暗殺者、ベッドを買う
「よし! 次はベッドを買いにこう! 服はこの間いくつか買ったけど、ベッドがないとな」
ベッドという言葉に、レイは突然前のめりになり目をキラキラとさせた。
「ベッド買っていいの!?」
「ま、まあな。というか、ベッドがないと眠れないだろ?」
「ずっと欲しかったの。ダメって言われたから」
「そうか」
理由を話したときに寂しそうなのは日本を思い出してのことだろう。
だが、あまりそこに固執してもしょうがない。今は、レイの楽しいことを優先してやろうと思った。
「どんなのでもいいぞ? でっかいのでもちっちゃいのでも、好きなの選んでいいからな」
だからこそそうやってつい甘やかせるような発言をしてしまった。
だが、いいのだ。
お金に困っているわけではないし、何より目の前のなり立ての娘は悲しい顔をしているよりも笑っているほうが可愛いからだ。
「やった! うれしい、お父さん!」
喜ぶレイだったが、その横顔にはやや疲れが見えた。
俺は、そうあたりをつけると、無言でレイを抱き上げた。
「わっ、あわわ!」
「ほら、暴れるな。そう遠くないが、疲れるだろ? このまま行こう」
「でも! レイ、重いから!」
「何言ってんだ。子どもがそんなこと気にするな。それに、こっからだと見える景色も違うだろ?」
そう言いんながら立ち止まる。
レイもそれに合わせて視線をあげた。すると、普段よりも目線が高い。いつもよりも、いろいろなものが見えたのだろう。
少女の瞳がキラキラとしていることに満足した俺は、そのままゆっくり歩きだした。
「すぐ着くさ」
「……うん」
レイは、どこか恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤に染めて、シンの頭に顔をうずめた。
それじゃあ景色が見えないだろう、とシンは思ったがあえて声をかけることもない
俺はレイの熱を心地よいと感じながら、家具屋へと歩いていくのだった。
そして、ほどなく家具屋に着く。
中に入ると、恰幅のよい店主がいた。やや質がいいものを扱っているこの店の家具は庶民には簡単に手が出るものではない。俺の姿にいぶかし気な表情を浮かべた店主はどこかぶっきらぼうに問いかけた。
まあ、仕方ない。俺の格好、今は汚いからな。
「何が欲しいんだ? ここはそれなりに値が張るぞ?」
「寝具一式をな。この子のためにベッドを買いたいんだが、いいのはあるか?」
「ベッドねぇ。それならあっちのほうにまとまってるが……」
そういって、店主は店の奥のほうを見た。たしかにいくつかベッドが置いてある。
「レイ。お前はどれがいい? 気に入ったのを教えてくれ」
「えっと……レイ、安いのでいいよ?」
「何言ってんだ。別に家具が買えないほど、金に困っちゃいないよ。お、これなんかどうだ?」
そこには、白く染まったベッドが置いてあった。装飾も凝っていてたしかに可愛らしい。だが、レイは首を横に振る。視線が値札にいってるから気を使っているのだろう。まあ、レイはまだこの世界の文字は読めないからなんとなくの雰囲気を感じだのだろう。
「じゃあこれは?」
ふるふる。
「こっちのは大きすぎるよな?」
こくこく。
「んー、これはなんか違うよなぁ」
こくこく。
緊張しているのだろうか、なぜだかジェスチャーでしか意思表示をしなくなったレイ。俺は肩をすくめてベッドを物色し始めた。
あらかた見たが結局気に入るのはない。
別の店を探すか、と振り返ると、レイは今まで見ていた場所じゃなく離れたところを見つめている。
そこには、一つのベッドが置いてある。
茶色く、シンプルなそのベッドはやや小さめの大きさだった。
装飾はないが、丸みを帯びたそのフォルムは落ち着いた可愛さがあった。
そのベッドを見ているレイを見ていると、彼女はすぐに気づいて俯いた。
「それがいいか?」
問いかけるも、やはり首を横に振る。
彼はそんなレイにそっと近づくと、顔をの前に自分の顔を近づけてそっと瞳を覗き込む。
「レイ……遠慮するのはわかるさ。けど、俺はどうせ買うならレイが好きなものを買ってやりたい。そのほうが気に入ってくれると思うし、大事にしてくれるからだ。なにより、レイが喜んでくれたらって思ってる。俺は、レイにはこのベッドがぴったりだと思うんだが、どうだ? レイはこのベッド好きか?」
じっと見つめていると、レイは返事をすることに迷っているようだった。
何度か口を開けて、俯いて。
その悩んでいる時間も、シンは辛抱強く待った。きっと、ここでせかしてしまえば、レイが自分で選んだことにならない。それはきっとよくないことだと思ったのだ。
目の前で悩んでいるレイだったが、しばらくするとようやく顔を上げて声を絞り出す。その声は、どこか怯えが混じっており、理由はわからなかったがそれほどまでに自分の気持ちを語ることに恐怖を感じているのかと思うと、胸は痛んだ。
