第0話 終わりと、始まり 後編
光の無い、真っ暗闇の中で轟 麗鹿は目を覚ます。
辺り一面は光がとどかないが為に何も見えない。さらには、自分がどんな体勢になっているかもわからないような状況の中、奇妙な声が聞こえてくる。
「ライにいに……、ライにいに……、」
暗闇の向こう側から聞き覚えのある女の子の声が聞こえてくる。声は徐々に此方へと近づいて来る。
そして突如、声の近づきが止まる。すると、先程までは何も見えなかった暗闇の一点に、人影が浮かび上がってきた。
人影は影ということもあり、顔はボヤけてはっきりと誰かはわからない。しかし、麗鹿にはそれが誰か一瞬でわかった。
「み、美海…なのか?」
「…………、」
麗鹿は自身の妹の名前を呼ぶが返答はない。麗鹿と人影の間では沈黙が続く。
麗鹿は何を言えばいいのかわからず、一向に話が始まる気配はない。そんな中、人影が口を開く。
「ライにいに、ライにいに。ライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーー!!!!!!」
「ッッッ!!」
突如、人影が狂ったかのように、『ライにいに』を繰り返し言い、体を上下に揺らしながら、発狂した。
奇妙な発狂に、麗鹿は驚き尻餅をつく。冷や汗が麗鹿の額から大量に出てくる。止まる気配はない。
もちろん、人影の発狂が止まる気配も全くない。
その人影は麗鹿の知っている妹の美海とは全く違うように麗鹿の直感は感じはじめた。
そんな状況の為か、麗鹿は思いきって口を開く。
「だ、誰なんだ!お前は誰なんだ!」
「ライにいにライにいにライにいにライにいにライにいにライにいに…………、」
「その呼び方を止めろ!それは美海が…、美海だけが俺を呼ぶために使っていい呼び方だ!そ、それを…、それを何処の誰かもわからない奴に使われる覚えはない!」
「ラ…イ、にい…に……?」
麗鹿の言葉を聞くと、人影の発狂が治まり、再び沈黙がその場を包み込む。
そして、ソレは突如として始まった。
ゴォォォーーー!!!、と。
大きな音をたてながら暗闇がゆっくりと崩壊し始めた。暗闇の崩壊した所からは白い光が射し込んでくる。崩壊は徐々に速度を上げていく。
そして、人影の浮かび上がっている辺りの足元の暗闇が崩壊していく。
「あアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」
人影は叫び声を上げながら、穴に落ちるかのように一気に白い光の中へと落ちていった。その時の叫び声は、全く聞いたことのない低い声だった。
尻餅をついた状態のまま麗鹿はその光景を眺めていた。そして、その状態のまま呟く。
「な、何だよ!何なんだよ、これ!本当に…本当に何なんだよ……、」
恐怖感を抱きながら麗鹿は一人で呟く。
そんな麗鹿など気にせずに崩壊は続く。辺りの暗闇はどんどん無くなって白い光へと変わっていく。
そして、
「あっ!」
麗鹿が自分の周囲に目を向けた時、彼の周囲には暗闇がほとんど無く、残っているのは麗鹿が尻餅の着いている所のみとなっていた。
そのことを認識した次の瞬間、麗鹿の尻餅をついていた暗闇が白い光へと変わった。
そして、声を出す暇もなく、そのまま果ての見えない白い光の中へと落ちていった。
麗鹿が落ちはじめてからどれくらいの時間が経っただろうか、麗鹿自身はっきりとはわからないくらい下へと落ち続ける。
ドンッ!!、と。
突如、何も無い空間に麗鹿の体が叩きつけられた。
「痛ってッッッ!!」
麗鹿の体に激痛がはしる。激痛は電気のように一瞬で消えていった。しかし、体の受けた痛みは簡単には消えてはいかない。
それでも、体の痛みを堪えて麗鹿は立ち上がる。そして、ゆっくりと辺りを見渡す。
「いてててて…………、何処だよ、ここ?」
辺りを見渡すが特に何も無く、ただただ白い光の空間が永遠と続いているようにしか見えない。
