内閣府総務弐課退魔係
なろうにて退魔物を書かれている作者様全てに土下座衛門です。
ギャグと思いねえ!
昼間だというのに日も差し込まない鬱蒼とした森の中、白い半袖のTシャツにジーンズという、ふた昔前の刑事ドラマだったら間違いなくジーパンと言われているであろう若い男が駆けている。地面から飛び出る木の根を器用に避け、時折大木の幹を蹴り進行方向を急激に変える。
その青年は比較的整った顔を歪め、息を荒げ「くっそ邪魔だ」と叫んだ。
『直道、急ぐんです!』
直道と呼ばれたその青年の肩には、ふっさふさの黄色いしっぽを派手に揺らした小さなキツネが振り落とされまいとへばり付いていた。
「うるせーニラ! 急いでるだろ!」
『ニラではないと何万回言ったらわかるのですか! 韮崎です! に・ら・さ・き!』
「似たようなもんだろ?」
『レバーと炒められてしまうような軟弱なものと一緒にしないでくださいと何万回言ったら!』
直道と韮崎と自称するキツネは走りながら言い争っている。言い合いしながらも当たりそうな枝は避け、転がる大きな岩を飛びこえ、ひたすら薄暗い森の中を疾走していた。
『周囲の霊障レベルⅢ! 妖怪化まで待ったなしです!』
「凛姉は!」
『バカ猫と現地で対応中です!』
「ちっ! なんでこんなに後手なんだよ」
『どこかの誰かさんが盛大に寝坊したらからですよ……』
「っせえな!」
韮崎はその尖った口でため息をついた。
霊障とは、この世のものでない何かが現世に影響を及ぼすことをさす。軽いものではラップ音などが該当する。鎌鼬現象も霊障だ。
レベルとはその段階であり、レベルが上がると悪霊や妖怪、怪奇現象へと悪化するのだ。
霊障レベルⅢとは妖怪に悪化する一歩手前だった。
「凛姉じゃ霊障レベルⅢ相手に足止めが精一杯だな。ニラ、憑りつけ!」
『ニラじゃなくて韮崎です!』
文句を申し述べるふさふさの尻尾を立てた韮崎を背負った直道が叫ぶ。
【神威如嶽 神恩如海】
韮崎に体が眩く光り、直道の体を取り込んでいく。そしてきらめく光が消え去った後には、腰からふさふさの黄色のしっぽを生やし黒い髪の隙間から尖った黄色い耳を飛び出させた直道の姿があった。
直道の体に力が溢れ心拍数が劇的に上がって行く。体の底から湧き上がってくる力に直道はニッと口に弧を描き、拳を握りしめた。
「っしゃぁ!」
直道が右足に力を入れ踏ん張ると、その体はあり得ない速度で森の中を縫う様に走り始めた。
『憑りつく』とは、直道の相棒である狐憑の韮崎と融合する事をさし、その発動には【神威如嶽 神恩如海】という祝詞が必要なのである。
『憑りつく』ことにより直道は常人では得られない程の筋力を自らのものとすることができる退魔師なのだ。
退魔師といっても色々だ。巫女であったり神職であったり、はたまた密教の僧侶であったり。直道はサラリーマンだ。
いや、語弊がある。
直道は国家公務員だ。
国家公務員といっても所属は様々で、直道は内閣府の総務弐課所属の表向き雑用兼アシスタントで、その実退魔師だ。実は退魔師を内包する組織は他の省庁にもある。宮内庁、防衛省が有名だが内閣府にもひっそりと存在するのだ。
『現地まで一分きりました』
直道の頭の中に韮崎の声がダイレクトに響く。憑りついている故の会話方法だ。
「おっけぇ!」
直道は流れゆく木々の速度の中ジーンズの後ろのポケットから手帳を取り出した。古ぼけた茶色の手帳で表紙には達筆な文字で「武器庫」と書かれていた。
ペラペラと手帳を開く手はある所で止まる。
「出てこい【ビッグママ】!」
直道の叫びに呼応する様に茶色い古びた手帳が鼓動する。そして一瞬光ると、その手帳の上空に厳つい重機関砲が浮いていた。
M2機関砲だ。
自衛隊では「12.7mm重機関銃M2」と呼称される「ブローニングM2重機関銃」。
通称【ビッグママ】。
一九三三年に正式化された古い機関砲であるが信頼性、完成度、その破壊力で未だに生産を続けられているベストセラー機関砲だ。
全長約一七〇〇ミリ。重さ四十kg。弾を込めればそれ以上になる、宙に浮く【ビッグママ】を、直道は右手を伸ばし掴むと右脇に抱えた。一帯百十発のベルト式の銃弾が鈴なりに連なっているそれを、直道は軽々と抱え、速度を落とすことなく走り続ける。
「見えてきたぜ! 凛姉に連絡! 巻き添え食うなよ!」
『バカ祇園! そろそろ到着します。トリガーハッピーが暴走中! あとよろしく!』
にやけた直道の視界には、某タイヤメーカーのマスコットに似た白いマシュマロを積み上げたような巨大な人型の何かが、その後ろに立つ白い猫の耳を頭から生やし白く細長いシッポをたなびかせ、タイトスカートをはいた紺色のスーツ姿の妙齢の女性の手から伸びた白い糸によって、捕縛されているのが見えた。
