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Last Days  作者: おもち
13/17

12 再会 ―サティスファクション―

 シンイチローと分かれた後、ヴィレブロルトはバーに向かった。

 ノイネ ヴェルト基地内は久しぶりだったが、内装は特に変わりない。激しい戦闘であちこちに瓦礫の山が築かれ、火の手が上がっていたが、記憶に従って歩けば迷うことはなかった。

 ソーマを撃ち殺しながらヴィレブロルトは進み、廊下の先に懐かしいバーを見つけた。壁は半壊し、ほとんど瓦礫に埋もれかかっていたが、よく通ったバーだ。見落とすことはなかった。

 バーの中に入る。酷い有様だった。並べられたガラス瓶やグラスはほとんど割れてしまっていて、壁は穴だらけだ。電灯はほぼ割られ、薄暗い。一本の蛍光灯が小刻みに点滅を繰り返し、視界がチカチカする。顔が映るほど綺麗だった細長いテーブルは見る影もなく破壊しつくされ、テーブルとしての体裁を保っているのはほんの一部だ。

 血の匂いが立ち込めていた。足元には瓦礫と倒れた椅子の上に幾つもの死体が無造作に転がり、小さな山を築いていた。

 そんな崩れかけのバーの一番奥の席に、ローレンツは腰掛けていた。ローレンツの目の前のテーブルはまだ無事で、大きな氷の入ったグラスと一丁の拳銃が置かれていた。

「久しぶりだな。ローレンツ」

 その声に反応して、ローレンツがヴィレブロルトの方に顔を向ける。ヴィレブロルトの顔を見て、ローレンツは微笑んだ。懐かしい再開をただ喜んでいるようだった。

「おう、ヴィル。ちょっと見ない間に、ちょっとやつれたんじゃないか?」

 ローレンツはそう言って、グラスを一口仰ぐ。氷だけになったグラスをテーブルに置き、またヴィレブロルトに笑いかける。

「お前も飲むか? それなら、悪いが適当に割れてないグラスを見つけてくれ。お前の好きだったワインは残っているかな」

 親しげなローレンツの言葉を無視し、ヴィレブロルトは無言のまま拳銃を持ち上げて銃口をローレンツに向けた。

 

 ジェイは先程の生き残りであるセシルという名のシャドーと共に中枢へ向かっていた。

 大分深くまで潜り込んだ。この辺りはジェイも来たことがない場所だった。自分が今、どの辺りにいるか分からなくなる。

「何で俺たちのヘルメットは爆発しないのかな」

「多分だけど、全部のヘルメットに爆弾が仕込まれていたわけじゃないんだろう」

「なるほど……」

 セシルとジェイは、軽く会話を交わしながら進んでいた。緊張の連続で、既に集中力も限界に達し始めていた。無言のまま進むことに、二人とも耐えられなかった。

「……お前は、何で反乱側に付いたんだ?」

 廊下の角で、向こうに敵がいないか確認しながらセシルが尋ねた。

「……理由なんてない。管理者の命令さ」

「そうか」

 セシルが向こうを向いたまま、ふっと笑った。

「俺は、ノイネ ヴェルトは倒さねばならない独裁者だと考えたから反乱軍に加わった。だけど、なんだかな……こんな状況になって冷静に考えると、そんなことはどうでもよくなってきた」

 ジェイに顔を向け、ニヤリと笑う。 

「生き延びよう」

 ジェイも微笑み、静かに頷いた。

 セシルはジェイよりそれなりに年上だった。二十代の後半といったところだろう。珍しいことではない。シャドーではジェイがおそらく最年少だろう。もしかしたら、アルの方が若いかもしれないが。ジェイはアルの年齢を知らなかった。それ以前に、自分の正確な年齢をジェイは知らない。

 角の向こうを入念に探っているセシルを見て、ジェイは少し考えてしまった。セシルは、冷静に考えるとどうでもよくなってきた、と言ったが、それでも今回の作戦に加わることを自分で選んだのだ。自分とはえらい違いだ。自分はただ、考えることを放棄しただけだ。もし自分もセシルくらいの年齢だったなら、フローラも事前に作戦を伝えてくれていたのだろうか。そして、自分は自分の意志で決断できていただろうか。

 ジェイは苦笑いを浮かべて余計な考えを振り払った。意味のない仮定だ。自分がもう少し歳をとっていたらなど。それに、今は作戦中なのだ。余計なことを考えている場合ではない。こんなザマではまたローレンツに笑われてしまう。

「まずいな……」

「どうした?」

 ジェイが深呼吸をして乱れた精神を整えようとしていると、セシルが緊張した声で呟いた。

「あれは、UHだ。二人じゃ相手をするのは厳しい。退却するか?」

「…………」

 最悪の状況だ。どうするべきか……

 ジェイは自分でも様子を確認しようと、角から少しだけ顔を出して様子を伺った。

「ん?」

 目に映った人影には見覚えがあった。あれは……シンイチローだ。

「いや、あれは味方だ」

「本当か?」

 セシルが訝しげに自分を見つめる。しかし、ジェイには確信があった。シンイチローはヴィレブロルトの同志であり、自分を説得しようとすらした男だ。味方に決まっている。

 シンイチローがいるということは、周りに敵はいないだろう。ジェイは思い切って角から身を乗り出した。

「お、おい……」

 不安げなセシルの声に大丈夫だ、と答え、シンイチローに向け歩いていく。

 シンイチローはすぐにジェイに気が付いた。体中が傷だらけで、服は血で真っ赤になっている。大丈夫か、と尋ねようした時になって、ジェイはシンイチローの目に殺気が漲って鋭くなっているのに気付いた。

