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  作者: 山田浩二
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第六話 独りで

バスが大学前に着いたのは昼の明るい時間だった。両親と別れアパートへ向かう亮のリュックサックにはトングが一つ入っていた。昨日両親から受け取ったものである。両親は何のために使うのか聞いたが彼はサークルで使うと嘘をついた。正直に答えればゴミ拾いを見せびらかしているように思われる気がして彼にはそれが嫌だった。今は誰にも知られたくなかった。


 荷物をアパートで下ろすとその足で海岸へ向かった。風は吹いているもののまだまだ暑さは残っていた。亮は騒ぐ若者の集団から離れた。彼らにはできるだけ早めに去ってほしかった。自治体のゴミ袋を置き両手にトングとレジ袋を持つと周囲のゴミ拾いから始めた。中身が入った容器や花火の残骸、様々なゴミが捨てられていた。次々にゴミを拾っていくと周囲はあっという間に不純物がなくなり自然の浜へと変化した。亮は途中何人もの通行人に見られていたが浜にだけ気を向けるよう意識した。


 レジ袋がいっぱいになり中身をゴミ袋に捨てようとしたときだった。目の前を歩く男がタバコを投げ捨てた。

「やめなよ」

 隣を歩いていた女性が男をたしなめた。

「どうでもいいだろ。俺には関係ないし」

「よくないでしょ、拾いなよ」

「うるせえよ、俺先行ってるから」

 男は海の家の方へ向かって歩いて行った。女性はタバコを拾うと砂にそれを押し付けた。鎮火したのを確認するようにじっと見つめるとタバコをゴミ袋に捨てた。それだけではなく近くにあったプラスチックの破片を拾うとそれもゴミ袋に捨て海水で手を洗った。

「礼を言わねば――」

 そう思ったときには女性の後ろ姿はほとんど見えなくなっていた。亮は軽く頭を下げるとレジ袋の中身を捨て作業を続けた。気が付くと先ほどの若者の集団のすぐそばまでゴミ拾いは済んでいた。

 彼は両手の荷物をゴミ袋の近くに置き海水で手を洗うと腰を下ろした。長時間の作業で喉はカラカラだった。母が持たせたお茶を一気に飲みおにぎりを頬張り口内を潤した。目の前では何も考えていないような若者たちが大声で叫んでいた。彼の予想ではこの時間には帰るだろうと思っていたが彼らは食事の真っ最中だった。こちらまで漂う肉の匂いが食欲をそそった。彼は二つ目のおにぎりのラップも開けた。

 勝はこういうことは好きなんだろうか、彼らを見ているとそんな疑問が湧いた。だが彼は一瞬で否定した。自分と友達になる人間がそういう人だとは思えなかった。では勝は何が好きなんだろうか。以前彼は動画鑑賞が趣味と言っていたがそれだけではないだろう。自分にはまだ言っていない別の何か――

 携帯を見ると既に数十分は過ぎていた。彼は腰を上げるとラップを捨て飲みかけのお茶を置き作業を再開した。


 長期休暇最後の二週間、亮は毎日毎日海岸清掃に費やした。一週間動き回ったかいもあり腰はズキズキしたが次第にゴミは減っていった。週末になるとゴミは増え長い作業となったが平日は作業を早めに切り上げた。


 九月最後の土曜日、亮が手を止めて休憩していると彼の前を集団がぞろぞろと歩いていった。帽子をかぶっている女性や幼い子供、同年代と思われる男性……様々な年代の人々がゴム手袋をはめ、中にはトングを片手に持っている者もいた。彼らの目的はその格好からすぐにわかった。

 一人がブルーシートを広げると彼らは一斉に荷物を下ろした。挨拶をし、各々がゴミを拾う姿は六月の自分たちと同じだった。亮は彼らに混ざるようにゴミを拾った。


「なんか、今年のゴミ少ないね」

 亮は気づかれないように耳をすました。

「そうなの、私は去年参加してないからわからないんだけど」

「去年はもっと多かった。私の記憶が正しければね」

「そうなんだ、民度が上がったのかね」

「一年でそんなに変わるかしら」

 二人の女性はゴミを拾いながら談笑していた。

 もしかして自分の影響が大きいのか、いや本当に民度が上がったのかもしれない。昨年は今年より多くのゴミが捨てられていたのかもしれない。いろいろ考えられたが答えはわからなかった。ただ一つ言えたのは自分の行いは無駄ではなかったということである。自分が拾わなければ一生この浜に捨てられていたゴミもあっただろう。誰かがやらなければ何も変わらない――


 昨日の分のゴミと合わせてゴミ袋は八割ほど埋まり亮は満足感を覚えた。

「これ使っていいんですよね」

 亮が振り返ると三十代と思われる男性が立っていた。

「えっ、どうしようかな。まあ分別して使ってもらえればいいですよ」

 男性は不思議そうな顔をしていた。

「これって市内清掃会の袋で合ってるかい。これだけぽつんと置かれてるけど」

「違います、自分のです」

「君のだったのか、もしかして独りでゴミ拾ってるの」

「はい、そうです」

 男性はうなずいて

「なるほどね」

とつぶやいた。

「君、もしよかったら俺たちのゴミ袋も一緒に使わないか」

 亮は使うか迷ったが袋の節約のため甘えることにした。

「ありがとうございます。使わせていただきます」


 三十人ほどの清掃会の人々は亮が拾わなかった大きなゴミや危険物も駆除していた。彼らは互いに協力し合い息の合った集団行動をしていた。亮はそんな彼らに混ざって独りでできることをひたすら続けていた。彼らのそばにいると自分が集団の一人になった気がした。そのため頭の片隅にある通行人の目も気にならなくなった。集団に囲まれ自分は良いことをしていると認めることができた。


「皆さん飲み物でも飲んで休憩しましょう」

 年配の男性に呼ばれ清掃会員は紙コップが乗った台の周りに集まった。亮もそれを見て同じくお茶を飲んで休憩した。海の方をボーっと眺めているとこちらに先ほどの男性が向かってきた。

「よかったら君もこれ飲んでくれ」

「いいんですか、僕は清掃会員じゃありませんよ」

「一緒に頑張ってくれてるんだからそれは関係ないよ」

 男性は柔和な笑顔を亮に見せた。亮はペコっと頭を下げて紙コップを受け取った。きっと大量の氷が浸かっていたのだろう、お茶はひんやりとしていた。一気に飲み干すと茶の余韻に浸りまた海を眺めた。


「お疲れ様でした、皆さん解散しましょう」

 会員は皆砂の山を登りどんどん姿が消えていった。会員がいなくなるのを見届けると亮も帰り支度を始めた。

 彼は今一度浜を歩いた。彼の見る限り浜は砂色に染まっていた。あのときまでここは人工物がそこらじゅうに散らばっていた。少しでも本来の姿を取り戻せたと自分は思う。また誰かに汚されてしまうだろう、そのときはまた――

 明日くらいは休もう、疲れ切った身体を引きずって亮は砂山を登った。


 

 




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