暗殺者、決闘を申し込まれる
目を覚ますと、腕の中にはレイがいた。
起こさないようにそっと離れるが、すぐに目を覚ましてしまう。旅路もそうだったが、レイは人の動きに敏感だ。プロの暗殺者である俺の動きすら、レイをすり抜けることは難しい。
お互い寝ぐせだらけの顔を見合わせ、そしてはにかんだ。
「おはよう」
「おはよ」
毎朝の日課になりつつ挨拶がとても新鮮だった。
そのまま簡単に身支度を整えて、下に降りていく。
宿屋の下は食堂になっており、そのまま女将に朝食を頼んだ。といっても、パンとスープだけの簡単なものだ。
レイは、スープに硬いパンを浸すと食べられるということをようやく学び、慣れた様子でスープにパンを浸していく。
「レイね、このパン好きだよ」
「そうか? あんまりうまくないだろ」
「でもね、なんか柔らかいところと硬いところが混ざってるのが好き」
俺は自分のパンを食べながら、レイの言ったことを意識する。だが、レイの言うそれはあまり好ましいものではない。
どうせなら、高級品だが柔らかいパンが好きだ。
「俺は、柔らかいのが好きだけどな。ほら。日本で食べなかったか? ダ〇ルソフトとか、ああいうのだ」
「んー、それはわかんないけど、メロンパンとか好きだよ」
「ああ。あれは上手いよな。端っこの硬いとことかな」
「わかるー」
話しているとあっという間に時間は過ぎる。
くだらないことばっかり話しているが、大事な時間だ。
俺達は、むしゃむしゃと朝食を食べ終わった頃、宿屋の女将が声をかけてきた。
「ちょっといいかい?」
「ん? 何かあったか?」
「いやね、冒険者ギルドから使いが来ていてね。ほら、これさ」
女将が持ってきたのは小さい書簡だ。
俺はそれを受け取ると中身に目を通す。どうにも、執事とメイドの候補が見つかったからギルドに来てほしいらしい。
早いな、と疑問を感じつつも、できるだけ早めにあの屋敷が使えるようになるのは望ましいことだと思い今日の予定を決めた。
「レイ。昨日の今日だけど、今日もギルドに行こう。家のこと、いろいろやってくれる人がみつかったみたいだ」
「じゃあ、今日あの家に住める?」
「さすがにそんなすぐには掃除、終わらないからな。もう少し先だと思うぞ」
そんなやり取りをしてから、俺達はギルドに向かうこととなった。
ギルドに着くと、昨日と同じ受付嬢と目が合った。そして、すぐさま目の前の冒険者とのやり取りを言えると、そのまますぐに俺達の元にやってくる。
「シン様。お待たせして申し訳ありません」
慌てた様子で頭を下げた受付嬢に、俺は穏やかに話しかけた。
「それはいいんだけど……執事とメイドが見つかったみたいだな。思ったよりも早かったが……」
「昨日のご依頼ですが、予算は問わない、ということでしたので、相場の倍の賃金でお願いしています。何人か抜粋しましたのでよろしければ別室でお話させていただけませんか?」
「そうだな。こっちは騒がしいし……頼むよ」
「では、こちらへどうぞ!」
受付嬢は、そのままギルドの奥へ俺達を案内した。
通されたのは、やや広めの一室。調度品なども飾られており応接間のようなところだった。
「他の連中も、こんな立派な部屋で話すのか?」
その部屋の様子に、つい質問をしてしまう。すると、受付嬢は気分を害することなしにこたえてくれた。
「もちろん皆ではございません。ここは、私達職員が独断で使える場所ですが、めったなことでは使いませんよ。高ランクの方や著名な方を基本的Nはご案内します」
「えっと、俺、ただの銅級冒険者なんだけど?」
「何をおっしゃいますか! シン様の位階を見ましたが、あれを見た後では冒険者ランクなんて何の役にも立たないです。それだけ、シン様に当ギルドが敬意を払っていると思っていただいても結構ですよ」
「いや、意味がわからない。まあ、いい。とりあえず、使用人の話をしたいんだが」
「はい! 資料はこちらに」
ギルドの奥へはいれるものは一握りらしい。
でもどうして俺が?
