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終幕の弐:ケジメ/豚

 俺たちは無言のままじっと待つ。

 時間を置かずに暗がりの中からそれは姿を表したのである。

 

「は――はひ、ひぃぃ」

 

 ゼイゼイと肩で息をする無様な声がする。運動用のトレーナージャージを着込んでその肉塊は現れた。いかにも運動を怠って仮想現実と栄養漬けになっていたかがよく分かるルックスだった。

 

「う、うわぁああっ!」


 呆れ返るような悲鳴が聞こえる。俺たちはその声の主をあらためて視認した。

 俺はそいつに言った。

 

「榊原礼二だな」


 俺はアバターの顔面をあえて隠さなかった。俺の蜂の巣顔はとにかく初対面の人間を怖がらせる。その効果を解っているからあえて晒した。闇夜の中から突然にこんな異形顔が現れたら誰だって悲鳴を上げるだろう。当然、そいつはテンプレ通りの反応を見せたのだった。

 

「うわっ! な、何だお前ら」

「うるせぇ、聞かれたことだけ答えろ」

「ひ、ひぃぃい」


 食用豚を思わせる外見のそいつは悲鳴をあげながらさらに逃げようとする。だが、エイトのおっさんが追い打ちをかけた。

 

――ヒュッ――


 足元から卵ぐらいの大きさの小石を拾い上げると、それを豚野郎めがけて投げつける。それは後頭部に見事にぶちあたり、そいつを前のめりに倒れさせたのだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 カエルを踏み潰したような悲鳴が上がる。

 

「こんなやつ、ガトリングを撃つまでもねぇ」


 足元を踏み鳴らしながらエイトは進んでいった。

 そして俺達の背後では、目標が捕らえられたのを確認してベンツの中の二人が降りてくる。彼らは静かに近づいてきていた。

 俺はその気配を感じながら眼前の豚男へと告げる。

 

「もっかい聞くぞ。榊原礼二だな? おら! さっさと答えろ!」


 俺は歩み寄りながら右のつま先でやつの脇腹を蹴り込んだ。脂肪ででっぷりと太ったそれは薄気味悪い感触だった。

 

「ぐへっ!」

 

 腹を蹴られてうめき声を上げる。必死にうろたえながらそいつは体を起こし立ち上がった。

 

「俺が榊原だからってなんなんだ!?」

「うるせぇ」


 俺は蜂を一匹飛ばす。強めの蟻酸液を蜂の針でそいつの肩へと打ち込んだ。本物の蜂よりも凄まじく痛いはずだ。

 

――ペイン・ビー――


 拷問や虐待用に使うインセクトドローンだ。


「ぎゃああっ!」


 俺の蜂に刺されてそいつは右肩押さえて悲鳴を上げた。

 

「もっかい聞くぞ。榊原礼二だな?」

「そ、そうだ――俺が榊原だ――」


 自分が何者であるか認めたそいつは逆ギレして叫び返す。

 

「お前らこそなんなんだ!?」


 答える義理は無ぇが教えてやってもいいだろう。

 

「サイレントデルタ――名前くらいは知ってるだろう?」


 俺がそう問い返せば、自分が置かれた立場を再認識して蒼白の表情を浮かべた。そして、俺達の背後から新たに声がした。それは老齢の人物の気迫と張りのある凛とした声だったのだ。

 

「礼二よ。なんてざまだ! そこまで腐ってるとは思わなかったぜ!」


 怒号を帯びながら響くその声を榊原の野郎は聞き過ごす事ができなかった。

 

「ご、御老――な、なぜここに?」


 だが御老こと、緋色会の堀坂の爺さんは榊原の問いかけを無視した。車のヘッドライトの明かりで照らされた榊原のその醜い姿を苦々しくにらみつけるばかりだ。

 俺は思わず言う。

 

「すっげー笑えるぜ。おっさん。うちの組織でどんなド新人だって、そこまでアバター漬けにならねーぜ。どんだけ毎日アバターにハマってたんだよ? まさか寝るのと食うのもアバターボディに繋がりっぱなしだったんじゃねえだろうな?」


 エイトのおっさんも言う。

 

「だろうな。アバターに依存すると生の体を動かさなくなるからな。その結果、運動不足と栄養過多でブクブク太るんだよ。お前みたいにな」


 そうエイトが指差す先には100キロ以上はあるだろう肥満体が佇んでいたのだ。しかも髪は伸び放題でぼさぼさ。最低限の身の回りの世話以外はなにもしていないことがよく解る。

 そこには威厳もなにもない、ただ怠惰と強欲だけをあつめた無様な豚男が佇んでいたのだ。エイトのおっさんは頭部のガトリンの銃身を回転させながら威嚇するように告げる。

 

「影武者のアバターボディを手に入れて、安心しきったんだろう? なぁ? いままで散々、敵を作りまくって来たからな。今じゃ緋色会の兄さんがたの間でもお前をかばうやつは誰もいないって言うじゃねえか」

「その通りだ――」


 それまで堀坂の爺さんの背後に控えるように佇んでいた男が前に出てくる。ヘッドライトの反射光で姿が浮かび上がるが、その顔をみて榊原の豚野郎はさらに驚きの声を上げた。

 

「て、天龍?」

「気安く呼ぶな」


 現れた男は緋色会の筆頭若頭の天龍陽二郎だった。榊原に言い捨てて懐から拳銃を取り出す。

 

――ロシア製拳銃SR2ウダフ――


 使用される弾丸は9×21ミリ弾でボディアーマーすら貫く強力な拳銃だ。一発で撃ち抜くつもりだろう。

 だが、エイトのおっさんが制止する。


「やめろ。銃声を聞かれる恐れがある」

「ちっ――」


 エイトに指摘されて舌打ちしながらSR2を下へと下ろす。撃つのは諦めたが、仕舞う気にはならないらしい。そんな仕草に気づいてかエイトのおっさんは天龍のダンナにこう告げた。

 

「待ってろ。今にスッキリさせてやる。物事には順番ってのがあるからな」

「――解った」


 その言い方はまるで、兄貴分が弟分を言い諭すかのようだ。


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