「……………………、」
言葉は何も出てこない。ただ呆然と、そこに立っていることしか出来なかった。
と言うよりも、そこから動いたら何かが起こるのではないかと思い、動くことが出来なかった。
そんな中、聞いたことのある男の声が聞こえてくる。
『麗鹿君、早く此方に来たまへ』
「ッッッ!?」
麗鹿しか居ない空間に一人の男の声が響いた。と同時に麗鹿は先程までいた所には無かった椅子に腰を掛けて座っていた。いや、座らされていた。その異変に気づいて直ぐに頭の中に大量の麗鹿自身の記憶が雪崩れ込んできた。それによって麗鹿は声の主が誰なのかを思い出した。
そして、麗鹿は先程までとは違う感じを漂わせながら、前を向いて後方の男に言葉を放った。
「またお前か『神』」
「おいおい麗鹿君、何度も言ってるだろ、僕は神であって神ではないんだよ。だから僕のことは名前で呼んでくれないか?」
麗鹿の言葉を放った後方にはとても豪華な椅子に座った綺麗な黒いスーツを着た青年のように見える男が一人いた。その男は、見た目とは合わない歳のように見てとれた。
そんなことは気にせずに麗鹿は話を続ける。
「名前など覚えてはいない。お前とは、死んだ後のこの短い間しか関わらないからな」
「はっはっはっ、それは悲しいなぁ。そろそろ覚えてくれると思って期待してたんだけど」
「そんなことはどうでもいい。早く世界に帰してくれ。お前の役目はそれくらいだろ?」
はっはっはっ、と。
苦笑いをする『神』と呼ばれた男。その男の目からは少し涙のようなものが流れ出てきた。今の言葉はそれだけ男の心に大きく響いたようだった。
そんなことを気にせず麗鹿は話を続ける。
「早く帰せ」
その言葉を聞いて男は一つ返し忘れているものがあるのを思い出した。そして、その返し忘れていたものをすぐ様持ち主の麗鹿に返した。
「い~や、ごめんごめん。すっかり麗鹿君自身の人格を返すのを忘れてたよ。ほら、これでいつもの麗鹿君に戻るはずだよ」
「うッッッ!?」
麗鹿の頭の中に何が流れ込んでくる。
これは先程の記憶とは違い、何別のものが出ていくような感覚が麗鹿を襲う。
「うッッッ、うわァァァーーー!!!」
頭を押さえながら大声を上げて震え続ける。
そして少し時間が経つと麗鹿はぐったりと力を失ったような体勢になって気を失う。
そんな麗鹿を男は見続ける。
「やっぱり、僕が生かした弟くんと麗鹿君自身が体を取り争っているのか。まぁ、いつものことだからすぐに終わるだろ」
「ゴッド・オブ・ゴッドよ」
今さっきまで誰も居なかった青年の後ろに、東洋人風の黒髪の二十代前半くらいに見える女が物音一つたてずに現れた。
「そろそろ時間か?」
「はい。準備の方は済ませております」
「はっはっはっ、君は優秀だ。やはり、君は優秀な人間だからこそ神地位まで上がってくることが出来たんだよ」
「いえ、私はただ周りの者たちに神と祭り上げられただけの者です」
「はっはっはっ、確かにそれは間違ってはいないな。だが、」
パッ、と。
一瞬…いや、それよりも速い速度。そう、時間が止められていたかのように。そして、男は後ろにいた女の後ろへと回り込むと、後ろから女を包み込むように抱きしめる。
そして、
「君は僕に幸福を届けてくれた。そして今ではサチと言う名を授かり、僕の世界にも幸せと福を与えてくれている。そのことを僕は感謝しているよ」
「そのお言葉、いつもありがとうございます」
男にサチと呼ばれた女は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。そして、男とサチはその体勢のまま少しの時間が経過した。その空間はとても静かだった。
「ゔっほ!ゔっほ!」
その静かさを崩す麗鹿の咳がその空間に響き渡る。
「起きたようだな。君は下がってくれ」
「はい」
男がサチを抱きしめるのをやめる。サチは返事をするとともに光の中へと消えていった。
