44.準備はいい?
はじまります。
「エルサ様、旦那様がお呼びです」
あの魔物との戦闘で負った傷が完治して学園の寮に戻る前に一旦家に戻ることになった私は使用人に呼ばれてお父様の部屋へと向かっていた。
元から傷の具合だったり魔物の情報を報告する予定ではあったが、まさかお父様の方から私を呼び出すとは思っていなかった。いつもなら全くの無関心だったのに。
あろうことか私はこの時、「心配してくれたのかな?」や「アドミラ学園の新人戦メンバーのリーダーになったことをほめてくれるのかな」なんて淡い希望を抱いてしまっていたが、実際にお父様が私に向けて発した言葉はそんなものではなかった。まだ罵声のほうがよかったのかもしれない。
扉から入った私に背を向け窓から空を眺めるお父様は振り返ることなく私にこう告げた。
「エルサ、君のチームメイトに面白い炎魔法を使う子がいるみたいだね。今度、そうだな・・・。そうだ、今度の大型連休でやるパーティーに彼を呼んでくれないか? いろいろと話がしたい」
無関心。この人はもう私に何の関心も興味もないのだろう。
振り返ってすらくれないその後ろ姿に唇の震えを悟られまいとぎゅっと噛みしめて感情を抑える。
「わかりました・・・。誘ってみます」
「ああ、よろしく頼む」
話はこれだけ? このためだけに私を呼んだの? 振り返ってすらくれないの?
私にひと声もかけてくれないの?
「・・・・・・失礼します」
そう言って震える手で扉を開け、お父様の部屋から出てすぐに私の頬に涙が伝っていることに気づく。
こっちも事件の報告をするはずだったのに完全に頭から飛んでたしなんだかもうする気も起きなくなってしまった。
とぼとぼ歩いていると部屋の隅に控えていた9つ年上の幼いころからの私の使用人、エマが扉を丁寧に閉めた後泣いている私をみて急いで駆け寄ってくる。
「エルサ様、旦那様は・・・」
「いいのよエマ、前から知ってたことだから。ただちょっと浮かれてたみたい。反省しなきゃね」
「そんな反省など・・・」
「はぁーあ、どう誘ったらユーキは来てくれるかしらね。普通に頼んでも来てくれそうな気はするけど」
「そんなにそのユーキ様はすごいお方なのですか? 確かにあの炎魔法は初めて見るものでしたけどまさか旦那様がここまで興味を持つとは」
「ふふ、本当にすごいのよあの人は。私もちょっと楽しみになってきちゃった」
そう言ったエルサをエマは優しく抱きしめて頭をなでてやる。エルサは何も抵抗しない。
エルサが泣いている時にこうしてやると落ち着くのは今も昔も変わらなみたいだ。
「ありがとう。なんかほんとに安心するわね。たぶんエマはいいお母さんになるわよ」
「私はいつまでもエルサ様の味方ですから安心してくださいね」
「あれ、その言葉どこかでも聞いたことあるや」
と無理にでもニッと笑って見せたエルサを見てエマもまた目に涙をためるのであった。
*****
『明日の朝10:00に、学校の正門で待っててほしいな』
昨日の夜エルサから来ていたメールを開きもう一度時間を確認する。今は朝の9:55だ。
空を見上げると雲一つない青空が広がっており空気がおいしく感じる。
いつものような学園の活気は鳴りを潜め、門の前にいるのは俺だけだ。
エルサと屋上で話してから1週間が経ち、気が付けばもう大型連休の初日に突入していた。
レイには何とか説得して連休の最後の方にはちゃんと実家に顔を出すと伝えてしぶしぶ納得してもらえたがあの時のレイは怖いったらありゃしなかった。もともと一緒に帰る約束を最初にしたのは俺からだったし。
あまつさえこの連絡を昨日の夜に、しかも電話でしたもんだから次にレイに会う時が怖くてしかたがない。やっぱり物事を後回しにするのはよくないと心から実感している。
まあそんなこんなで今はエルサがよこしてくれるといった迎え待ちだ。
どうやら日帰りというわけにもいかないみたいで何泊かはできる荷物を持て来てほしいとのことだったので割と荷物は多くなってしまった。といってもほとんどが服だが。