「あ、あの……。このベッド可愛くて、欲しいって思ったよ。……あ、あの、ごめ――」
「わかった! レイが好きならこのベッドを買おう! よく言えたな、偉かったぞ?」
「ふぇ!?」
まさか褒められると思わなかったのだろう。
レイは目をぱちくりさせながら、俺を見上げていた。その視線にこたえるように俺はつとめて笑った。
「大丈夫かい、あんちゃん。このベッド、一応高価なもんだが」
「ん? ああ。大丈夫さ。ほら、これで足りるだろ?」
俺が、財布代わりに使っている革袋から金貨を数枚だすと、店主は驚いた顔をしてお金を数え始めた。
「できれば、寝具も頼めるか? 一番質がいいやつがいいな」
「あ、ああ。どっかに届けるか?」
「そうだな……まあ面倒だし持っていくからすぐにくれるか?」
「何言ってんだ。お前さん一人だろう? 持っていけるわけがええええぇぇぇぇぇ!?」
店主が何か言おうとしていたが、俺は早くこれを持って帰ってやりたかった。
すぐさまベッドを持ち上げると、店の外に向かう。
「あ! ちょっとこの上に寝具のっけてくれ! 釣りはいらないから、そのままでかまわない」
なぜだか無言のまま寝具を乗っけてくれる店主に会釈をして、俺は店をでた。
レイは、後ろから小走りでやってきたが、俺がベッドを持っている姿をどこか興奮した様子で見つめていた。
「お父さん、すっごい力持ち!」
「ん? そうか? これくらいはできないとな。仕事にならないんだよ」
「あははは! なんか、変なの! こんなの普通持てないよ!」
「何言ってんだ。俺は普通のおじさんじゃなくて、レイのお父さんだからな」
屋敷まで、それほど時間はかからない。
とりあえず、ベッドは中に入れておいて、宿に泊まればいい。そのうち、執事やメイドが決まれば掃除もしてくれるだろう。
そんなことを考えながら、俺は道を歩いていた。
◆
買ったベッドを無造作に自分の屋敷に置き、宿屋に帰ってきた頃にはすでに日は落ち始めていた。
レイはかなり疲れているようで俺の腕のなかでうとうとと舟をこいでいた。
「困ったな。あと一か所、どうしても行かなきゃならないところがあるんだけどな……」
だが、レイを置いていくことはできないし、連れて行くなんてもってのほかだ。
あれを使えば後日でいいから、とりあえず今日は寝るか。
そう思いながら部屋へと向かう。
部屋の戻り、レイをそっとベッドに寝かせる。
静かな寝息を立てているレイの顔は、まるで天使のようだった。
ほっぺたがぷにぷにだ。その頬は紅色に染まっており、きめ細やかさが遠目に見ても分かる。
まつ毛も長く、その容姿は間違いなく、日本の平均水準よりも高い。もう少しお肉がつけば、きっともっと可愛らしくなるだろう。
何度も、何度も頭を撫でながら深まる夜を過ごしていた。毎晩訪れる夜泣きも、今ではそれなりに対処ができる。夜泣きの時間も、少しずつ短くなっているように感じていた。
そろそろ寝るかな。
そうおもって立ち上がると後ろから小さな声がぽつりとささやかれる。
「……あれ? もう、夜?」
振り向くと、レイが目を覚ましていた。
眠そうな目をこすりながら、なぜだか起きようと必死になっている。
「まだ夜中だ。晩御飯食べられなかったけど、明日の朝、たくさん食べような」
「うん……」
「だから今は寝てていいんだぞ?」
「うん……」
そういうと、レイはぽすんとベッドに寝ころび、むにゃむにゃと何事かを言っている。
その様子に思わず声をこぼすと、舌足らずな口調で少女はつづけた。
「ねぇ、おと、さん……本当にレイのおとぅさんに、なってくれぅの?」
その言葉に、咄嗟には答えられない。
なぜなら、溢れだしそうな涙を堪えるので必死だったからだ。だが、そこは大人の意地。なんとか、静かに絞り出した言葉を目の前の娘に届ける。
「……ああ。そうだ。今日から俺はレイのお父さんだ」
「そっか……ずっと、いっしょ?」
「そうだな。一緒だ」
「……うん」
そういって、レイは穏やかな顔で眠りにはいる。
俺は、着替えながら寝ているレイを見つめて過ごした。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。ちいさく「よし」と気合を入れると、俺は荷物の中からある魔道具を取り出した。
それは、書いた手紙がすぐに指定された相手に届く、というもの。それに短く自分の意志を書き綴り、そのままその魔道具をしまい込む。
「とりあえずは、これでいいか。また、暇ができたら直接出向けばいいんだからな」
言い聞かせるようにつぶやいて、そっとレイのベッドにはいると、レイはずりずりと俺に近づきぎゅっと腕を掴んで眠り始めた。
そんなレイごと抱きしめて眠る。
妙な事になったなぁ、とひとりにやけながら瞼を下したのだった。