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フィロソフィマン  作者: まるおーむ
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フィロソフィマン 2話

 1、白髪の機械師


 がん、がんっと、叩きつけるような衝撃がある。マシンインターフェースが起動する。体の中の循環系が回り始める。起動と同時に、軌道衛星との同期が始まる。情報はない。本来更新されるべき情報は、止まったままだった。


 機体の停止年月が、データとして記録されている。再生を開始。


 本機が休眠状態に入ってから、実時間にしておよそ630,720,000,000秒経過している。年月にしておよそ2000年。この期間に、何らかのトラブルがあり、衛星は消失したものと思われる。


 外的刺激を視認。皮膚に該当する外部マニューバが、情報を送ってくる。以上を統合し、本機には各部に若干の異常はあるものの、大きな損亡はないものと判断する。


 外的な刺激は、装甲パーツが外されることによるものであった。視覚センサーが、状況を伝える。灰色のつなぎのようなものを着た人物が、工具を扱い、本機マザーボードに接触を試みているようだ。通常なら自己防衛システムが作動するはずだが、現状、本機は更新作業中であり、正確な挙動を行うことはなかった。


「まさか、旧時代の遺物がこんな場所に流れ着くなんて。しかも、損傷がほとんど無い」


 聴覚端子が拾った声は、女性のものと推定された。声域のみでは判断が難しいが、視覚センサーが人物特徴を分析する。白髪。肌年齢は推定22歳。目の下のクマ等から、肌水分が減少する疲労環境に置かれていたものと推測。実年齢は、およそ15〜18歳程度であると思われる。人間だ。瞳の色は青色。人種から現在、本機が置かれている状況、地域を識別しようとするが、データが乏し過ぎる。


「本来なら、帝都からボディフレームが送られてくるはずだったが、何たる幸運。神よ、感謝します。まあ、信心深くはないにわかですけどね」


 現在の状況を確認する。本機の危険度は、B程度。マザーボードも、本機の中枢から外れた第二区画までしか、侵入を許しておらず、大きな危険性は確認できない。

 聴覚端子に水の移動する音が流れ込んでくる。漣の音だ。ここは海なのだろうか。記憶領域に大きな損傷を確認。本機を作成した、帰属する国家の情報など、あらゆるものが、損傷し、読み取ることはできない。ただ、本機の中枢に組み込まれた心臓が、新たな目的を設定する。

 本機の製造目的の大きな部分は、3つ。一つは、大いなる敵の排除。しかし、敵とはなんだったのか。どのような存在なのか。読み取ることはできない。二つ目は、国家発展のための歯車となり、働くこと。しかし、どのような能力があり、どのような任務系統に属していたのか、それらもまた、昨日の大半が失われ、実行不可能、または、認識不可能と判断する。

 3つ目、それは、人の成長に寄与すること。本機の最大の目的。

 この認識には、全くの齟齬がなかった。この部分をこそ最重要として製造されたのだろう。しかし、なぜだろう。製造者の意図以上に、この目的には、大きな共感を覚える。

 そもそも、共感、などというものは、本機にあったのだろうか。


「よし、組み込み終わり。あとは、動くかどうかだけれど、こればっかりは運だな。まあ、いいや。もし動かなかったら、私が教師の真似事をすればいい」


 白髪の少女は、外部マザーボードのハッチをはめなおしたようだ。ガタンと、大きく音がする。彼女の作業中に、ほぼ起動動作を完了した本機は、駆動系の支障を確認し、日常動作のほとんどに無理のないことを確認した。


「さて、ねぼすけ君。起きたまえ。私の呼び声が、聞こえるならば」


 起動フェーズ、終了。

 内部の魔圧力の上昇を確認。エンジン系を起動、インストールされた外部端子のデータ読み込みを完了。一時保存。ウイルス等の存在はなし。起動系の支障は無視できるレベル。

 ガタン、ガタンと大きな音がした。思った以上に関節が固まっていたらしい。あとで、オイルをさした方が良さそうだ。

 立ち上がる。視覚は、少女の全容を確認した。

 身長は、本機の胸部装甲のあたりまでであることを考えると、150cm程度。膝のあたりまである赤黒のチェック柄のコートを着ている。コートは前面が解放されており、中にはニットのセーターと、スカート、足には黒のタイツのようなものを身につけている。

 少女は大きく目を見開いた。視線が上へと上がっていき、やがて、一歩前へ歩み寄ると、本機にぶつかった。

 ぶつかったというのは、訂正がいる。そのまま、圧力をかけてくる。これは、抱きしめられたというのが正しいか。


「でけー・・・。最高だなー」


 少女はうひひ、うひひと繰り返す。どうやら笑っているらしい。これはどういった状況だろうか。接触したことで、彼女の心拍が多く気上昇していることに気がつく。これは、興奮しているのだろうか。

