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『盲目の恋』

作者: 諏訪 和行

 少年は幼い頃に、原因不明の病気によって失明した。

 闇に閉ざされた世界での生活にも、もう慣れた。

 一時は、恐怖と不安から気が狂いそうになったり、絶望のあまり自ら命を絶とうかと考えた事だってある。

 だけれども、今や高校生となった少年は、ようやく己の運命を受け入れて生きて行く事に、前向きな気持ちになり始めていた。

 少年がそんなふうに思えるようになったのには、大きな理由がある。

 いま少年は、恋をしていた。


 ずっと通っていた盲学校の高等部に進んだ少年に、ある日ふいに話しかけてきた少女がいた。

 少女は、高等部からこの学校に編入してきたので、友達になって欲しいと少年に言った。

 透き通るような優しい少女の声が、少年の耳をくすぐった。

 時折、微かに少年の頬に触れる少女の髪から、甘いシャンプーの香りがした。

 少女から発せられる声と匂いから、少年の中に、髪の長い美しい少女のイメージがむくむくと立ち上がってきた。

 少年に少女の姿は見えていないが、間違いなく一目惚れだった。

 その日から、少女は毎日少年に話しかけて来るようになった。

 二人が話す内容はいつも他愛のない事ばかりだったが、少年はその時間が楽しくて仕方なかった。

 少女の吐息を肌に感じる度、少年は自分の顔が熱くなるのを感じた。きっと赤面してるのだろうと思うが、お互い見えない同士なのだから、それを悟られる心配もない。

 今まで味わった事のない至福の日々が続いた。

 だが、少女への想いが募れば募るほど、少年には気掛かりな事が出来ていった。

 当然の事だが、少年は日毎に、少女の身体に触れたいという気持ちが強くなっていく。

 目の見えない人間は、音や匂いだけでなく、何かを触る事によって色々な情報を得ている。だから触れたいと思う。

 特にその対象が人間で、しかも興味や好意を持っている相手ならば、まずその人の顔を触りたいと思う。

 そうすることで、相手の顔のイメージがより具体的なものになるからだ。

 少年は今までに何度か、少女に顔を触らせて欲しいと、お願いしようと思いながら言えずにいた。

 目の見えない者同士が顔を触り合う事は、見える人達が言葉で会話を交わすのと同じくらい自然な事なのだが、うぶな少年は、もし少女がそれをいやらしい意味に捉えてしまったら、それによって今の関係が壊れてしまったら、それが怖かった。

 それに今まで一度も、少女が少年に触れてきた事もなかった。

 そういうのに抵抗を感じるタイプなのかも知れないと思うと、やはり自分からは言い出せない。それがより少年の欲求を強めていく。

 ただただ楽しいだけだったはずの少女との時間が、とても狂おしいものへと変質していった。

 それと同時に、少年にはもうひとつ気掛かりな事があった。

 最近、何だか体調があまり良くない。

 ずっと微熱が続いてるような倦怠感が、常に身体にまとわりついているし、度々、目眩や頭痛、吐き気などにも襲われる。

 一度病院で診てもらおうかとも思うのだが、少年は病院へ行く事よりも、少女に会える学校に行く事を優先し続けた

 きっとこれが、噂に聞く「恋わずらい」という奴なんだろう。そう少年は思った。

 いよいよこれ以上ないまでに高まった少女への想いを、少年はもう抑えつける事が困難になっていた。

 毎日、熱に浮かされてうわ言を呟いている自分に気付いた時、少年はついに心を決めた。

(告白しよう・・・)

 そうすれば、今のこの苦しみからきっと解放されるに違いない。

 もし少女に断られたら・・・。そんな事を考える余裕すら、今の少年にはなかった。


 思い詰めた表情で登校した少年は、すぐに少女を探し求めて校内をさ迷った。

 こんな時に限ってなかなか見つけられない。

(一体どこにいるんだ?まさか今日は登校してないのか・・・?)

 焦る少年の耳元で、不意に誰かが囁いた。

「どうしたの?」

 少女の声だった。

 まったく気配を感じさせず突如現れた少女に、少年は驚きと安堵から混乱してしまい、いきなり告白を始めようとした。

「じ、実は、君にどうしても言いたい事があるんだ」

 少年の想いを知ってか知らずか、少女は無慈悲にその言葉を遮った。

「ごめんなさい。その前に私もあなたに告白したい事があるの」

 少女の意外な言葉に、少年は出鼻を挫かれてしまった。

「これから、あなたにとって残酷な話をしなきゃいけないの。その時が来てしまったから」

 少女が何を言おうとしてるのか理解できず、少年は益々混乱した。

「あなたは今、末期のガンに犯されていて、もうすぐ死ぬのよ」

(はぁっ?)

 あまりにも突飛な事を言い出した少女に、言葉を失った少年だったが、それには構わず少女は続けた。

「あなたの身体の具合がすごく悪いのは、もう死にかけてるからなの」

「な、何で君にそんな事がわかるんだ‼」

 思わず少年は、語気を荒げて問い返した。

「私はあなたの事を全部知ってるの。ずっと見てたから。そう、あなたが産まれた時からずっと・・・」

「君が、何を言ってるのか、僕には、全然わからない。君はいったい・・・」

 少女の言葉の意味は何一つ理解出来なかったが、底知れぬ絶望感のようなものが少年を包み込んだ。

 そして少女は、最後の告白をした。

「告白するね。私、死神なの」

 こうして、少年の初恋は幕を閉じた。


 数日後、少年は少女の予言通り息を引き取った。

 しかし今、彼の隣には少女がいた。

「ずっとあなたが好きだった。やっと一緒になれたね」

 少女は愛おし気に彼の顔を見つめ、そっと寄り添った。

 少女の目的は、少年の魂を冥府へ導く事ではなかった。

 自分と同じ死神として、行動を共にしてくれるパートナーを探していたのだ。

 全てを理解し死神となった彼は、結果的に自分が望んでいた通りの結末になった事に満足していた。

 死神として生きて行くのも悪くない。何よりも最愛の伴侶を得た事が心強かった。

 二人の死神にとっての初仕事は、既に決まっていた。

 いま死にかけている赤ん坊を物色する事だ。

「さあ、行こうか」

 二人は大鎌を振り上げて飛び立った。


読んで下さった方、いつもありがとうございます。

恋愛なんて面倒臭いだけだと思っていた自分ですが、この歳になって、死ぬ前にせめてもう一花咲かせてみたい、あの頃のトキメキをまた味わってみたい。

などと思うようになったのは何故だろう?

頭がオカシクなったのか、それともお迎えが近くなったせいなのか?

ああッ!・・・あなたはまさか、死神?

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[良い点] うまくハッピーエンドに持って行っている オチが大きい 展開が綺麗 [気になる点] 主人公が盲目である必要性が感じられなかった 後半が駆け足気味に感じられた [一言] 読ませていただきました…
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