第十一話 悩んだ結果
学園祭当日、亮は自由時間以外は中田とともに拘束された。互いにあの日の話は一切せず黙々と焼きそばを作り続けた。亮は頭の中で勝のことを考えていた。何かかける言葉はないだろうかと彼なりに探していたものの薄っぺらい言葉しか思いつかなかった。
時間も経つとそのようなことを考える暇もなく続々と押し寄せる客に圧倒され彼は無心で働いた。
営業時間が終了し、自身の担当も終わると彼は椅子に腰かけた。疲れはたまっていたが彼は再び勝に何をすべきか考えた。
「かなり疲れてない、大丈夫かな」
声をかけたのは大西だった。
「いや、大丈夫です。少し休んだら」
「めっちゃ集中してたね」
大西は笑いながら言った。
「まあそうですね。客がたくさんいたので」
彼も愛想よく答えた。
彼は大西の考えてることがよくわからなかった。他の女子と話そうとしない自分になぜ話してくるのか。彼女にとっては何でもないことだろうが彼にとっては一人の女性は特別なのである。
学園祭も終わり彼は珍しく勝に電話をした。というのも彼はある場所へ勝を連れて行こうとしていたからである。
「もしもし勝君、ちょっと伝えたいことがあるんだけど」
「何々」
勝は興味深そうに聞いた。
「今度一緒にナゴヤドームでも行かないか」
「えっ、野球」
勝は数秒黙っていたが納得がいったように
「そうだね。行こうか」
と答えた。
亮は父親に連れられて野球観戦しただけで野球に関心があるわけではなかった。それでも勝に少しでもできることをしてあげたかった。
その数日後、ナゴヤドームで野球の試合が始まった。勝が応援するドラゴンズは好調なスタートを切り、彼は周囲とともに歓声を上げていた。亮にはそのおもしろさがわからなかったが彼らの応援する姿には感心していた。
七回裏、一点を追いかけるドラゴンズはツーアウトでランナー一塁の状況だった。
フルカウントになり皆が息を吞む中ファウルが三回続いた。そして次の瞬間場内は一斉に湧いた。亮たちの数十歩手前をボールが勢いよく跳ねた。ファンの歓声とともに拍手の音が響いた。後ろを振り返ると小さな子供を連れた中年男性がボールをつかんでいた。その男性はうれしそうに子供にボールを渡し、帽子をかぶった子供もうれしそうに受け取った。亮は勝に顔を向けた。勝はその親子をじっと見ていた。
ゲームが終了し亮は勝を土産コーナーへ連れて行った。亮はボールを指さすと
「あれを君の手から渡してあげたら」
と一言言ってぶらぶらと菓子土産を物色した。亮が指したボールはどこにでもある土産用のボールで決して特別なものではなく、ホームランボールの代わりになるとはいえなかった。しかし彼が思うに自分が勝に何を言ったところで本当に彼を理解することはできず、同情や励ましはいらない。それなら自分がされてうれしいことを彼にしてもらおうという考えに至った。少しでも彼の気が軽くなることが亮の狙いだった。
カウンターを見るとちょうど勝が会計を終えたところだった。
「買ったよ、いろいろありがとね」
勝の声は穏やかだった。
「いやいやこちらこそ」
亮は照れ臭かった。どうやら彼の目標は達成できたようだ。
亮は勝に連れられ勝の部屋に入った。勝はボールを袋から取り出すと父親の写真の前に置いた。彼はその場で手を合わせた。亮もそれに続いて手を合わせた。勝は再度亮に礼を言った。
「また今度釣りに行こう」
しんみりとした声を変え明るい声で勝が言った。
「そうしよう」
亮は秋風に吹かれながらアパートへ向かった。




