第十二話 何気ない幸せ
今年最後のサークルは忘年会で締めくくった。年末年始休みということもあり亮は一度は忘年会か実家か迷ったが、少しでもメンバーと交流しようと思い参加した。
忘年会には多くのメンバーが参加したが、そこには吉田と岡村の姿はなかった。亮はまた独りになった。また四月に逆戻りか、そう思ったときだった。
「小山君、このサワーうまいぞ」
亮の横には中田がいた。
「いただきます」
サワーを注がれペコっと頭を下げるとちびちびと飲んだ。これでまた独りか……
「今日よく来たな」
中田は会話を続けた。
「ええ、まあ。吉田たちがいないのはちょっとアレですけど」
亮は中田の気遣いに答えてその後も会話を続けた。しばらくして
「小山君、この前言ったことって」
と中田が言った。どうやらまだ忘れていないようだ。
「俺に悪いところあるなら謝るよ」
何が悪いかはわかっていないようだった。しかし、せっかく先輩が渡してきた糸をつかまない理由はなかった。
「もう少し言い方に気をつけてください。それだけです」
中田はきょとんとしていたが、やがてうなずくと亮のコップにサワーを注いだ。先輩に今後何を言われるかはわからないが、これ以上あの問題を引きずりたくなかった。今回でわかってくれさえすればそれでよかった。
吉田や岡村のいない自分は孤独なのかもしれない。彼はこの日の飲み会でそう思った。
とぼとぼと歩いていると携帯が鳴った。勝からのメールの着信だった。
「明日僕の家に来れるかな」
「何時に」
しばらくすると
「十一時」
と返信が来た。
亮はその日帰宅してすぐに床に就いた。二度目の遅刻はもうしないと彼は心に決めていた。
亮は十一時ちょうどに勝のインターフォンを鳴らした。少ししてドアが開き部屋へ入れられた。ボールは写真の前に置かれていた。
「この間はありがとね」
亮は勝の礼にうなずくと写真を見つめた。写真の男性にはなぜか惹かれるものがあった。単なる美しい容姿によるものではなくその穏やかな表情によるものだった。
「あのときのことはもう謝れない」
勝の声に亮は振り返った。
「だから前を向いていくしかない」
その言い方はまるで亮に伝えているようで自分に言い聞かせているようだった。亮はうなずくと出された茶を飲んだ。
「今度また釣り行こう」
「そうだな」
亮は明るく答えた。彼は勝と何気なく過ごす喜びを覚えていた。難しいことなど考えず海を眺めて会話をする楽しみは他の何にも代えがたいものだった。
それから二月まで時間はあっという間に過ぎていった。
年末年始、実家に帰ると母親に以前の相談の礼を言った。母親は唯一何でも相談できるかけがえのない存在だった。
「また何かあったら電話するよ」
少しの滞在の後そう言い残し地元を離れていった。
一月はサークルもなくメンバーと会う機会はなかった。だが、亮には四月の焦りはもうなかった。入学当初の彼は誰かの特別な人間になりたいと思っていた。今の彼には少なくとも彼にとっては大切な人間がいる。他の人間とはよくも悪くも距離のある付き合いだがそれを受け止めることにした。
もう数ヶ月もすれば彼が苦手な年下がサークルにやってくる。そのときは適度な距離で接しよう、それが彼の新たな目標だった。
そして最終テストが終わった翌日、亮は朝早く起きた。支度を終えると彼は時計を確認した。約束の時間には十分間に合うだろう。勝に言われた場所は少し歩けば着くところだった。
少し歩くと勝が釣り竿を持って立っているのが見えた。彼はこちらに気が付くと手を挙げた。亮は海を見ながら彼に向かっていった。
今回でこの話は終わりです。一度でもアクセスしてくださった皆さん、ありがとうございました。




