第八話 二つ目の目標
亮は二つ目の目標も達成した。
法学部の講義が終わると彼は勝に話しかけた。
「あのさ、今度食べに行かない」
「いいね、どこ行く」
亮は勝がすんなりと承諾したことに喜びを隠せず笑みをこぼした。自分という人間が誘ってもよいのだと。
「よかった、断られなくて」
亮の緊張は解けていた。
「別に断る理由なんてないよ。僕はファミレスがいいかな」
「それじゃあそれにしよう」
「いいの。他に行きたいところがあればそこにするけど」
「俺ファミレス好きだから行きたいな」
実際亮はどこでもよかった。勝と行くこと自体に満足していた。夏にはできなかった勝と出かけるという目標も達成した。二人は日曜に会う約束をすると別れた。日曜はフットサルの日だがもはや亮の眼中にはなかった。フットサルサークルの活動はあまりにも少なく六月の活動を最後に一度もフットサルの活動は行われず彼の携帯には飲み会のお知らせだけが頻繁に届いていた。そして十月になってようやくフットサルを行うという知らせが来たものの彼にとってはもはやどうでもよかった。亮が以前参加した際にも同学年のメンバーはほとんど参加せず、ただでさえ居心地はよくなかったのでサークルからは自然消滅していた。
食事の前日、亮は思わぬ失敗をしてしまった。彼は鍵をどこかに落としてしまった。探しても見つからず時間も遅いので彼は万が一のために入っていた有料サービスで鍵を開けることはできた。彼は深夜三時に床に就いた。普段の睡眠からして午前十時には起きるつもりでいた。
しかし動き回った身体は言うことを聞かず彼が起きたのは十一時十五分だった。既に約束の時間の十一時を過ぎていた。彼は正当と思われるような嘘をメールで送りすぐに家を出た。下手すればもう二度と誘えないかもしれない、彼の頭にはそんな考えが浮かんでいた。
結局二人が合流したのはその十五分後だった。亮の謝罪を勝は素直に受け止め何事もなかったかのように二人の会話は次の話題に移っていた。亮は勝に感謝した。そして心の中で次は気をつけるという言葉を繰り返しながら歩いた。
十分ほど歩くと二人はファミレスに到着した。
亮は勝からいろいろな話を聞いた。地元の話や高校時代、受験の話、休日の趣味等亮の関心のある話題が出てきたため彼はいつもより自分らしくいられた。とういうのも一学期の勝は講義内容や学校の予定等話すことが多く、彼は隙なくしゃべり続けるため亮が話を変える機会がほとんどなかった。
今日この時間を設けたことでようやく勝の人間的側面を知ることができた。勝とのおかしな話の中には時折不遇話も混ざっていた。
勝は父親が他界すると母親の実家がある田舎に住むようになった。田舎にはろくな教育設備、環境がなく実力のある者は少し離れた高校へと通っていた。彼はやむを得ず近くの高校に通い、資金の問題もあり独学で勉強をした。同学年の中には家庭教師に頼む者、予備校に通う者もおり彼らを見ると世間との壁を感じたという。受験勉強の合間にも家族を手伝うことが多く勉強時間も限られていたと彼は語った。
亮はかける言葉も見つけることができず黙っていると
「聞いてくれるだけですっきりするんだ」
と勝が声をかけた。
勝はくだらない話に切り替え亮もそれに反応した。話しては食べ話しては食べを繰り返していくうちに皿はもう少しで片付きそうになった。
「どう、今日僕のアパートでも来る」
勝が顔を上げて尋ねた。
「いいの。俺、他人の家好きなんだ」
「とりあえず食べ終えよう」
「ここだ」
勝が指で示す方を見るとそこにはやや傷んだアパートが建っていた。いかにも安いアパートという感じがした。部屋は狭く目立つものといえばテーブルやテレビ、本棚くらいであった。その本棚の上には男性の写真が飾ってあった。
「それ、僕の父親」
亮は勝にうなずくと写真を眺めた。男性は芸能人にいるような渋い顔をしていた。床に腰を下ろそうとした彼はふと釣り竿を目にした。
「あれは君のか」
彼は勝に尋ねた。
「そうだよ。毎週日曜に海に行くんだ」
「釣りってどうやるんだ」
亮がそう尋ねると勝は丁寧にその仕方を教えた。専門的な話も少々ありよく理解できなかったが、勝の表情の豊かさを観察すると無表情ではいられなかった。
「見るだけでもどう」
勝は釣りに誘った。
「行く行く」
亮は即答した。
亮が帰るころには外は風で涼まっていた。日曜に会う時間を決め別れると彼は急いで交番に寄った。奇跡的に鍵は届けられておりもやもやとした気持ちはスーッと消えた。
アパートへ帰ると彼は最低限の情報収集をした。今まで全く釣りをしてこなかった彼にとってあまり興味のある情報はなかったが手ぶらでいくのは失礼だと思った。
ふと時計を見ると一時間が過ぎていた。少し目を休ませると再度情報収集に取り掛かった。




