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暗殺者、怖がる

6/25、人称を変更しています。

大筋はかわりありません。よろしくおねがいします。

 俺は町に戻ると適当な店を探す。

 普段は、場末の酒場にでも行けば事足りるのだが、今は麗がいるのだ。すこし綺麗な店を探して飛び込んだ。


「二人だ。大丈夫か?」

「はい、どうぞ。えっと……あそこが空いてるね。あそこにしておくれ」

「わかった。ありがとう」


 中に入ると、そこは普段行くような酒場とは違った光景があった。

 ごろつきや、くすぶっている冒険者のようなものはいない。冒険者でも小ぎれいにしているものも多いし、商人のような者たちも出入りしているようだ。

 ここなら大丈夫かと思い、案内された席に座る。そしてメニューを開くが、そういえば、と頭をかいた。


「麗。きっとお前には読めないんだが……適当に頼んでいいか? 好きなものあるか?」

「……お茶漬け」

「すまんな。それはなさそうだ」


 さすがにお茶漬けはなぁ。

 苦笑いを浮かべながら適当に料理を頼む。

 なにが好きかわからなかったから、できるだけシンプルな肉料理にした。どうせ野菜は嫌いだろうと、あとはスープを頼む。

 ほどなく運ばれてきた料理に、麗が唾を飲むのがわかった。

 腹が減っているのだろう。その素直な態度につい笑みがこぼれてしまう。

 俺はやや芝居がかった様子でテーブルの中央に置いてあるフォークをとり食べ始めた。だが、麗は一向に動こうとしない。なぜだろうとみると、麗はぎゅっと唇をかんで何かに耐えているようだった。


「どうした? 食わないのか?」

「でも……まだおじさん、食べ終わってないから」

「お、おじ――俺の名前はシンだ。おじさんじゃない」


 まだ二十八だぞ、という言葉を俺は必死で飲み込んだ。

 笑顔が引きつらないようにするので必死だ。


「えっと、シンおじさん?」

「おじさんは変わらないのか……っていうかほら、食べ終わったらなくなっちまうぞ? それにせっかくの料理も冷める。食えよ」

「えっと……シンおじさんはぶたない?」


 そこまで聞いて、ようやく麗の事情が呑み込めた。

 

 林の中での異常な両親への恐怖心。

 そして、今の反応と言葉を聞けば簡単に予想はつくのだ。

 虐待。

 その二文字が頭に浮かんだ。

 ああ、だからか。

 俺はそれほど詳しくないが、一般的な八歳に比べて一回り体が小さい気がしていたのだ。

 暴力か、ネグレクトか。

 いずれにせよ、麗にとって今ここは自分の家よりも安らげる場所かもしれない。人を殺しても痛まなかった胸が、今は痛む。


「もちろんだ。麗が食べないと俺も気にして食べれない」

「――っ! わかった!」


 途端に、顔をぱっと明るくさせ一心不乱に肉へとかぶりついた。

 その勢いはすさまじく、今までの飢えが透けて見れるようだった。フォークの握りは拙く、使い慣れていないことが分かった。

 教えてもらえなかったのか。

 見れば見るほど痛ましい。だからこそ、麗が今笑みを浮かべていることがとても重要なことのように思えたのだ。


「うまいか?」

「うん! おいしいよ、シンおじさん!」


 先ほどまでとても静かだった麗が明るい子供らしい声を上げている。

 その声を聴いていると俺もうれしくなってくる。

 こんな表情を見れただけでも、一緒に食事をしたかいがあったというものだ。俺はそんな麗を見ながら静かに肉をかみしめる。

 どこかほっこりとした胸のあたりが暖かくなるのを感じていた。ずっと昔、前の世界で感じていただろう忘れていた気持ちを、思い出したかのように。


 おなか一杯食べた麗は、座りながらうとうとと舟をこぎはじめる。

 疲れていたのだろう。

 前の世界で何をされていたのかはわからない。しかし、普通の精神状態じゃなかったはずだ。とりあえず寝かせてやるかと思い、その店の上にある宿をとることにした。そして、硬くて狭いベッドに麗を寝かせる。


