暗殺者、圧倒する
「決闘?」
俺は思わず女の言葉を繰り返したが、対する騎士風の女は大きく頷いた。
「そうだ。お前も、いくら非道とはいえいきなり処罰されるのは納得がいかないだろう? だから機会を与えたい。私に勝てれば、その罪、誰にも咎められはしまい」
「罪って……俺、何もやってないんだが?」
「何を言う! 少女をかどわかし、何も企んでいないとは言わせない。いいから剣を抜け。その腰についているのは飾りじゃないんだろう?」
なぜだか一方的に罪人扱いされることに苛立つ。
しかも一体全体なんなのだ。
レイを誘拐した? そんなことあるわけがない。
レイは俺を救ってくれ、俺はレイを手助けしているのだ。しかも俺はレイのお父さんだぞ? 一緒に歩いてて誘拐とはふざけるんじゃない。
「この子は俺の娘だ。俺の娘を連れていくなら、それ相応の覚悟を持つんだな」
「娘だと? どうせやましいことを考えていたんだろう。私がその少女を絶対に助け出す」
そこまで聞いて、俺は無駄だと思ってしまった。
言葉での説得ができない人種。それが目の前の女騎士だ。
あとは、体にわからずまで。そう思った俺はそっと短剣に手をかける。
すると、横にいたレイが不安そうな顔で彼を見上げていた。
「ケンカ……だめだよ?」
「大丈夫さ。ケンカにすらならない。すぐ終わるから待ってろよ? これが終わったら、今日はいろんなもん買いに行こう」
そういって、レイを優しくなでる。撫でられるレイは気持ちよさそうに目をつぶった。
俺の言葉を聞いていた女は、さっきよりも鋭い視線でシンをにらみつけていた。
「ケンカにならないとは大きい口を聞くものだ。せいぜいあがくといい」
「まあ、仕事じゃないから命はとらない。安心するんだな」
「戯言を!」
勢いよく大剣を抜いた女は、大声を張り上げた。
「私は、王都騎士団、二番隊隊長のリブだ! お覚悟を!」
「俺はシン。レイの父親だ」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、リブは剣を振りかぶり勢いよく振り下ろしてくる。
その速度は確かに目を見張るものがあった。女だからと侮ったことに少なからず申し訳なく思う。
だが、それだけではだめだ。
シンはギフトに頼って暗殺をしていた。だが、それだけでは仕事が達成できないことも当然あった。その時に求められるのは自身の能力だ。
何が言いたいかと言うと、目の前の女騎士程度じゃ、俺には到底かなわないということだ。
振り下ろされた剣を身をよじって躱す。
当然、次の攻撃をしてくるわけだが、ここでしっかりとギフトを発動させた。
『流れるもの』
それは、戦闘において類まれな力を発揮する。
なぜだかレイといることで、人の記憶に残り人の中で生きることができているが、それはギフトが無効になったわけではない。
能動的に発揮されるその力は、容易にリブの意識から俺という存在を刈り取った。
なぜわかるかって?
そんなもの。
相手の目を見ていればわかるさ。
「――っ!?」
無造作に近づく俺に、リブは全く気がつかない。
小さく回りこみ、俺は短剣の切っ先がその喉元に突き付けた。
「さぁどうだ? これでおしまい。喧嘩にもならなかっただろ?」
声をかけたその時、ようやくリブは俺の存在に気が付いた。
目があうが、動けば殺すと目で語る。
対するリブは、冷や汗を垂らしながらごくりと唾を飲み込んだ。リブが何も言わないから、俺は、そっと短剣に力を込めた。あと一押しで、皮膚を突き破ってしまうくらいには。
「くっ――参った」
俺は、その言葉を聞くとすぐさま短剣をしまい込んだ。
そして、レイの元に歩いていくと、レイは怯えが混じった視線で俺を見上げていた。そして、小走りで俺に駆け寄ってくる。
「待たせたな。じゃあ、行くとするか?」
「うん。お父さん、すごかったねぇ! いつもまにか女の人の近くにいた!」
「簡単だよ。レイもすぐにできるようになるさ」
その言葉に、リブ苦々しく顔を歪めた。
まあ、露骨な嫌味だ。俺とレイとの時間を邪魔したのだから当然の報いだと俺は思っている。
複雑な表情のリブをにらみつけると、俺は質問を投げかけた。
「あ、そいういえば、俺のことは誰に聞いた? 俺がここにいることを知っている人間なんてそんなたくさんいるはずないんだけどな」
立ったままうなだれているリブは、そのままの姿勢で問いに答えた。
「王都騎士団団長、クロイツ様だ」
「あの男……」
その名前を聞いて思い出したのは、乗合馬車で出会ったあの男だ。
どこかで聞いたことがある名前だと思ったら、騎士団の団長だったのか。
くそ、と悪態をつきつつ、大きくため息をついた。
あの男に助けられたが、このような形で裏切られるとは思っていなかった。とても残念である。
まあ、人と交わればこういったこともある。
そのことを思い出しつつ、俺はレイに声をかけた。
「じゃあレイいくぞ? とりあえず家で住むために色々買うか。ほしいもん、なんでも言っていいからな」
「うん! でも、レイ、ベッド買ってもらったよ? だからもう大丈夫だよ?」
「そんな遠慮するなよ。ほんとにいい子だな、レイは」
「てへへ」
ぐりぐりと頭を撫でまわすことが癖になった俺は、いつの間にか自然に浮かべるようになった笑みで語り掛ける。
対するレイも、自分を害さないとわかってくれたのだろう。屈託のない笑みでそれにこたえてくれた。