 味方だ、とジェイが叫ぶが、風のように駈け出したシンイチローは止まる気配を見せない。

 ジェイは完全に無防備だった。武器を構える間も与えずに、鈍く光る刃が空気を切り裂くようにジェイに迫る。やられる、と思ったが、一発の銃弾がシンイチローを牽制し、ジェイを救った。

「ジェイ!」

 セシルが叫び、シンイチローに向けアサルトライフルをフルオートで乱射する。

「ま、待ってくれ!」

 ジェイが必死に叫ぶが、セシルには届かなかった。セシルは完全にシンイチローを敵と認識し、攻撃を続ける。

 シンイチローはそんなセシルに標的を変更した。

「やめろ!」

 ジェイの叫びが虚しく響く。セシルを救おうと、ジェイもアサルトライフルを構えるが、既に遅かった。

 セシルのアサルトライフルがゴトリと落ちる。セシルの手は落ちたアサルトライフルを握ったままだ。手首を切断されたセシルが叫ぶ間もなく、シンイチローの刀がセシルの首を刎ねた。

「な、なんで……」

 呆然としているジェイに、シンイチローがゆっくりと向き直る。

「俺は味方だ! 俺がフローラのシャドーだって、聞いていないのか!?」

 ジェイの言葉は、シンイチローには全く届かないようだ。シンイチローが刀を構えた。体中に傷を負ってなお、その姿勢は研ぎ澄まされ、強者の威風をジェイに感じさせる。シンイチロー自身が一本の剣になったようだった。

「なぜだ!」

 ジェイは叫んで、AK74の銃口をシンイチローに向け構えた。


「なぜレナを殺した」

 ヴィレブロルトがローレンツに銃口を向けたまま尋ねる。ローレンツは寂しげに微笑んで、口を閉ざしたままだ。

「レナが敵に見えたか? あんな幼い女の子が?」

 ローレンツは何も答えない。

 ヴィレブロルトが銃を撃った。弾は真っ直ぐにローレンツの腹に吸い込まれ、命中する。

「どうした、抵抗しないのか」

 ローレンツは無言のままだった。撃たれたというのに、体勢も変えない。痛みを訴える呻き声も上げない。無防備なまま、静かにヴィレブロルトを見つめている。

 ヴィレブロルトがもう一発銃弾を撃ちこむ。やはりローレンツは避けようとしなかった。弾はローレンツの腹に命中する。

「命乞いをしろ。レナは命乞いをしただろう。殺さないでくれとお前に訴えただろう。助けてくれと泣き叫んだだろう」

 ヴィレブロルトがさらに銃弾を放った。ローレンツの腹に命中する。

「黙って俺に殺されることが贖罪になるとでも思ったか。許さない。苦しめ。泣き叫べ。助けてくれと懇願しろ。そうでないと、俺は満足できない」

 ローレンツは口を開かない。

 続けてヴィレブロルトが銃を撃つ。弾が切れるまで、ローレンツの腹に向け撃ち続けた。

「どうした! 叫べ! レナと同じように、泣き叫べ!」

 違う、とローレンツは内心で思った。レナという少女は、お前の娘は、泣いたりしなかった。

 あの日、レナを撃ち殺した日のことをローレンツは思い出していた。

 レナの家に入った瞬間、ローレンツは敵からの襲撃を受けた。狭い家の中で撃ち合いになり、老夫婦が巻き添えになって死んだ。

 襲ってきた敵を排除した後、ローレンツは他に敵がいないか、指定されていたターゲットが潜んでいないか家の中を探索した。

 寝室で、ローレンツはレナを見つけた。敵だとは思わなかった。やはり自分は敵に嵌められたのだ。ローレンツは目の前の幼い少女を保護しようと、少女に近づいた。

 そんなローレンツに向け、少女は包丁を構えた。どういうつもりなのかと、少女の顔を覗く。

 少女は怯えてなどいなかった。決然とした顔で、ローレンツの顔を睨んでいる。その顔は、とても幼い少女のものだとは思えなかった。

 少女が口を開いた。

 あたし、知っているよ。お父さんは、とっても危ない仕事をしている。お母さんのように殺されてしまいそうな人を、助けるために戦っている。あなたは、お父さんを殺しに来たんでしょう。お父さんはあたしが守る。お父さんがいない間は、あたしがこの家を守るんだ。

 少女の目には、明確な殺意が宿っていた。

 ローレンツの脳裏に浮かんだのは、アメリカ軍の兵士として戦っていた時の記憶だった。ゲリラとの泥沼の戦いの中でローレンツは、レナと同じくらいの歳の少女に仲間を殺され、自身も殺されかけた。その時の少女と、目の前の少女の姿が重なる。

 気が付いた時には、ローレンツは少女を撃ち殺していた。

「どうした、何か叫べ!」

 弾の切れた拳銃を投げ捨て、ヴィレブロルトはローレンツの目の前に歩み寄った。ローレンツは項垂れたまま、何も語らない。

 ヴィレブロルトはローレンツの腹に空いた傷口に指を突っ込んだ。そのまま傷を抉る。

「苦しいと言え。助けてくれと言え。そうしないと、俺の怒りは収まらない!」

 ローレンツの腹の皮膚を剥ぎ取り、ヴィレブロルトはローレンツの腸を掴んで引き抜いた。

 腸を引っ張られて、ローレンツが椅子の上から転げ落ちる。

「……もういい。そのまま息絶えろ」

 最後まで無言のまま倒れ伏したローレンツを尻目に、ヴィレブロルトはバーを去った。

 ローレンツは満足げに笑い、静かに目を閉じた。

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