性には興味ありませんので」
「なっ、き、貴様!!! 自分の立場をわかっているのか!!!」
そう言いゲイルが私の服をつかもうと手を伸ばしたが何者かによってその手は私のもとへは届かなかった。
ユーキだ。ユーキが目の前にいる。
「申し訳ありませんゲイル様。この場で乱暴は控えたほうがよろしいかと」
「誰だ貴様! くっ! 離せ!!!」
「私はエルサ様の護衛であります。なのでこのような行為を見逃すわけにはいきません」
「痛ててっ! わかった、わかったよ!!」
そう言い残し足早にゲイルは去って行ってしまった。おおかたグルフさんのところにでも行ったのだろう。
あんな甘ちゃんに当主を任せて大丈夫なのだろうか・・・?
まぁ私みたいな落ちこぼれよりかはましなのかもしれないけど。
「私も失礼します」
そういってユーキも去って行ってしまう。
「屋上での言葉、忘れてないよな」
そう言い残して。
『エルサ、俺は何があっても君の味方だからね』
「ユーキ・・・・。あなたは本当に何者なの・・・?」
今の私にできることは溢れそうな涙を耐えることだけだった。
******
あれからこれといった問題は起こらず気づいたときにはもう17時になる5分前になっていた。
どうやらいつもは17時でいったんお開きになり来賓者は用意された部屋に戻ったり話し続けたりして明日またこの会場で今度はちゃんとした形で厳粛に会議が行われるらしい。
が、そんなことは去年までの話だ。
「えーみなさんお話し中失礼します。本日17時を持ちまして一応全体としましては区切りをつけさせていただきます。・・・そしてみんなさんに今この場で伝えたいことがあります。皆さんお聞きください」
そう言って朝の時と同じようにみんなにむかってはなカイムさんはステージに立って俺たちに向かって話しかける。あれだけ騒がしかった会場はすぐに静かになりみんなの注目はカイムさんに集まる。
注意人物の方は何をやっているのかなと思い目を向けるとそこには3人くらいの老人とグルフさんがいやらしそうな顔でひそひそ話しているのが聞こえた。
「これでついに・・・が当主に・・・」
「ふふ、・・・の野望も・・・・」
良くは聞き取れないが大方あの人たちはこの時を何年も待ちわびたのであろう。
そんなの永遠に来るはずないのに。
「今日、明日、明後日を持ちましてフェニクス家を解体することをここに表明します」
そう言い放ち舞台から姿を消したカイムさん。
場が一瞬静寂に包まれたのち、会場中からありえない量の声があふれる。
さあ、ここから全面戦争の始まりだ。もう後戻りはできない。
全ての覚悟を決めた男の顔が俺の目に焼き付いた。




