今日の番人。
幼い頃、僕は変な事を考える子だった。
水はどうして上から下に流れるんだろう。
何故重力は存在するのだろう。
死んだら何があるのだろう。
お医者さんの所に連れて行かれた事もある。
兎に角理由を求める、そんな子だったらしい。
だからその日も考えていた。
その日のテーマは「どうして太陽は燃え続けるのか」だった。
ずっと考えてた。考えは、そもそもどうして生物を生かす必要がある?生物はどうしてもっと強くなるように進化しないの?など、どんどん移り変わっていく。
この時間が僕は好きだった。大好きだった。
まるで時間が圧縮されたような、僕のために縮むような感覚。
それが好きで好きで堪らなかった。
そして、その時はやってきた。
起きる。目を擦る。いつの間にか寝てたみたいだ。
学校へ行かなきゃ。そう思って立ち上がる。
…身体がぐらぐらする。立つのが辛い。
お腹が空いた。朝ご飯はなんだろう。
リビングに行って、テレビをつける。
初めて異変に気付いた。
日付は昨日のままだった。時間はちゃんと進んでいたのに。
怖くなってお母さんに聞いてみる。
今日は何日だったっけ?
…昨日の日付を答えるだなんて、そんなまさか。
皆変に思ってる様子は無かった。
世界から一人、取り残された気分だった。
考えてみる。定義を付けてみる。
まず“これ”がなんなのか。
パラレルワールド、と言う言葉を聞いた事がある。でもそれは同じ時系列じゃないと移動出来ないのでは?
一応、そう言う世界に来た、と言うのも可能性に入れておいた。
じゃあ、やはりタイムスリップだろうか?しかしそれならば「もう一人の僕」が居る筈だった。数十年前ならともかく、ここは昨日だ。
もしかしたら、皆が間違えてるだけかも?…世界中が同時に間違えるなんて、それはなんと言う奇跡だろうか。
存在理由どころか、コレがなんなのかも分からない。
なんだかとても怖くなった。説明できない現象は無い、そう思ってた。
僕の影が「僕も参ったよ」って言った気がした。
一日を二回繰り返した、って話をどこかで聞いた事がある。
なんでだろう。どうして繰り返すんだろう。
影は話す。「じゃあ、君は死を定義付けられる?」って。
僕は答える。「怖くてできっこない。」って。
答えは出てた。定義とか難しい事を考えず、そのまま一日を過ごそうと思う。
いつの間にか寝てたみたいだ。
朝起き、すぐさまテレビを付ける。
日付は変わっていない。
またいつの間にか寝てた。
テレビを付ける。やっぱり変わらない。
いつの間にか寝てる。
変わっていなかった。そこでようやくはっきりする事。
夜の間に何か起こってる筈なんだ、きっと。
でも、やっぱりいつの間にか寝てる。説明出来ないような、時間が飛んだ感覚。
家族が居る、友達も居る、好きな子も居る。
なのになんでかな、凄く寂しいんだ。自分だけ取り残された気分なんだ。
何度も試したよ、包丁で傷を付けたり、思いっきり喧嘩してみたり。
でも次の日には元通りなんだ。
いや、そこは次の日じゃない。今日だ。
昨日も今日で明日も今日。先生の「明日また会いましょう。」って言葉も、「今日また会いましょう。」って意味になった。
知らぬままなんども繰り返す世界に嫌気がさした僕は、兎に角やれることをしようと思った。
沢山話して、沢山考えた。
元の世界。いや、明日へ行く方法も考えてみる。
夜さえ来れば。夜さえ来れば。
だから頑張ってみる。夜まで起きてみる。何度もそれを繰り返した。
明けない夜は無い。以前そんな言葉を聞いた事がある。
だからって落ちない日が無いのは理不尽じゃないか。
明日へ行く方法、そんなのいくつか考えてた。要は寝なければ良い、誰かに起こしてもらえれば。
でも説明の仕様が無い。やはり気付けば朝になる。
だからいっそ諦めた。諦めて今日を繰り返す事にした。
不老不死と一緒だった。学校では天才と呼ばれるようになった。
答えの分かるテストで失敗する人間などそうそう居ない。
ずれてるんだ。今日の君は明日に行くだろう。でも僕は今日に留まるんだ。
昨日の君が今日に来ても。
やっぱり明日に行ってしまう。
ようやく分かった、ここの定義。
僕だけが進めなくなってる世界、それがここ。
進む方法も無ければ帰る方法も無い。
だからいっそ諦めた。
僕は今日の番人だ。