「なんだか妙なことになったなぁ……明日は王都に帰る前にこの子の引き取り手を探すか」


 寝ている麗の横でそうつぶやく。

 つぶやきながら、寂しさを感じていたのも事実だった。


 かつて生きていた世界を知っている存在。

 その存在と触れ合い、温もりを思い出してしまった。だが、それも今日一日限りの儚い夢。それがわかってるからこそ、寂しさを感じていた。


「明日はもう、名前すら覚えていないんだろうな」


 わかっている未来。

 それを否定したいからこそ、目の前の希望にすがるように顔にかかっている麗の髪の毛を手でどかした。

 それに気づかないくらい眠りが深いらしい。無邪気な寝顔を見せていた。

 しばらくそうしていたが、俺も仕事が終わったばかりだ。

 疲れが、眠気を誘いだす。

 

 仕方なく、俺は部屋の反対側に置いてあったベッドに寝転がると、小さく丸まって眠り始めた。

 明日を想像すると、怖くて仕方がなかった。

 孤独を感じるのは、もう終わりにしたかった。


 ◆


 目を覚ますと、まだ日が昇り切っていない。

 やや薄暗い外を見ると、すでに動き出している人達がいる。その中に、昨日、席に案内してくれた女将さんもいたが彼女も昨日のことを覚えていないかと思うと胸が痛んだ。

 

 なぜ俺がこんなにもおびえているのか。それを離すには、異世界であるここに転移させられた時のことを話さなければならない。

 いまいるここ――異世界にいる人々はだれしも神から授けられたギフトを持っている。

 それは俺も例外ではなく、こちらで気づいた時にはギフトを持っていた。


 ――ギフト。

 それは、この世界の人なら必ず持っている神から与えられた祝福のことだ。

 そのギフトによって、人々は不思議な技能や力を得る。俺が暗殺者になったのは、そのギフトを一番活かせる職業だったからだ。

 俺のギフト。それは『流れるもの』という。

 『流れるもの』は、そのギフトを持っている人がまさに川を流れる葉のような存在になる、といったものだった。

 川を流れる葉は、その姿を見ても誰も何も思わない。

 川を流れる葉が近づいてきたとしても、誰も何も思わない。

 川を流れる葉をそれぞれを、一つずつ覚えている人などいない。

 川を流れる葉は、可もなく不可もなく、その場にいても忘れ去られていく。


 つまり、俺は普通に人と話すことはできるが、人に紛れた瞬間に他人からは区別がつかない。あくまで葉っぱのような存在だから、どこにいても認識はされるが危険だとは思われない。たかだか一枚の葉っぱに過ぎないのだから、だれも俺のことを覚えていられない。だからこそ、暗殺者として十年間生きてきた。

 もちろん、個人として認識されないのだから仕事を受けるもの簡単じゃなかった。

 あるギルドで依頼をこなし、自分のことを忘れたとしても依頼を受けられるようにするのは、なかなか大変なことだった。。


 そんなギフトを持っているからこそ、俺は異世界に来てから誰かと一緒に過ごすことなく暮らしていた。

 誰にも認識されず、一人きりで。

 それがどれくらい孤独だったのか。もう忘れてしまった。だが、思い返すと異世界にやってきて心細い状況で、それでも誰にも助けを求められないのだからひどい状況だったのだろう。

 

 その日限りは付き合える。だが、次の日には他人に戻る。

 そんな状況を受け入れながら他人と関わることが、苦痛で仕方なかった。

 一人で生きていく選択をするのに、そう時間はかからなかった。

 だからこそ、昨日の麗との関わりは俺にとってとても特別なものだった。

 人とかかわる喜びを思い出してしまった。だからこそ、それを手放す恐怖に苛まれ、夜はあまり眠れなかったのだ。


 ゆえに、麗は俺のことを覚えていない。

 昨日、あんなに笑ってくれた麗を見てしまったからこそ、また困惑と恐怖に染まる顔を見るのがつらかった。

 だが、朝は来てしまったし、ほどなく麗も起きるだろう。ずっと繰り返し苦しみ乗り越えたことだ。そう自分に言い聞かせながら部屋を出た。



 

 一階に降りて外に出る。

 水桶に組んである水で顔を洗うと、そのまま外を歩いた。

 すぐに部屋に戻り、麗に忘れられているという事実と向き合いたくなかったのだ。だがしばらく歩いていても鬱々とした気持ちが晴れることはない。ようやく、踏ん切りがついた俺は、とぼとぼと宿に帰る。