そう思うが、位階の高さが原因ということだ。位階がいくつかなんて知らないが、ずっと暗殺しかしてこなかったのだ。対して高いはずがないんだが……。
それに、冒険者ギルドのランクも俺は低い。当然、一番下の銅級――四階級あるうちの一番下――であり、冒険者としては全く功績を挙げていない。暗殺者ギルドの功績は公開されていないはずだから、奥に行く理由などない。
資料とともに丁寧にお茶まで出されたところで、目の前の受付嬢が話を切り出した。
「昨日依頼された執事とメイドですが、さっそく集まった数が五十人ほど。その中から戦闘能力があるだろう方――冒険者ランクが銀級以上の方を選別いたしました。そうなると、残るのが数人となってしまうのですが――」
そういって、簡単な情報をシンに差し出した。
だが、その内容をみてもシンはどう決めていいかわからない。というのも、そこに書いてあるものをどのように解釈すればいいかわからなかったのだ。
「名前とか経歴とか職務経験とか、まあわかるよ。だが、実は俺、位階の目安っていうのがわからないんだ。どれくらいが普通なんだ?」
「あら。シン様は位階を気にされてこなかったのでしょうか。いわれているのは、一般の方々は一桁、冒険者などをやろうと思う方は二桁に届く方が多いそうです。そして、銀級という一人前の冒険者と言われるランクになる方では二十以上。騎士団の方や金級の一流冒険者の方は四十を超えると言われています。位階の数字が高いほどなんらかの能力が高いとされているので、単なる強さじゃない場合もありますけどね。あくまで参考値として判断していただければ」
そういった視点でみると、渡された資料のうち、ほとんどが二十台。そして、三十を超えるものが二名いた。
「えっと、この二人――アンドレイ・ターラントとヤーナっていう人のことを教えてくれるか?」
「はい。二人とも、位階が三十を超えています。それぞれギフトが『貫くもの』と『燃やすもの』ですね。アンドレイ様はそのギフトを活かした戦闘能力を有しており冒険者をやっていた時期もありましたが怪我をして引退した後、執事として働いているとあります。ヤーナ様は、炎を操るのが得意みたいですね。そのせいか、特技は料理みたいですよ」
「ふぅん」
確かに、その二人ならば、家の仕事もやりつつレイを守る力もありそうだ。
ほかの情報にも特に特筆することはない。
「能力もありそうだし位階も高いなら、この二人にしようかな。試しに雇ってみて、問題があるなら変えればいいし」
「かしこまりました。では、このお二人にはシン様の屋敷に向かうよう依頼をしておきましょう」
「そうだな……なら、この鍵を渡しておいてよ。俺はずっとそこにいるわけじゃないから」
「はい。申し伝えておきます」
面倒な話を早々に終えて、俺はレイを連れて外に出る。
そういえば、レイはこういう時本当に静かにしているな、と思い立つ。自然と頭に手をのせて撫でていると、レイは見上げて唐突にはにかんだ。
「どうしたの? お父さん」
「偉いなぁと思ってな。ずっと静かにしてたな」
「うん。あれでよかった? うまくやれてた?」
どこか俺の様子をうかがうような言動に少しだけ心配になっていまうが、きっと今はしっかりと褒めてやるのが先決だろう。
そう思い、ぐしゃぐしゃと大げさに手を動かした。
「ああ! すっごく偉かったぞ! ご褒美に、何か屋台で買ってくか?」
「いいの?」
「ああ。もう少ししたら昼だからな。ついでだ、ついで」
「やったぁ!」
年相応にはしゃぐレイ姿を見ながら、たまには甘やかしてやるのもいいかもなと考える。
そのまま屋台を巡って昼食を済ませる俺達は、傍から見るとどんな風に映るのだろう。
そんなことを思いながら、俺達は王都の中央あたりにある噴水に腰かけていた。
そして、ちょうど食事を終えたころ。俺達に近づいてくるものがいた。
「そこの男。ちょっといいか?」
「ん?」
顔をあげると、そこには一人の女がいた。
女は、白い鎧を身にまとっており、そこに流れる金髪はとても美しい。金髪といってもむしろ白髪に近いそれは、日の光で煌めいていた。その隙間から覗くとがった耳は、エルフという種族の特徴であった。碧色の瞳は宝石のようで、吸い込まれそうに輝いている。
ぼーっと見惚れていると、目の前の女は訝し気な視線を向けて問いかける。
「お前に決闘を申し込もう。もし私が勝てば、その少女の身柄を保護させてもらう」
「はぁ?」
突然の決闘の申し入れ。
わけがわからない展開に、不機嫌な声が出たのも仕方のないことだろう。