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壱の壱:集会/会場警備

 横浜郊外に建つ高級ホテル。イベント会場も併設されており、企業向けの催し物でもよく利用されるホテルだ。

 大規模のホールがある本館ビルの他に隣接する形で別館ビルがある。別館側にも中規模イベントが開けそうなホールがあり、俺たちがやろうとしている〝集会〟には最適の場所だった。


 すでに来賓たちは半数以上が別館ホールに到着している。

 〝会場警備〟の責任者である俺は、主要な警備ポイントを足早に巡回して回る。

 何しろ来賓たちはもともとが血の気の多い手合いの連中ばかりだ。肩がぶつかった、道を譲らなかった、そんな些細なことでもいきり立って小競り合いを簡単にひき落とそうとする。


 そして――


――そうならないように――


――全ての来賓者の人間関係も含めて、パズルのピースのように複雑な糸を、絡まないようにもつれないように来賓たちを会場へとたどり着かせるのが俺の重要な役目だった。


 会場への到達ルートは複数設定するのがセオリーだ。それも二つや三つではない、10から20、あらゆるケースを想定して事前にシュミレーションを行う必要がある。

 まるで、コンピューターのプログラムをくみ上げるかのように精密でミスの許されない仕事だ。


 当然ながら――


――それができる人間――


――にしか委ねられない。


 思い起こせば3か月前。今年度の定例集会の役割分担を君の時の席だ。


『永慶、お前がやれ』


 天龍のオヤジはあっさりとそう言った。拍子抜けするくらいの簡単な言い方で。

 面倒で投げ渡したわけじゃない。俺に対して信頼あってのことなのは明白だった。

 信頼には礼儀を持って答えるのが筋だ。

 俺は言った。


『謹んで、お受けさせていただきます』


 オヤジの満足げな顔が今でも思い浮かぶのだ。


 会場を見回した結果、今のところ重篤なトラブルは起きていない。

 そもそも俺たちはヤクザとしての素性がばれないように、巧妙に社会の片隅に隠れる必要がある。


〝暴対法〟と言う厄介な法律がすべてを変えた。ヤクザは組織として目立つことを一切禁じられたのだ。

 

 だから地下に潜る。隠れる。国の外に逃げる。あの手この手の方法で、人目につかいないことを模索し始めた。

 そう、ヤクザの姿が見えなくなったのだ。  

 そうした表から見えないヤクザの事を世間では〝ステルスヤクザ〟と呼んでいる。

 それゆえ、お互いに顔を合わせるのも細心の注意を必要とする。集会ともなれば想像もできないような困難を強いられる。

 そこにヤクザがいると分からないように、静かに巧妙に事を運ぶ必要があるのだ。


 俺は今回、会場を事前に三つ用意した。

 多摩市、千葉、そして横浜……

 警察が嗅ぎつけても場所を特定されないように煙に巻くのも重要な要素だ。

 会場に入るためのルートをいくつも用意しておき、来賓が会場に入る時に目立ちにくくするのも重要な要素だ。

 それらを長い時間をかけて綿密な下準備をしておき、天龍のオヤジの配下一門全員で、今日の〝集会〟を成功させるのだ。


 俺が任された〝会場警備〟と言う役目は、集会が成功するかどうかを決める非常に重い役目だ。


 それオヤジは俺に任せてくれた。

 それがどれだけ重みを帯びているかを、俺は感じずにはいられなかった。

 自らの背中に目には見えない重みを感じながら、俺は会場全体への目配りを続けていた。


 俺はメガネを常用している。近眼というわけじゃない。

 素顔をごまかせるし、メガネに光学VRシステムを組み込んでいつでもネットアクセスすることもできる。ヤクザっぽく見えなくすることもできるし、これもまたうまく立ち回るための生きた知恵だ。

 今のヤクザは〝見えない〟ということがとにかく重要になる。一般的な会社員と見比べても違和感がないようにカモフラージュに力を入れる時もあるのだ。

 俺は時刻を確認する。午後2時、そろそろ集会の始まる時刻だ。俺は参加者リストをチェックする。


「参加者リスト」


 VRデータシステムに音声コマンドを流しデータを表示させる。ほとんどの重要人物が既に到着していたがあと一人だけ残っている。

 その名前を目にして俺は苛立ちを隠せない。


「あいつか……」


 緋色会の鼻つまみ者、俺のオヤジの天龍さんですら会うのを避けるほどの嫌われっぷりの人物だ。

 その人物が遅刻している。単にズボラで迷惑だとイライラするのは簡単だ。だが会場警備の役目を背負う者として、その思考回路は失格でしかない。


――絶対に何かある――


 どんな人間だろうと。どんな人種だろうと。どんな人物だろうと。全ての行動には理由と裏がある。俺はこのステルスヤクザの世界の中でそれを嫌と言うほど思い知らされてきた。


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