その糸から逃げたいのかビバン●ムのようなソレは大きく腕を振り、暴れている。
「遅いッ!」
凛姉と呼ばれた、スーツでは隠しきれない豊かなバストを誇る女性は、ハイヒールを履いているにも関わらず陽炎の様に残像を残し消えた。
「ターゲットロックオン。シグナルオールグリーン、イェァ!」
巻き添えの心配がなくなった直道は高揚しきった顔で【ビッグママ】の銃身を左手で掴む。【ビッグママ】の後部にあるトリガーに右手をあてた。
空間がぼやけ、スーツ姿の凛がそのダイナマイトな胸と腰まである黒い髪を揺らし、直道の後ろに現れる。その瞬間、【ビッグママ】が火を噴いた。
灼熱の薬莢を周囲にばら撒きつつ、【ビッグママ】がら放たれたNATO弾はビ●ンダムのようなものを削っていく。
『特製祝福弾は一発千円ですよ! 無駄玉は給料から引きますからね!』
韮崎の声が頭に響くが直道は「うるせー!」と一顧だにしない。
【ビッグママ】の弾は対霊障用に祝詞で祝福されている特殊弾だ。この世のものでない霊障には通常の兵器は効果を発揮しない。だから【ビッグママ】でもダメージを与える事ができるのだ。
「こーなっちゃうと何言っても無駄ね」
『直道坊ちゃんは、ダメねー』
直道から少し離れた場所に避難した凛はデキル女風に腰に手を当てため息をつく。凛の頭の上の白い猫の耳と腰の尻尾は元気なく垂れ下がっていた。
その直道はというと、ビバ●ダムのようなマシュマロの人型を【ビッグママ】で粉々にし右の拳を天に突き上げ、「いよっしゃー!」と勝利の雄たけびを上げているところだった。
東京霞が関にある、とあるビルの地下にある内閣府総務二課の部屋では。
『これです、この黄金の油揚げ。やはり宮内庁御用達の正直屋の油揚げはそこらで売っている油揚げとは一味どころか三味は違う!』
何故か敷いてある畳の上に置かれたちゃぶ台の前で、黒地に銀の細いストライプ模様の三つ揃えのスーツを着た金髪の男性が、漆器の皿に乗せられた一枚に油揚げに歓喜していた。
この男性こそ直道の相方の韮崎だ。狐の耳も尻尾もなく、どこからどう見ても外国人にしか見えなくとも。
『ふふ、週に一度の御馳走です』
右手にナイフ、左手にフォークを持ち、キチンと正座をした韮崎は、黄金の油揚げに切り込みを入れた。
『あぁ…………我慢してあのバカの相方をしている苦労が報われる美味しさ……』
油揚げを一口食べるごとにウットリと恍惚の笑みを浮かべる韮崎の横では、普通の事務デスクに付いている直道と凛がいた。
「で、凛姉。今回の霊障の原因は?」
ミルクたっぷりのコーヒーをすする直道が訪ねると、ブラックコーヒーを嗜む凛が「不明」とだけ答える。そのむっちりとした太ももに真っ白い猫を乗せながら。
「不明ってなんだよ」
机に置かれたお菓子入れから煎餅を手にした直道がぼやく。
「不明は不明よ。分らないモノは分らない」
白い猫をビッグな胸に押し付けるように抱っこし、ミニのタイトスカートから艶めかしく覗く足を組み替えた凛が愛想なく答えた。
『凛、これって絶壁なあたしに対する嫌味?』
凛の胸元から声が聞こえたが凛の表情は一ミリたりとも動かない。
「まぁ、祇園ちゃんは貧乳だからな。ある界隈の住人には大人気だぞ?」
『そんな奴らは燃えちゃえばいいんさ』
白い猫の祇園が毛を逆立てた。ある界隈の住人にはいい印象が無いらしい。
「ま、拗らせてダイダラボッチにならなかったんだから良しとしようぜ。山なんか削られちゃったら国土地理院の同期が泣く」
直道はばきっと煎餅をかじった。ゴマの煎餅らしくゴマの香りが漂う。
「ダイダラボッチになっちゃってたらあたし達じゃなくて宮内庁か防衛省に話が行くでしょ。あたし達はあくまで霊障の段階まで。それ以上には手が出ないわ」
凛が手に取った煎餅をパキンと割り、半分を祇園の口に持って行く。ぼろぼろと煎餅のかすをこぼしながら祇園は齧っていた。
「俺達ひっそり退魔師だし」
「それくらいがちょうどいいわ。それに、あの姿は人には見られたくはないしね」
「ホントだよ」
「ふぅ」
直道と凛は深いため息をついたのだった。
あの姿とは、頭に耳、腰にしっぽが付いたキュートな姿だ。人が見ればコスプレかいかがわしい風俗の中の人と思われるだけだろう。可哀想な人と思われてしまうかもしれない。だから二人はひっそり退魔師で満足しているのだ。
だが彼らは知らない。偶然、過去に憑りついている際中の二人が映った映像がネットに流れ、熱狂的信者が存在することを。
そして今ではファンクラブすらも存在しており、実は他の退魔師がファンであることも、二人は知らない。
ニラ憑き直道イメージ