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暗殺者、買い物をする

「レイは好きな食べ物とかあるのか?」

「えっとね……あんまりわかんない」


 レイの手を引きながら話しかけると、彼女は俯きながら答えた。

 

「そうか。なら、いろんなものを買ってくか! いろいろ食べて、好きなものを見つけよう。あ、でも食べ物ばっかじゃ困っちまうな。服とか日用品も買わないとな」

「お洋服も、あるよ? そんなにいっぱい買ったら怒られちゃう」

「何言ってんだ。お父さんがいいって言ってるんだ。誰も文句は言わせないさ」

「……お父さん」


 ややぎこちなく苦笑いを浮かべるレイ。

 どんな気持ちなんだろうな。

 いきなり、わけのわからない世界にやってきて、わけのわからないおっさんが父親だとか言っているのだ。

 そう思うと、複雑な想いになるが、俺が暗くなっているわけにはいかない。レイを守るのは、俺しかいないのだから。

 色々折り合いをつけるには時間がかかるだろう。俺は、その整理がつくのを焦らず待っていればいい。

 時間がたち、今が楽しければ傷は癒えるんじゃないか。そんなことを考えていた。 


「私は肉が好きだがな。あっちにおすすめの肉屋があるんだが」

「あ、レイ。この店で石鹸とか櫛とか細かいもんを買っていこう。ほら、レイの髪の毛は長いだろ? こういう櫛で大丈夫か?」

「んっと、大丈夫。レイ自分で髪結べるよ! いっつもやってたから」

「そうか偉いな、レイは。あ、でもあっちにあるようなゴムはないんじゃないかな。いいのがあればいいんだが」

「そういった雑貨をたくさん扱っている店もあっちにある。私はよくそっちに行くんだが」

「お父さんは、何か買わないの?」

「俺か? 俺は、大体そろってるからな。それに、男だし、そんなに服とかこだわってるわけじゃないから」

「そう? レイ、お父さんの黒い服、かっこいいと思うよ?」

「そうか!? レイにそういわれると照れるな」

「武器屋や防具屋も大通りのほうがいいものがあるんだ。聞いてるか? こんな小道に入っても店なんて――」

「うるさい! 少しは黙ってろ! しかも、なんで俺達についてくるんだ! 誰にも咎められないんじゃなかったのか!?」


 そう。

 実はあの後、俺達が歩いている後ろからリブがついてきていたのだ。

 リブが話しかけるたびに、それを避けるがごとく曲がり角を曲がるが、その度についてくる。そうしていると、いつのまにか袋小路に入り込んでしまった。

 リブからの指摘はもっともなのだが、俺からするとリブが邪魔するからだ。

 ふざけるんじゃない。


「今更お前を連れて行こうとは思っていない。もしかしたら、私の早合点だったみたいだしな……見る限り、仲が良さそうだから悪さもしていないんだろう。それに、お前の腕前があれば悪事に手を染めなくともお金を稼ぐことには困らなそうだ」

「なんだ、その変わり身の早さは」

「いや、よく考えてみれば隊長は『面白い男に会ってな。妙な男が小さな少女を連れていて――』としか聞いていなかったのを思い出してな。もしかしたら少女に悪さを、と思ったら騎士団の詰め所を飛び出していたのだ」

「瞬間湯沸かし器だな」


 急に態度を改めたのか、最初話しかけてきたような剣幕はない。これが普段の様子なのだろう。だが、ここまで来た敬意を聞いて、俺はあきれ返るしかできなかった。


「なら帰ればいいだろう?」

「いや、私は心配でね」

「心配?」

「ああ。この王都は人口が多いからかやはり犯罪も多くてな。幼い者たちが巻き込まれることも少なくない。どうせなら、家に帰るまででも見届けようと思ったのだ」

「殊勝なことだな」


 わからなくもない言葉に頷きかけたが、それでも全部を受け入れる気持ちにはならない。

 せっかくの親子水入らずの時間なのだ。まあ、血はつながっていないが。


「まあ、それはいいんだが、邪魔しないでくれるか? 親子水入らずなんだがな」

「いいじゃないか。私もただ見ているだけじゃ退屈だしな。レイちゃん、かな? 私も一緒に買い物したいんだがいいかい?」


 レイは俺の後ろでリブを様子をうかがっている。まあ、箱入りにするつもりはないから、人とのかかわりは大切かもしれない。

 俺はそう思って、レイに声をかけた。


「リブはレイに何かするような奴じゃない。騎士っていうのは警察みたいなもんだ。偉くて強い。もし、レイになにかしてきたらお父さんが退治してやるさ」


 その言葉にいろいろと思うところがあったのだろう。レイは、そっと俺の前に出てぺこりと礼をした。


「うん。レイ、お姉ちゃん嫌いじゃないよ? お父さんともう喧嘩しない?」

「ああ。レイちゃんとお父さんが仲いいのがわかったからね。もう喧嘩しないよ」

「じゃあ、一緒に行く?」

「ああ。ありがとう」


 そういうと、リブは自然にレイと手をつないで歩き出した。

 その姿を後ろから見ていたが、ふつふつと湧き出る感情が俺の心を満たしていく。


 いや、レイは俺の娘だぞ?

 なんで俺がぼっちでレイとリブが楽しそうなんだ!


「おい、リブ。俺と決闘しておいて馴れ馴れしすぎるんじゃないか? レイと手をつなぐのは俺の役目だ」

「何を言っているんだ。もう、私とレイちゃんは友達だからな。手をつなぐのは当たり前のことだ。こんなかわいい子を独り占めしようだなんて、そんなこと許されるはずがないだろう」

「ちょ、おい、まて!」


 前を歩く二人に追いつき、あいているほうの手を握った。

 そして反対側にいるリブをにらみつける。


「誘拐犯はお前だろうが! 人の可愛い娘をたぶらかして何を考えているんだ!」

「無礼だな。私は、騎士団に所属している。そんなことを考えるはずがあるまい」

「なら手を離せ。これから俺とレイは買い物に行くんだ」

「だからおすすめの店があるっていっただろう? レイちゃん。可愛い雑貨が売ってるんだ。一緒に行こう」

「勝手に誘うな!」


 俺とリブが言いあってると、間にいたレイが大声で笑いだした。

 こんなにも笑うことなんてなかったからびっくりだ。

 

「ど、どうした!? 何がそんなに面白いんだ?」

「ううん! なんか、楽しかったの! 手つないで、なんか楽しかったの!」


 そういいながら笑い続けるレイを見て、つい毒気が抜かれてしまう。それはリブも同じだったようだ。互いに目配せをして息を吐いた。

 その後、俺達は、三人でのんびりと歩いて買い物をした。

 その間、麗はずっと笑顔だった。

 俺は、この笑顔さえあれば、この先どんなことがあっても大丈夫なんだろうな、とそんなことを思っていた。

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