序ノ弐:ステルスヤクザ/親と子
エレベーターが12階へと到達し扉が開く。そこは〝カタギ〟の人間が入ることの出来ない別世界である。
エレベーターから降りるとすでに3人の若い男たちが並んでいた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「外回り、ご苦労様でした」
3人からねぎらいの声がかかる。声のタイミングは絶妙だが、その見てくれはまるで違う。
長身で骨太な体型のオールバックヘア、
中背で肩幅の広い筋肉質、
痩せ型で銀縁メガネ、
いずれもが一癖も二癖もある。俺の有能な弟分たちだ。
俺は3人にそれぞれに声を掛ける。まずはオールバックヘア――
「木原」
「はっ」
「オジキたちは?」
「すでに特別応接室にお越しです」
「よし。お前もそっちに入れ」
「はっ」
丁寧で生真面目な口調で木原は速やかに動き出す。そして、次に銀縁メガネ――
「小暮」
「は、はい」
「調べてほしいやつが居る」
「素行調査ですか?」
「そうだ。カスタマー受付担当の第3班の鹿島って女だ。薬がらみでトラブルだ。警察沙汰になる前に始末したい」
「売人も追いますか?」
「あぁ、背後関係の組織も手繰れたらベストだな」
「わかりました。分かり次第、連絡します。それと薬と確定したら女も地下病院で保護します」
「頼むぞ。時間が全てだ」
「任せてください。二人ほど連れて行きます」
小暮の言葉に頷き返して見送ってやる。慌て者な面があり、口が滑りやすいのが玉に瑕だが〝調べ物〟は安心して任せられるやつだ。
そして残り一人。ガタイのいい筋肉質――
「牛尾」
「はっ」
「お前は一緒に来い。氷室のオジキのところの笹井と一緒に待機だ」
「はっ」
ガタイの良さが目につくだけあって警護役にはうってつけの男だ。
木原と小暮はすでに行った。俺は牛尾に声をかけながら――
「行くぞ――」
――薄明かりの廊下を歩き出す。俺が向かう先に俺たちの〝オヤジ〟である男がまっているのだ。
その部屋にはこう表記されていた
【――取締役特別応接室――】
金看板で銘が彫られている。部屋の入口にはすでに筋肉質の巨躯の男が護衛役よろしく佇んでいる。牛尾はその人物が俺が指示しておいた〝笹井〟と言う人物だと気づいたらしい。速やかに笹井の隣に場所を決めると護衛役を始めた。
俺が右手でノックすれば、ややおいて――
「入れ」
――ドスの利いた低い声が響いた。戸を開けて中へと視線をくばる。
「失礼いたします」
入室し、背後で戸を閉める。音もなく静かに締めるのがベストだ。
「柳澤まいりました」
「ご苦労」
声の主の方へと視線を向ける。そこにはドンと落ち着いたダークブラウンの3ピーススーツに黒いYシャツを合わせた人物が革張りのソファにどっしりと腰を下ろしていた。
「早かったな」
腹の底から響く声。そして向けられる視線には一切のごまかしを許さない、そんな力強さが満ちている。
「はっ、順調に集会会場の手配は進んでおります。最終的に3箇所に絞れると思われます」
「あいつらに目をつけられたりしてねぇだろうな?」
「はい。暴対と情機には目立った動きはありません」
「ならいい。今回の集会はオレたちの仕切りだからな。気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
「心得ております。我々の仕事で〝警察〟にすっぱ抜かれるのは最大の恥ですから」
「判ってるならいい」
それは俺のオヤジに当たる人物。表向きにも、裏向きにも、俺の上司であり絶対の忠誠を誓うべき人物だ。
「配下一同。万全の体制で臨んでおります。気の緩みは絶対に見逃しません」
「頼むぞ。永慶」
「はっ、天龍様」
俺はその人物に会釈をする。頭を上げつつその人の顔を見れば鋭い目つきの中に、俺への信頼がしっかりと浮かんでいた。
――天龍陽二郎――
首都圏最大規模のステルスヤクザである〝緋色会〟の筆頭若頭の一人で、将来を嘱望されている出世頭。
中堅規模の教育支援企業『ニューリーブズ・コーポ』を始めとして複数の企業を牛耳っている。
そして、その天龍のオヤジの向かい側にはもうひとりの人物が座していた。
「精が出るな。永慶――」
幾分高いキーの声、良くも悪くも耳に残るタイプの声だ。
声の主に向き直れば、ミディアムグレーのスーツ姿の人物が居た。
痩せ型のシルエットのその人物はその視線の鋭さが何よりも印象に残る。
「ご無沙汰しております。氷室様」
「お前が抑えた会場の一つ。私の『ブルーム・トレーディング・コーポ』で使わせてもらおう」
「そうしていただけると幸いです」
俺の言葉に氷室と呼ばれたその人物はかすかに笑みを浮かべる。
「限定公開の商談会を行う予定だ。外国からの招待客も招く」
「はい、その予定で選定させていただきました。外国客にも強いホテル系施設をご用意しました」
「ご苦労、〝隠れ蓑〟には最適だ。後にイベントの詳細を知らせるので仮予約が済んだらうちの手の者に引き継がせろ」
