第四話 海岸清掃
英語の教室には十五分前に着いた。亮は後ろの席を確保すると既に着席している何人かをざっと見た。一人は髪がボサボサでフケらしきものも肩にはっきりと乗っかっていた。亮は顔をしかめると二人目に視線を向けた。この学生は顔立ちが整っており髪も鮮やかに染められていた。学生はいわゆる上位カーストにいたと思われる人間で自分と釣り合うとは到底思えなかった。亮の顔立ちは決して整っていないわけではないが、カーストの最下層にいた自分とは縁がないと見なしすぐに友達の対象外とした。そして三人目の学生を見ると彼の口元は緩んだ。亮から見ると学生は自分と同じ側の人間であり見た目は清潔だった。
あれこれ考えているうちに講義は始まった。講義が終盤に入ると亮は脳内で考えた質問内容を尋ねるイメージを繰り返した。他の人間にとっては何でもない会話でも彼からすれば一大行事なのである。
講義終了後、彼は帰り支度途中の学生に向かった。心臓は素早く動いていた。
「あの、来週の予習課題って何でしたっけ」
「確か五ページの和訳だったと思います」
「ありがとうございます」
亮の肩は軽くなった。学生はなんともいえない雰囲気の持ち主であり第一印象からして悪くないと思えた。
彼はひとまず安心していた。一度知り合えばなんとかなる、小教室には大講義室にはない安心感があった。
ゼロを一にしてしまえばあとは亮の思い通りに事は進んだ。彼は事務的な話題だけではなく講義の感想を共有し徐々に距離を縮めていった。その結果英語以外の講義も共に受けるようになった。彼は大きな壁を乗り越えることができた。彼は昔から相手の反応を恐れ人を誘った例がほとんどなかったが今の心境は違った。学生もまた独りでこの地に来た。そんな彼が自分をあしらうとは思えなかった。
講義も終わり学生杉田勝と別れるとサークルのため早足で移動した。
亮はこの日はじめてサークルメンバー岡村と話した。岡村は吉田と同じような容姿で雰囲気も似ていた。彼は吉田と同様でとっつきにくく会話は弾まなかった。
その3日後亮ははじめてフットサルサークルに参加した。以前言葉を交わした茶髪の学生はそこにはおらず緩い試合を短時間した後飲み会に参加した。自分だけが取り残されているような気分になり適当な理由をつけるとその場を後にした。彼は適度に練習をするだろうと期待していたもののそのような雰囲気はなく物足りなさを感じていた。それでも今後のサークルの路線は変わるかもしれない。彼は密かに望みを託し翌週の出席連絡を送った。
六月の第二土曜日の朝、ボランティアサークルのメンバーは集会場に集まった。この日は初のキャンパス外での活動だった。四月から彼らはゴミの分別作業を行ってきたが二か月間目立った活動はしてこなかった。
十分も歩くと目の前に砂の山が見えた。亮は足が吸い込まれそうな砂の上をゆっくりと歩いていった。彼は言葉を失った。そこには大量のゴミが捨てられており人工の臭いが漂っていた。海鳥が飛んだかと思うと小さな袋も一緒に海へ飛ばされ消えていった。今にも鳥たちはゴミを食べてしまうのではないか。
「どうしたの」
横を見ると岡村が立っていた。気が付くと他のメンバーは既に砂の山を下っていた。
「今行くよ」
二人は砂山を下った。
作業は単純なものでゴミを拾い分別して捨てるというものだった。各々はバラバラに散らばり黙々とゴミを拾っていた。弁当容器からガスボンベまであらゆるゴミがそこらじゅうに転がっていた。亮は危険物を除き見つけ次第砂をはらい捨てていった。ろくに集中せず談笑している者もいたが気にするのもバカバカしく下だけを向いて手を動かした。
砂浜は果てしなく広がっており拾える範囲は限られていた。
「時間になったので集まってください」
亮の周辺にはまだゴミがいくつもあり離れた浜にも大きなゴミが捨てられていた。心残りはあったがゴミをそのままにし皆の元へ集まった。短い締めの挨拶が終わり一同は解散した。
独りで歩く亮の前には未だ会話をしたことがなかった二人の一年生が楽し気に盛り上がっていた。彼はなんだか自分が放っておかれているような気になり苛立ちを覚えた。二人は途中で別れた。彼は一度二人のうちの一人、後藤と会話をしようと思ったが先ほどまでの二人を思い出し気が萎えた。亮は後藤を通り過ぎて歩いて行った。
「ねえ小山君、君ってどこ出身だっけ」
亮は後ろを振り返った。
「俺か、俺は岐阜だよ」
亮はわざとすぐに前を向いた。普段なら二言目を発しようと努めるのだがこのときの彼はそのような気分ではなく後藤についてはどうでもよかった。先ほどまで自分を置いておきながらメンバーと別れたときだけ寄られるのは許せなかった。
だが後藤は次々と話題を振り亮との会話を主導した。はじめは敢えて愛想悪く答えていた亮も後藤を見ていると自分が小さな人間に思えてきた。彼は観念して普段のテンションで受け答えた。彼は後藤のすごさに気付いた。自分なら気分が萎えてしまう相手でも構わず接せるその器の大きさに感心した。後藤への嫌悪感はなくなり別れる直前までその時間を楽しんだ。