「さて、本題に移らないといけないなぁ。麗鹿君、そろそろ目を覚ましてくれ」
「………………………、ここは?」
ゆっくりと目を覚ました麗鹿は、何も知らないかのように、椅子に座ったまま辺りを見回す。辺りを見回す麗鹿はおどおどとしている。
そんな麗鹿に男は声をかける。
「麗鹿君、ここは僕が今回の為に用意した君の為だけの特別な空間だよ」
ぱっ!と。
麗鹿は立ち上がり、声のしてきた後方へと振り返る。
振り返った先には、豪華な椅子に腰を掛けて座る男がいた。その男を見て麗鹿の口から言葉が漏れる。
「クロ……ノス…」
「そう!そうだよ、僕はクロノス。麗鹿君の唯一無二の親友だ。そんな僕の名前をやっと呼んでくれたね!やっぱり、さっきまでの会話が聞こえていたんだよね?」
「さっきまでの会話?」
「えっ!?麗鹿君、さっきのことを覚えていないのかい?」
麗鹿とクロノスはお互いに見つめ合いながら硬直しあう。どうやら麗鹿は記憶を返して貰ってから、人格を返してもらう前の少しの間の記憶を失っているらしい。
そんな麗鹿を見てクロノスは一つため息をついてから、再び口を開く。
「はぁ~。まぁ、これは仕方ないことだ。麗鹿君は人間であるだけで、それ以上の存在ではない。だからさっきのことは覚えていないのが普通だ」
「悪いな。俺は何度もクロノスの元に来ているのにいつも今みたいな風になってしまって……、」
「いやっ!麗鹿君、君が気にする必要はない。これは僕が悪いのだから」
そう言ってクロノスは笑顔を浮かべる。しかし、麗鹿は笑顔を浮かべられない。何故なら、麗鹿は先程までクロノスの名前すら覚えていなかったことに対しての罪悪感があるからだ。
しかし、そんなことを気にすることなくクロノスは話を先に進め始める。
「それよりも、だ!麗鹿君、君は今回がとある記念すべき回なのを覚えているかい?」
「………………………………、」
麗鹿は黙って考える。しかし、何も思い当たるものが無かった。強いて言えば、今回が現在の麗鹿の記憶の中では99回目のクロノスとの対面と言うことくらいであった。なので、その事から予想ができた事を言ってみる。
「次の人生が100回目…とか、か?」
「惜しい!とっても惜しい!でも、数が違う!」
「数が違う?」
麗鹿はもう一度記憶の中を探る。しかし、次回の人生が100回目と言うこと以外は何も出てこない。それでも、麗鹿は答えを探し続ける。
そんな一向に答えの出なさそうな麗鹿の姿を見ていたクロノスは、その姿に飽きたかのようにあくびをしている。あくびはとても長く大きいものだった。
「ふぁ~~~~。麗鹿君、答えを教えてあげようか?」
クロノスの甘い囁きが麗鹿の心を揺さぶる。
今さっきクロノスから問われたことの答えを自分で見つけるべきなのか、そうではないのか。麗鹿は先程よりも一人で悩む。と言うか、今さっきのは問いだったのかどうか、それすらわからなくなってきていた。
先程よりも悩む麗鹿を見ているクロノスは徐々に彼を観察することが楽しくなっているように見えてとれた。そんなクロノスの耳に彼にしか聞こえない声でサチが話しかけてくる。
『ゴッド・オブ・ゴッドよ。そろそろ終わりにしていただかないと間に合わなくなります』
『サチ。君には僕がそんのことを考えないで麗鹿君と時間を過ごしているように見えているのかい?』
クロノスはサチと同じようにサチにしか聞こえないであるだろう声で彼女に質問混じりの返事を返す。
その質問にサチをすぐにはっきりと答えた。
『はい。見えています。と言うよりも、それ以外の見方は私にはできません』
『ぐぅッ!まさか君が僕のことをそんな風に見ているだなんて…。僕はもう立ち直れないよ。このまま下へと真っ逆さまだよ』
『下へと真っ逆さま?ちょっと何を言っているのか私にはわかりませんが。そんなことより、早くしていただかないと間に合わなくなります』