「おや、早いね。朝飯はまだだから、待っとくれよ」


 途中、通り過ぎた女将さんが話しかけてくる。

 って、ちょっとまて。

 どうして、女将さんは俺に声をかけてきたんだ? その違和感からつい立ち尽くす。


「いま……俺のこと、わかって――」


 ふと浮かんだ考えに、思わず頭を振る。

 そんなこと、あるわけがない。そう言い聞かせながら部屋へと急いだ。

 たまたま宿の近くにいたから客だと思われただけ。決して、自分のことを覚えていたわけではないと。

 期待をすると裏切られたときの傷は深い。

 異世界に転移してきて、嫌というほど思い知った。だから、今日も今まで通りだ。何も変わらない、たった一人だ。


 やや速足で戻ってきたときには、すでに麗は眼を覚ましていた。

 そして、ベッドの端で小さく丸まっていた。

 心細いのだろう。そう思ったが、すぐには近づかない。なぜなら、彼女にとって自分は知らない男なのだから。

 考えてみたらいい。

 知らない場所、しらない男。そんな部屋の中に少女自身は一人きり。恐怖を感じないはずがないのだ。


「っ――」


 そこで、麗をなだめるための言葉を発しようとしたその時、俺は思わず固まった。

 突然立ち上がり、俺に駆け寄ってきたのだから。


「シンおじさん!」


 俺の耳に、聞こえるはずのない単語が聞こえる。

 俺の名前を呼び、昨日のように抱き着いてくる麗。わけのわからない光景が目の前にあった。


「なんで俺の名前を――」

「……こわいの。一人はいや」

「麗、なぜ俺の名前を知っているんだ」


 一人が心細かったのだろう。

 だが、俺は目の前の少女を思いやる余裕なんてない。俺は、覚えているはずのない名前をどうやって知ったのか。それがどうしても知りたかった。


「……昨日、教えてくれたから」


 そういって、俺を見上げてくる麗の瞳に嘘は感じない。

 だが、頭の中で必死に言い聞かせる。

 こんなことは起こらない。

 だって、十年だぞ。十年、だれも俺のことを覚えていられなかった。

 それなのに。

 ただ、かつての世界の住人が倒れていたというだけなのに。

 それだけのことで、十年間起こらなかったことが起こったというのか?

 頭の中は現状を否定する言葉であふれる。それとは裏腹に、俺は涙をこらえることができなかった。


「れ、麗――お前、俺のことを覚えてるのか?」


 その言葉に、麗は無言で俺の体に顔をうずめ――まあ体といっても麗の背は低いからどうしても腰あたりになってしまうが――そして一度だけ頷いた。

 

「う、そだろ。まさか。そんなこと、あり得るはず、ない」

 

 言葉で否定しても、心は感じてしまっている。

 嘘じゃない。

 麗は、俺のことを覚えてくれていた。

 十年間だれもが無理だったことを、麗だけが成し遂げてくれた。

 俺という存在を、日をまたいでも覚えていてくれたこの異世界で唯一の存在。

 

 孤独は終わった。

 そう――、もう一人じゃない。

 明日は大丈夫だなんて確証はない。けど、今日は孤独じゃなかった。

 

 自覚すると、もう涙は止められなかった。

 麗を強く抱きしめ、そして声をあげて泣いた。心細いと震える少女よりも、大の大人が咽び泣いている。その姿に驚いたのか、麗は俺にしがみついていた手をそっと離した。

 きっと、何かやってしまったと思ったのだろう。怯えの混じった視線を向けてくるから、俺は泣きながら首を振る。

 そして、再び麗を抱きしめると、ようやく少女もほっとしたかのように彼に手を回した。


 理由はわからない。

 頭のなかはぐちゃぐちゃだ。

 けれど、異世界に来て、こんな気持ちは初めてだ。今なら、なんでもできそうな気がする。

 ただうれしい。その感情が全身を包んでいた。


 ひとしきり泣いて冷静になると、きょとんとして俺を見上げている麗と目が合った。

 ……恥ずかしい。

 おもわずさっと麗から離れ、いろいろとごまかすために頭をかいた。

 そんな俺をみた麗は、心からの善意なのだろう。俺の心をえぐるような質問を投げかけてくる。


「大丈夫? 悲しいの?」

「大丈夫だ。それより、悪かったな。一人にして」

「うん。でも、帰ってきてくれたから」


 そういってほほ笑んだ麗の可愛さに、再び胸の奥に熱いものを感じていた。

 そして、いつだったか覚えていないくらい久しぶりに、声をあげて笑ったのだった。 

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