ペンデュラム
とある小高い丘の上に、大きな時計塔が有りました。毎日毎日、振り子を振って時を刻み続けておりました。
この時計は「世界時計」と呼ばれ、この時計が止まるとこの世界の時が止まると言われていました。
毎月一回、「時守」と呼ばれる係の人間が麓から来てこの時計のネジを巻き、止まらない様にしていました。
「ねぇ、テオ」
「何だい、マーレ」
一人の少年と一人の少女が時計塔の真下に来ています。
少年はネジを回すための鍵を持っています。少女がそれを指差して言いました。
「わたしも回してみたい」
「君が?」
「うん」
目を丸くしたテオに、マーレは頷きました。
「これ、結構重たいよ?回すのも力が要るし…」
「何よ、テオは回せるじゃない」
「いや、僕はほら、男だし。ていうか、僕が回せる様になったのもつい最近だし」
「もう一年も前じゃない。同い年なんだから、私だって回せるわよ」
テオがネジを回せる様になったのは十歳を過ぎた頃でした。
一年経ち、確かにあの頃より少しは大きくなったので、マーレにも回せるかも知れません。
マーレに押し切られたテオは、しぶしぶ鍵を渡しました。
「僕の役目なのに…」
「良いじゃん、一回ぐらい」
ぶつくさ呟くテオをしり目に、マーレは見よう見まねで、彼がいつもやっている様に、穴に鍵を差しネジを回し始めました。
テオの家は時守です。先祖代々、この仕事をしてきました。お父さんも、お祖父さんも、そのまたお祖父さんも…。だから、今度はテオの番なのです。
一年前まで、テオは自分一人では回せませんでした。まだ小さくて力が弱かったのです。
それまではお父さんの仕事でした。
その間は、お母さんやお祖父さんたちと一緒に畑の手伝いをしていました。
一年前、漸く一人で鍵を回せる様になったのです。
喜ぶテオに、お父さんは言いました。「これから忙しい時はテオに頼むか」と。
テオはこの仕事に誇りを持っています。
これが出来る様になったら一人前だと、お祖父さんも言っていたのです。
とうとうその時が来たのです。その日は嬉しくてあまり寝られませんでした。
ネジを回すマーレを見て、テオは溜息を吐きました。
ネジが重くて中々回りません。
そもそも今の自分でもかなり疲れる仕事なのです。
巻き終わる頃にはヘトヘトになって、少し休憩するほどです。
自分より華奢なマーレなんか、もっと疲れるに決まってる。テオはそう思いました。
「あーん、手が痛いよぉ」
「そら、言わんこっちゃない」
案の定、ネジを二回転した所で、マーレが音を上げました。
「うーん、こんなに固いの」
「そうだよ、今の僕だって結構疲れるんだから」
もう少し大人になったらお父さんみたいに回せるかも知れない。テオはそう言いながらネジを回し始めました。
ネジを回すにはコツが要るのです。全身を使って踏ん張りながら回すのです。腕の力だけでは回りません。
お父さんぐらいになると、腕の力だけで回せるそうですが、少なくともテオの力ではまだ無理です。
だから全身に気合を入れて回すのです。作業が終わったらもうヘトヘトです。
テオはふんっと気合を入れてネジを回しました。ギリギリと音を立てながら、ネジが回っていきます。
テオの額に汗が流れています。でもまだまだ回さなければなりません。ちゃんと手応えを感じるまで回すのです。
マーレが傍で見守ります。テオは時間を忘れて作業に没頭しました。
どれくらいの時間が経ったでしょうか。
鍵がガチン!と音を立てて止まりました。
「ふう、終わった」
「大変なんだね」
「まぁ、でも仕事だからね」
テオはもうヘトヘトで床に座り込みましたが、とても満足した顔をしています。
ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン…
頭上から鐘の音が鳴り響いて来ました。
聞き終わった二人は鍵を抱えて時計塔を離れ、麓まで降りて行きました。
ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン…
世界時計は、今日も時を刻み続けます――。