クロノスの話に耳を傾ける気がないサチはクロノスに変えられた話題を元の話題へと戻す。
ここまで真面目なサチにクロノスは関心をする。そして、驚きの事実をサチに打ち明ける。
『あぁ、その件なら問題はないよ』
『何故ですか!時間は刻一刻と迫っているのですよ!…………ってまさか!また無断で全ての世界の時間を止めたのですか!』
『そうだけど。もしかしてダメだった?』
知っていたのに知らなかったように振る舞うクロノスの態度にサチの堪忍袋の緒が切れた。
『ダメに決まっているでしょが!!貴方という方は、自分が時間の神であることを良いことに、自分の世界だけでなく、全ての世界の時間を好き勝手に操作するというゴッド・オブ・ゴッドとしてあるまじき行為を何度も何度も何度もする。これでまた私たちは他の世界のゴッド・オブ・ゴッドの皆様に頭を下げに行かなくてはいけなくなりました』
頭を抱え込んで重いため息をつく。そして、呟く。
『はぁ、これで休暇も全て無くなりました』
『別に休暇ならいつでもあげるよ?』
『そう言うことじゃありません!そろそろ理解をしてください。そうしないと私のようにあなたの下に就いた者がどんどん減っていきますよ』
『なっ!!さ、流石にそんなことはない……よね?』
『………………、』
クロノスの質問に対して返答のないサチ。そのサチの対応はクロノスを自身の夢の中から現在に戻すものとなった。
『わかったよ。すぐに全ての記憶を返して終わらせるよ』
『お願いします』
そう言ってサチからの声が途切れた。
これで再びクロノスと麗鹿の二人だけになった。
そんな事など気付かずに麗鹿は考え続けている。そんな麗鹿にクロノスが声をかける。
「麗鹿君。わかったかい?」
「悪いが俺にはさっぱりだ」
申し訳なさそうな顔で反応する麗鹿。そんな麗鹿の顔をクロノスは、『それが普通だよ』と言ったような顔で見ている。その顔に麗鹿は少しだけ安心感を感じる。
そんな中でクロノスは話を進め始める。
「そうだよね。そりゃあ、記憶を返していないのにわかる訳がないよね」
「えっ!今、『記憶を返していない』って言ったか?」
麗鹿は今までで一番大きな驚きを見せる。そんな麗鹿の顔をクロノスは楽しそうに眺めている。
そしてクロノスは本題に話を戻していく。
「うん、言ったよ」
「どういうこだ!今俺は今までの自分自身の記憶を全て持っているぞ!なのに返していないのがあるって、どういうことだ?もしかして!今俺が持っている記憶は偽物なのか?」
「いいや、それは違うよ。今の麗鹿君が持っている記憶はしっかりとした君自身のものだ。でも、それが君の全ての記憶ではないんだよ」
「『全て』ではない?」
麗鹿の口からは疑問がこぼれる。
その疑問の答えを知っているのはこの場でただ一人。クロノスである。
そして、答えを知るクロノスは麗鹿の疑問に答える。
「そう、君の記憶はそんなに少ないものじゃないんだよ。どれぐらいだったかな?確か……、全部で今の…1000000000倍くらいだから……人生1京回分くらいだったかな」
「いっ!1京!そ、そんなバカな!そんなのあり得ない!だっ、だって俺はそんなに歳をとっていないし、それにそんなに記憶はないぞ」
驚きと焦りの入り混ざった感情で言葉を放つ麗鹿。
そんな彼をただ見つめるだけのクロノス。そんなクロノスは特に何も感じていないようだった。
「なぁ、クロノス。今のはなんの冗談だ?」
「冗談?はっはっはっ、これは冗談なんかじゃないよ。これは事実だ。なんなら記憶を返してあげるよ、ほら」
ドンッ!、と。
クロノスが麗鹿に向かって何かを飛ばした次の瞬間、麗鹿は意識を失い仰向けに倒れた。
それから数十秒と経たないうちに麗鹿は意識を取り戻した。その時の麗鹿は今さっきまでとは別人のように見えるようになっていた。
そんな麗鹿がゆっくりと立ち上がり、口を開く。
「思い出したよ、クロノス。いや、ゴッド・オブ・ゴッドの方がいいか?