もうそろそろかななんて考えていると目の前に真っ黒の高級車が止まり中から赤髪を揺らしながら一人の少女が出てくる。エルサが下りた後に運転席からも一人の男性が下りてこちらに向かってくる。
「ごめん待った? ユーキは5分前行動なんだね。ごめんね待たせちゃって」
「まぁ何となく癖がついてるだけさ。さっき来たばっかりだし時間守ってないのは俺の方だから気にしないで」
「ユーキは優しいんだね。じゃあ荷物はそこにおいて車に乗って!」
促されるまま荷物を置いて中に入ると運転手だと思われる人が荷物を後ろに詰めてくれているのが見えたからとりあえず会釈だけしておく。
にしてもみんな赤い髪なんだな。黒いスーツにはなんだかアンバランスに映って見える。
荷物を載せ終わったみたいで車が動き出しエルサの家へと向かう。その間他愛のない話を続けていたがどことなくエルサにいつものような、もっと言うなら推薦入試の時のような元気がないようにも感じた。
「エルサ、どこか調子悪いの? 元気ないみたいだけど」
「え? ああ、心配しないで! ちょっと疲れてるだけだから」
「そうなんだ。無理はしないようにね」
「ありがとうねユーキ。あ、ほらそろそろつくよ」
そう言ったエルサが指さすほうにはルーンさんの家とも引けを取らない、巨大な屋敷が広がっていた。
「ここにこの一週間、フェニクス家にまつわる親族が大集合するんだ。それにしてもこんな大きさはいらないと思うけどね」
車が門をくぐり屋敷の中へと入っていく。
周りには大きな庭や噴水が広がっておりもうTHE・お金持ちといった光景があたりに広がっていた。
「すっげぇー。まじでおとぎ話みたいな風景だな」
「ずっと住んでたら飽きも来るけどね。もうすぐ本殿につくよ。まずはお父様にあいさつしに行かなきゃだから軽く準備はしておいて。多分変なことはされないとは思うけど・・・、一応言葉とかには気を付けた方がいいかも」
「わかった。気を付ける」
「うん。あ! ちょっと耳貸して」
そう言って俺の耳元に口を近づけてぼそぼそと話を続ける。急に至近距離になったもんだからいい匂いが鼻腔をくすぐり心臓がどきどきする。流石ヒロインだけあってやはりあり得ないくらい可愛い。
「あのね、火魔法以外が使えることは隠したほうがいいかも。フェニクス家は火魔法以外は邪道だと考える人が多いから」
「・・・わかった、それも気を付けとくよ」
運転手にも聞こえないような小声で話すが何だかそれが可笑しくて少し頬が緩んでしまった。
それはエルサも同じようで、ちょっと意地悪そうな顔をしてふふっと笑っていた。
その5分後にはもう駐車場にはついたようで車は停車し、運転手の人が扉を開けてくれたからそれに従い車から降りる。重い荷物は使用人の人が来客用の部屋に入れといてくれるみたいだ。
「よし、じゃあまずはお父様にあいさつしに行こうか!」
そう言ってエルサとともに大きな玄関から豪邸の中へと入っていく。
中はもう想像通りの豪邸といった感じで俺ならすぐに迷える自信があるぐらい広いがエルサは何の迷いもなくその広大な屋敷の中を歩いていく。そりゃそうか。
何分か歩いたところで今まで見た中でも一番きらびやかですさまじいオーラを放っている部屋の前に到着する。言われるまでもなくこの部屋が当主の部屋だとわかるレベルだ。
「ついたよ、ここがお父様の部屋。準備はいい?」
「うん、大丈夫」
その紅く輝く目を見つめたのち首を縦に振る。
「じゃあノックするね」
「失礼しますエルサです。成瀬夕貴君をお連れしました」
「・・・・はいりたまえ」
その返答を聞き、エルサが扉に手をかける。
何故だかわからないが心臓は強く鼓動を刻み、嫌でも自分が緊張していることを知らせてくる。
この時の俺はここから始まる1週間があんなことになるなんて、俺の知らない物語が繰り広げられていくなんて知る由もなかった。
その1週間が始まる合図を知らせる扉が今目の前で、開いた。