 しばらくすると、少女は体を離し、本機に満面の笑みを向けた。


「いやー、驚いたよ。まさか本当に動くとは思わなかった。今日は本当に運がいいぞ。今なら、空も飛べそうなきがする。

 さて、君のことを聞きたいなあ。反応は返せるかい」


 本機は、いや、私は、彼女が組んだと思しきプログラムを確認しつつ、応答する。


「はい。応答することが可能です」

 

 少女は再び目を見開いた。口元にはニヤニヤとした、それこそ大好物にでも巡り合ったような笑みを浮かべながら、話を続けた。


「よろしい。では、君のことを教えてくれ」


「はい。私は、型式番号Xー004、人間支援型有機兵です。内部情報に大きな損失があり、これ以上の情報は、私の中にはありません」


 少女は考え込むように、顎に手をやる。どうも、それが思考する仕草のようだ。癖なのだろうか。


「よろしい。その型式は、以前カタログで見たことがある。ただ、君のような起動するモデルに出会ったことがないから、私も具体的なことはわからないなあ。何か、サルベージできる情報はあるかい」


「いえ、ありません。私は、人間を支援する目的で作られました。それ以上のことは、わからないのです」


「そうか。体に異常は?」


「関節部に若干の違和感がありますが、問題ありません」


「そうか、あとで、オイルを差してあげよう。しかし、君は2000年以上、昨日を停止していたことになると思うけど、本当に異常はないかい」


「はい。情報系には大きな欠落がありますが、私の行動原則、機能ともに正常に動作しています。ご安心ください」


 彼女は、はあと息を吐く。それは、諦めとも、なんとも言えない、不思議なニュアンスだった。


「そうか、古代文明の情報を聞ければ重畳だったけど、こればっかりはしょうがない。とても残念だ。ただ、君の装甲はすごいなあ。時を止めていたかのように、全くさびていない。その装甲、素材はなんだい?」


「ミスリル合金です。金と魔石エーテルを3対7で混ぜ、製造されたものです。中には、少量の有機物があり、本機に組み込まれた心臓部と連動し、常に魔障壁を展開しています。時間的な劣化は殆どありません」


 少女は、再びためいきをついた。


「すごいなあ、ミスリル・・・。伝説上の金属だ。絶対内緒にしよう。ところで、君のような保存状態のいいのは、今まで見たことないんだけど、なぜだろうねえ」


「それは、わかりません。ただ、私の最後の情景は、水底に沈んでいく情景です。なので、外気による侵食などはほぼなかったものと思われます。それと・・・」


 空を飛ぶような、と答えようとして、ノイズが入った。最後の情景が、二つに分化している。崖があり、そこから落ちるように、私は水の中に落ちた。ただ、あの時私は、飛ぼうとしていたのか。飛ぶ機能など、ないというのに。そもそも、この映像は、私の記憶端子に保存された情報なのか。

 情報がない。というのではない、これは、わからない、のか。

 少女は、じっとこちらを覗き込んでくる。


「どうかしたかい?」


「いえ、わからないことがあったものですから。ですが、ささいなことです。他にご質問はありますか」


「うん。君は兵器として、戦争していたんじゃないかと推測しているのだが、どうだろうか」


「敵がいたことは憶えています。しかし、それがどのような存在だったかは、情報がありません」


「武装はある?」


「はい、幾つか、備えています。しかし、使用のためのエネルギーが足りません。現在使用できるものは、ありません。確認しますか?」


「いや、必要ない。それはもう、きっと不要だろうから。ところで君、人間は好きかい?」


「好き、というのは、好意ということですか」


「うん。私もまあ、好きっていうのを説明するの難しいけどね」


 好き。好意。私には人を守ろうという意思がある。これのことだろうか。


「例えば、君は人を教えたり、導いたりすることは、したいと思うかい?」


 人を導く?私は、自分の内部を探した。その中で、該当するプログラムが見つかる。


「それは、あなたが組み込んだこのプログラムと、関係しているのですか」


 少女は、再びニヤリと笑った。それは、どこか記憶にある、研究者の目であった。


「そう。自己紹介が遅れた、私は帝国教育審議会、機械師部門から派遣された、教育機械師、カガリ・リンだ。リンと呼んで欲しいかな」


「承知しました。リン、ですね」


「そう。君の中には、本来、教育機械に搭載するべき指導要領と、行動プロセスを組み込んだ。私たちの機械工学は、サルベージした過去の遺産を元に組み上げたものだから、適合してくれるとは思ったんだけれど」


「はい、リンのプログラムは、正常に動作しています」


「それは何より。私はね、教師不足を補うために、機械を教師に仕立てることを生業にしているんだ。で、紆余曲折あり、君にプログラムを組み込んでみたんだけど。教師、やる?」


「それが、命令であるならば」


 リンと名乗る少女は、微笑んで再び、私を抱きしめた。

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