「そうだよね、思い出したならそう呼んでもらえた方がいいね。でも、僕は君の前ではただの神つもりだからクロノスのままで頼むよ」
「そうか、そうだな。俺もクロノスの方が呼びやすいしな。それより、サチは居ないのか?」
人柄が少し変わり、歳もそれなりになったように感じさせる麗鹿。
そんな彼は、先程までの彼では全く触れず、知らないようにしか感じられなかったサチを探し始めた。
そんな麗鹿を見たクロノスは今まで以上に楽しそうな表情をしている。
「麗鹿君、サチのことが気になるようになってきたのかい?もしかして!恋心でも芽生えたかい?」
「悪いが、今の俺にも、前の俺にもそういうものはない」
「はっはっはっ、冗談だよ、冗談。じゃあ、なんでサチの所在を聞いたんだい?」
「いつものように、サチに福をもらってから戻ろうと思っただけだ。ただそれだけだ」
「ふ~~~ん」
意味ありげな顔をしてやたらと麗鹿を見つめるクロノス。
そんなクロノスに麗鹿は少しだけ吐き気を覚えた。しかし、それは心の内に潜めておくことにした。
「それで、サチは居るのか?」
麗鹿の問いに対してクロノスは少し残念そうな表情をして答える。
「残念だが、サチは今居ないんだよ。だから、今回はサチからの福は与えられないんだ。だから今回だけ特別に僕からのプレゼントを用意しようと思っているんだ。だから楽しみにしていてくれたまえ」
「そうか、それは残念だ。それじゃあ、今回はサチの福無しで自力で頑張るしかないのか、はぁ~」
「ちょっと、ちょっと、待った!麗鹿君、僕のプレゼントのこと忘れてないよねっ!ねッ!!」
「…………、」
先程までの姿からは思えないほど堂々と慌てながら麗鹿に自分のことをスルーされていないと認めさせようとする残念な姿のクロノス。
その残念な姿を楽しんでいた麗鹿だったが、途中でクロノスが可哀想に見えたのか、彼のことをからかうのを止めることにした。
「クロノス、少しからかい過ぎた。悪かった。俺は本当にお前のプレゼントを楽しみにしてるからな」
「…………、」
クロノスは拗ねてしまったのか、麗鹿に返答をしようとせずに子供のように一人縮こまってしまった。
これで神だと言うのだから、麗鹿には少しばかり神を見損なってしまった。
「クロノス、さっきのは俺が悪かったからさ。お前はもう子供ではないんだからさ」
「……違いますぅ」
「ん?今何て言った?」
クロノスの小さめの声をしっかりと聞き取れなかった麗鹿は聞き返す。そんな麗鹿に少し怒ったような感じでクロノスは子供言葉のような言葉を発する。
「違いますぅ。僕は46不可思議1那由多96極4444正836澗70穣3垓9999京9999兆9999億9999万9999歳の子供ですぅ」
「って!それはもう子供じゃあねぇだろ!」
「はっはっはっ、はっはっはっ、やっぱり今の麗鹿君の方が僕は好きだよ」
「くっ!」
麗鹿からのツッコミを貰った瞬間に我に返ったクロノスはツッコミに笑えるだけ笑う。その時のクロノスは本当に子供のように見える。
そんなクロノスに笑われる麗鹿は何も言えなかった。
そして、我に返ったクロノスは話を戻す。
「で話を戻すけど、残念だけど今回はサチの福を与えることはできないんだ。だからと言ってはなんだけど、今回は僕からのプレゼントで我慢してくれ」
「わかった。わかった。それでそのプレゼントはどんなものなんだ?」
「それは秘密だ。と言うか、それを今言ったところで君はその事を覚えてはいられない」
「『覚えてはいられない』ってどう言うことだ?まさか、また記憶を失うのか!」
目を見開いて麗鹿は言う。それもそのはず、先程返してもらったばかりの記憶を再び失うのは今現在の麗鹿にとっては精神的にはとてもキツいことだ。だから、そんなことはあって欲しくないと思っている。
だが、そんな願いは叶わない。
「そうだね。確かに今ある記憶はもう一度僕が預かるよ。でも、決して失うわけというわけではないよ。今回は僕が預かるだけであって、時が来たらまた君に返すつもりだからね」
「そうか、と言うことは返してはくれるんだな」
「あぁ、もちろんさ」
胸を張ってそう言うクロノス。
そんなクロノスに新たな質問を麗鹿が投げ掛ける。
「亮はどうなんだ?」
「…………、麗鹿君、それは君次第だよ」
「そうか…」
少し悲しげな表情をして呟く。
そして、クロノスが話を進める。
「麗鹿君、そろそろ時間が来たようだ。もう一度言うが、記憶を持っていくことはできない。ただし、今回は僕からのプレゼントが届いているはずだからそれを活かしてくれ。そうすれば記憶も返せるようになるだろう。わかったかい?」
