第十話 日曜日
日曜の朝七時、亮はすっきりと起きた。集合時間は三時間後だったが、以前の反省を生かし前日は二十二時に床に就いていた。
十分前に海に着いた時には勝は釣り竿の準備をしていた。
「おっす」
亮の声に勝は振り返った。
「やあ」
勝はさっそく二人分の椅子を設置すると亮に座るよう勧め、亮は礼を言い腰かけた。
勝はじっと海を眺め釣り竿が動くのを待っていた。
「いつもこんな感じなんだ」
じっと待っても竿は動かず亮の想像とは違った。
「うん。こうやって糸を垂らして待つだけ」
勝は海を見つめながら答えた。
「ここってクロダイとか釣れるんだっけ」
亮は少しでもこの場を盛り上げようとした。
「よくわかったね。詳しいの」
勝はこちらを見た。
「いや、調べた」
「そうなんだ。僕ね、それが釣りたくて毎週来てるんだ」
「今まで釣れたことは」
「何匹か釣れたよ」
しばらく亮は勝の様子を見続けたが彼は嫌そうにしているようには見えなかった。ただここにいることに価値を見出しているように感じられた。
「亮君のお父さんは元気なの」
突然の質問だった。
「父親か、うん元気だよ。野球を見るのが好きでよく見てる」
「そっか。僕の父さんも好きだったな」
勝は何を思って聞いたのか。
「君はどこの球団のファンなの」
亮は聞いた。
「ドラゴンズ」
「そうなんだ、じゃあ親父とは違うか」
亮は海の方を向いた。また彼の側面を一つ知った。
「亮君、聞いてくれるだけでいいんだけど」
「何だ」
「僕、一度父さんとドームに行ってね。それでホームランボールが間近に来たんだ」
「よかったじゃん」
「そのときなんだけどボールを捕った人が皆に見せていたんだ。僕そのときやっちゃったんだ」
「どういうこと」
「僕がそのボール欲しいって父さんに言ったんだ。そしたら父さんがその人に近づいて『そのボール売ってくれませんか』って言って財布から三万円を出した。そしたらその人『売るわけないだろ』って断った。そのときその辺にいた人たちが父さんのことをじろじろ見ていた。僕最低なんだけどね、父さんのことかっこ悪いって思っちゃったんだ。」
亮は黙って聞いていた。
「僕はドームを出て行った。それから何分かして父さんが僕を見つけた。『ごめんな勝、父さん何もしてあげられなくて』父さんがそう言ってたから僕も謝った。いつか父さんに何かしてあげようと思った。でもその後病気で亡くなってしまった」
勝は息を吐いた。亮は言葉が出なかった。ただただうなずいて聞いているということを伝えるので精一杯た。
「ごめんね、こんな話して」
勝は申し訳なさそうな顔をしていた。
「謝ることじゃないよ。誰だって聞いてもらいたいと思うことはあるから」
二人は再び沈黙が続いた。波の音だけがやけに大きく響いていた。
亮は帰宅するとお気に入りのネット掲示板で勝と同じような境遇の人間を探した。そこで相談してみたもののろくな答えが返ってこなかった。他のサイトでも同じく検索したがそれでも勝のためになる情報は見つからなかった。
その晩、彼は母親に電話した。母の祖父母は既に亡くなっており彼は直の心理を知ることで勝の心理がわかるような気がした。
「もしもし亮だけど」
「おお、どうしたん。あんたから電話なんて珍しいね」
普段連絡を取らない息子に母は驚いていた。
「ちょっと聞きたいんだけど、重い話も大丈夫かな」
「何々」
「母さんのおじいちゃんおばあちゃんが亡くなったときどういう気持ちだった」
「ああ、二人とも十分長く生きていたからね。悲しいとか寂しいっていうよりはお疲れさまでしたって感じだったかな。二人とも毎日動くの大変そうだったからね」
亮の死へのイメージと母の答えは意外にも異なっていた。
「そうか、ありがとう。じゃあもしもっと早くに亡くなっていたらどうだった」
母はうーんとうなっていた。
「そうだねぇ……わからないかな。たぶん受け止められなかったんじゃないkな」
やはり死を想像するのは容易ではなかった。
「やっぱりそうだよね。悪かったねこんなこと聞いて。もう切るね」
「そうかい、寂しかったらいつでもかけてきんさい」
母の声はいつもより温かく感じた。
結局知りたいことはわからずすっきりとしなかったがその一方でそんなものなんだろうと納得もしていた。
勝は聞いてくれるだけでいいと言っていたもののこのまま何もないかのように終わることが良いとは思えなかった。少しでも肩の荷が下りるような罪滅ぼしができれば……亮は今までにない答えを探そうとしていた。