「承知しました」
俺は指示を承諾しつつ頭を下げる。視界の中でのその人物が満足げに頷いていた。
――氷室淳美――
天龍のオヤジの弟分であり、今では独自にフロント企業を持っている。貿易商社であり、天龍のオヤジの表のシノギを強力にバックアップしていた。俺から見て〝オジキ〟にあたる。
今さらだが、ヤクザと言うのはその人間関係をすべて〝家族〟に置き換える。
親分子分と言う言葉が示すとおり、天龍さんは俺の親であり、天龍さんと氷室さんが兄弟である以上、氷室さんはおれの叔父と言う事になるのだ。
その天龍さんを親とする子分たちは全て兄弟になる。さきほど俺が指示を出した3人は俺のあとに天龍さんの〝子〟となった。それゆえに兄弟分としては〝弟〟になるのだ。
その俺の〝親〟である天龍のオヤジが言う。
「永慶、氷室」
「はっ」
「はい」
オヤジの声にオジキと俺が答える。
「いよいよ、緋色会の定例総会が来月に迫った。今回は俺たちが〝会場運営〟の仕切りを任されているのは知っているな?」
「はい。承知しております」
「心得ております」
オジキがそう言いつつ、俺も答える。天龍のオヤジが言い含めるように告げた。
「会場運営の仕切りを任されるのは最大の栄誉であると同時に、しくじれば末代までの恥となる。当然、俺たちに恥をかかせるために嫌がらせを仕掛ける連中も出るだろう」
「十分承知しております。身内衆にも警戒を怠らぬよう申し伝えております」
「そうか――」
オヤジは俺の言葉に頷いたが満足はしてない。それには理由が有った。
「だが、表向きの社員たちはどうだ?」
それはこの会社なら10階以下のフロアで働いている一般社員たちのことだった。
「――連中も俺の部下であることには変わりない。どんな妨害が起こるかわからん。どんな事でもいい。水も漏らさぬよう警戒しろ」
「おっしゃるとおりです。兄貴」
氷室のオジキが言う。彼もまた自分のシマの会社内では一般社員たちにも警戒を怠らないはずだ。
と、同時に俺はその脳裏にある事実を思い出していた。
「そのことですが。天龍様」
「なんだ?」
俺の言葉にオヤジは訝しげにするが、俺は言葉を続けた。
「弊社の一般社員にヤク絡みのトラブルが起きている事を掴みました」
「なんだと?」
オヤジの声が苛立ちを帯びる。だが俺は慌てない。
「ですがすでに手を打ちました。小暮に指示して周辺関係を洗わせてます。ヤク中であると判明次第保護するように指示しました」
「で、そいつの名は?」
「カスタマーサポート室・カスタマー受付担当第3班『鹿島ひろ子』です」
「よし、絶対に警察沙汰にするな。会社内まで踏み込まれる恐れがある。ヤクを仕掛けてきた奴は絶対に逃すな」
「心得ております」
オヤジの言葉に頷きつつ、俺は言葉の続きを吐いた。
「決して生かしておきません」
「あぁ、骨も残すな。俺の身内に手を出したことを後悔させろ」
「もちろんです」
俺がそう答えたときだった。内ポケットにしまっておいたスマートフォンが振動する。
「失礼します」
オヤジたちに一言ことわり、発信者の名を見ればそれは先程指示を出した〝小暮〟からだった。通話をスピーカー通話に切り替えてオヤジたちにも聞かせる。
「どうした?」
〔柳澤さん、例の女子社員をハメていた相手の男の素性を掴みました。黒人系マフィアの3次団体の構成員です。しょっぴいても問題ないと思いますがいかがしましょう?〕
麻薬の売人の場合、背後関係によっては慎重な行動を要する場合もある。だが、組織のハズレの方の下っ端なら実力者クラスがすぐに動くとは考えにくい。
通話内容はすでにオヤジたちにも聞こえていた。視線で同意を求めれば天龍のオヤジも氷室のオジキも顔を縦に振っていた。
「小暮、速攻で捕らえろ。そのまま〝掃除屋〟に運べ」
〔はい〕
「それで鹿島って女は?」
〔すでにシャブ漬けの入り口です。保護を完了して〝地下病院〟で治療を開始します〕
「近隣住人には?」
〔気づかれてません〕
「よし、そのまま処置を続行しろ。俺もあとで応援に行く」
〔わかりました。それでは失礼します〕
小暮からの通話は終わる。と同時に俺はオヤジへと視線を向けた。
「でかした、永慶――、最適な手はずだ」
「恐れ入ります」
そして俺は次の仕事に取り掛かる。
「それでは失礼いたします」
二人に頭を下げる。
「その調子で頼むぞ」
「はっ」
踵を返して部屋の外へと出ていく。二人に礼儀を失することのないように頭を下げながら俺は戸を締めた。
体を起こせば牛尾と視線があう。
「お前も来い」
俺は牛尾を伴いながらその場から歩き去る。オヤジの部下として、大切な仕事をこなすために。
「仕事だ、行くぞ」
「はっ」
薄明かりの廊下の中、俺の革シューズのヒールの音がリズミカルに響く。
俺の名は〝柳澤 永慶〟
俺はヤクザ、社会の闇にその身を潜ませた〝ステルスヤクザ〟だ。