「あぁ、わかったよ」
麗鹿の体を取り囲むように強い光が発光し始める。光は徐々に強くなっていく。光が強くなるにつれて麗鹿の記憶と体は消えていく。
そんな麗鹿を見守るクロノスは少し寂しそうな顔をしているのが麗鹿には見えた。しかし、麗鹿に声をかけることはできない。なぜなら、今の麗鹿の記憶の中にクロノスと言うゴッド・オブ・ゴッドは存在していないからだ。
それでも麗鹿は自身がその場から消える寸前にクロノスに無意識に声をかけた。
「寂しそうな顔をするな、また会いに来てやるからさ。だから少しくらい我慢しろよな、クロフィール」
クロノスという記憶にない名前を無意識に言おうとした麗鹿はなんとなく似ている風なクロフィールという間違った名前を言って強い光と共に消えていった。
「クロフィールじゃない。クロノスだよ」
クロノスに突っ込みをいれるも、その場に麗鹿は居ない。
そして、麗鹿の消えたその場に残ったのはクロノスともう一人。麗鹿の居た所にある黒い人影。
クロノスは黒い人影のことを知っているかのように話しかける。
「どうした?お前は行かないのか?」
「…………………………、」
「そうか」
黒い人影は何も言わなかった。
それでもクロノスには何かが聞こえているのか、相づちを打ちながら返答をする。
「それならお前も行ってこい。何も気にすることはない。お前の自由はお前のものだ」
「…………………………、」
黒い人形の影はクロノスの言葉を聞いたあとにクロノスに何かを言って消えていった。
これでその場にはクロノス一人になった。
「はぁ、これから定例会議かぁ。また、あの六人に会うのかぁ…。面倒くさいなぁ~」
「ゴッド・オブ・ゴッドよ。駄々をこねても無駄です」
今さっきまでクロノス一人だった空間のクロノスの後ろにサチが現れる。
クロノスはこの突然の出来ごとには驚かなかった。まるで、サチが現れることを知っていたかのように。
そして、クロノスはサチの方を振り向かずに前を向いたまま話を進める。
「はっはっはっ、駄々くらいこねたっていいだろ?もしも駄目なら僕はもう終わりだよ」
「そうですか、なら早く終わってください。そして、この世界を別の神に譲ってください。そうすればきっと、この世界は今以上に良い世界になるでしょう」
「ちょちょちょちょっ、ちょっとサチ。今のは僕に『早くこの座から降りろ』と言っているようにしか聞こえないんですけど!?」
サチのいる方を振り向き、少し涙目になりながら自身の気持ちを訴えからるように言葉を発するクロノス。
そんなことなど聞こえていないかのようにサチは話題を変える。
「それより、ゴッド・オブ・ゴッドよ。先程『六人』と言っておりましたが、あれは無の神様を抜いた数なのでしょうか?」
「『それより』って!僕の問いよりそっちの方がサチにとっては大事なんですかぁ!」
少し子供言葉になりかけるクロノス。
そんなクロノスは麗鹿の時とは違い、すぐに元の自分に戻りサチの話に戻る。
「まぁ、そんなことはいいとして。サチの質問に対しての答えはNOだよ」
「NOとは一体どういうことなのですか?……!?もしかしてですが、今回の定例会議を欠席されるつもりですか!?」
「えっ、それでもいいの?」
「ダメに決まっています」
「はっはっはっ、そんなのわかってるよ。今の冗談さ」
「ではどういうことなのですか?」
「そんなは簡単なことだよ」
クロノスが淡々と話始める。
「僕は…いや、僕たちは欲望の神のことをゴッド・オブ・ゴッドと認めていない。況してや、ザ・ゴッドの座なんて認める認めないの話にすらならい!」
「そう、ですか。まだ認められませんか」
「あぁ、僕たちゴッド・オブ・ゴッドは七つの世界を僕たちの親であり、先生であり、親友であるあの方から任された!それなのデザイアは真の神であるあの方をザ・ゴッドの座から無理矢理降ろして自分のものにしたかのようにしている。それが僕は許せない!だから認めることはできない!」
「……………………………、」
表情を一気に暗くしてクロノスはサチの質問に答える。その時のクロノスの言葉には温かさなどなく、ただただ寒いものだった。
サチには万年氷漬けになったもののように硬く、欠けることのないもののように思えた。
そんなクロノスに恐怖を感じたサチは何も出来なかった。
「申し訳ない。少し取り乱し過ぎた。それにこれ以上持続して時間を止めていると時間を動かした時に彼らに気づかれてしまうからね」
そんなクロノスが一気に氷が溶けて解放されたかのように口を開いた。
その声には温かさがあり、普段のクロノスに戻っていた。だからサチは普段のように答える。
「はい」と。