暗殺者、執事とメイドと出会う
俺達が宿に戻ると、俺達を訪ねてきた二人の男女がいた。
男は四十代ほどだろうか。少し年上の男は、赤茶色の長い髪を横に流している。黒い正装を着ている姿はまさに執事だ。そのたたずまいは、その若さとは裏腹に経験を積んできただろうことが伝わってくる。
女は俺よりも若いのだろう。二十代前半と思われる女は、まさにメイド服というものを着ていた。白いカチューシャのようなものを頭につけており、スカートは長めだ。黒と白の服装に流れるピンク色の髪の毛はとても印象的だ。こちらに頭を下げている姿は、こちらも素人じゃないと思われた。
「ご主人様。お帰りなさいませ。私はアンドレイ・ターラントと申します。未熟者ですがよろしくお願いいたします」
「ご主人様、私はヤーナです。私を待たせるとはいい度胸です。もう屋敷はとっくに用意ができていますので、さっさとその薄汚い体ごと来やがれ、です」
うん。
なんかおかしいセリフを聞いた気がするのは気のせいだろうか。
俺はもう一度二人をみると、どちらもしっかりと背筋を伸ばして立っていた。
「申し訳ございません。ヤーナはこれでも精一杯頑張っているのです。申し訳ございません」
「何を言っているのですか、アンドレイ。私のこの敬意が伝わらないとでも? そんな低能な頭脳ならばさっさと豚の餌にでもしやがれ。です」
「うん。とりあえず、俺にだけその口調じゃないってだけで救われた気分だわ」
聞く限り、二人が雇われた執事とメイドらしい。
アンドレイは普通の執事と思われるが、ヤーナのこの口の悪さはなんだろう。
まあ、本人なりの敬意だと思えばいいのか? いや、これじゃあレイの教育に悪い。しかし、来てもらってそうそう追い返すのも気が引ける。
「えっと……とりあえず、屋敷の準備ができたって聞こえたんだが」
「ご主人様の耳は飾りのようですね。一度医者に診てもらいやがれ、です」
「うん。少し黙ろうか、君」
思わずイラっとした俺は、ついそっけない態度になってしまう。
ふと下を向けば、レイがどこかおびえた様子で俺を見ていた。
「お父さん……ちょっと、怖いよ?」
「ああ、ごめんな。この二人が俺達の家を守ってくれる執事とメイドだ。ほら、挨拶でもしてごらん」
そっと背中を押すと、二、三歩前に出て恥ずかしそうにぱちぱちと目を瞬きする。
そして、ぽつりと声をこぼした。
「はじめまして、レイでし。よろしくおねがいします!」
うん。
やっぱり、俺の癒しはレイだけだ。
なんで名前を名乗るだけでこんなにも愛らしいのだろう。つい噛んでしまうあたり、天性のものを感じた。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします。お嬢様」
「せいぜい私達に迷惑かけないように頑張りやがれ、です。お嬢様」
いや、迷惑かけて、それを処理するのがお前の仕事では?
首をかしげながら釈然としない想いを抱いて俺は屋敷へ促す二人についていった。
そして、なぜ仕草や動きは完璧メイドのようなのに、言葉遣いが悪いのかと、ため息をつくしかなかった。
屋敷につくと、そこは以前見たものとは違った。文字通り見違えた。
外観からして素晴らしい。
今までは、勝手気ままに生えていた雑草や蔓が屋敷中にはびこっていたのに、今では美しく植木がカットされている。無駄にクマみたいな植木もあるけど、どんだけだ。
中に入ると、そこは貴族が住んでいてもおかしくないくらい綺麗だった。
もちろん、経年劣化は感じさせる。しかし、しっかりと整えられている内装は、リフォームでもした後のようだ。その出来栄えに思わず俺は声を漏らした。
「すげぇな。あれが、こんなに綺麗になるなんて……」
「お父さん……とっても綺麗だね! すごいね!」
「そういっていただき、こちらもうれしく思いますよ」
「この程度もできないと思っていたご主人様の思考が残念でなりません、です」
ほほ笑むアンドレイとヤーナ。
とりあえず、ヤーナは少し黙っていいと思う。と、二人の仕事ぶりをみた俺は、少し疑問に思った。
「そういえば、ヤーナはわかるとして、どうしてアンドレイは仕事を探していたんだ? アンドレイくらい優秀な執事なら、どこかにつとめたら手放すなんて選択、とられないと思うんだが」
俺の問いに、二人は表情を変えずに答えた。
「実は私とヤーナは、同じ屋敷に努めていたことがありました。位階の高さから重宝されることも多かったのですが、性格に問題あり、とされてしまったのです。お恥ずかしい話ですが、隠し立てするのも誠意がないと思いまして」
「ふぅん。ヤーナはわかるとして、アンドレイにそんなところがあるのか?」
「はい。私は少々、ほかの人からは理解されない趣味があるのです。もちろん、この屋敷の中ではやるつもりはありませんが、一度その趣味をしているところをみると、どうしても気味悪がられてしまって」
趣味、か。
雇うのをやめたくなるくらいの趣味って想像もつかないけど、まあ、それもしょうがないんじゃないだろうか。趣味なんて、人ぞれぞれだしな。
「まあ、それくらいなら俺は気にしないけどな。とにかく、レイと屋敷を守ってくれればそれでいい。できるか?」
「はい、精いっぱい頑張ります」
「自分で自分の娘を守れないようなご主人様程度じゃ、当然、私たちが必要になってきやがるのです」
「まあ、だんだん前の雇い主の気持ちがわかってきたかもしれない。すでに。たった一日で」
「ご主人様にしては、気づくのが早いかと。明日はきっとこの世界は滅びやがるのです」
ぶれないヤーナにため息をつきながら、俺は屋敷の中を見回した。
俺が彼らを雇ってたった一日でここまでにしてくれるのだ。
強さも実務能力も申し分ない。
性格には問題があるが、とりあえず、俺も仕事が始められそうだ。
お金の不安はないが、父親として仕事をしないのも問題だろう。そう思って、俺はしっかりと仕事をやろうと考えていたのだ。
「それじゃあ、レイ。これで、お父さんが仕事にいってても留守番していられるな」
「え――」
そう告げた瞬間に、レイはこの世の終わり、と思うほどに目を見開き血の気が引いていく。
「え……」
「お父さん、いっちゃうの?」
可愛い娘に、涙目でシャツの裾をぴっぱられたら、抗える父親なんているのだろうか。いや、いない。
俺は、思わずレイを抱きしめて叫んでいた。
「行かない! お父さんはレイの傍にいるよ!」
つい勢いで行ってしまった言葉だが、後悔はない。
まだ貯金はあるのだ。
なら、まだレイに無理をさせなくてもいいかもしれないと判断したのはきっと間違いじゃないだろう。
甘やかせられるだって今のうちだ。
俺は、そう結論付けた。
「とんだ腐れ親馬鹿、です」
ぽつりとつぶやいたヤーナの言葉など、俺の耳には全く入ってこなかった。




