表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Days  作者: おもち
12/17

11 崩壊 ―トレーター―

 ノイネ ヴェルト基地内で、反乱軍のシャドーたちの一群が廊下を挟んでソーマ達と交戦していた。膠着状態に陥って、三十分が経過している。

 誰かが唐突に叫んだ。

「外部の協力者たちが、ゲートを破ったらしい! 援軍が来るぞ!」

 あちこちから歓声が上がる。意識的に大声を上げるのは、彼らの胸に広がりつつあった不安という名の暗雲から目を背けるためだった。

 既に、作戦開始から三時間余りが経とうとしていた。彼らは一様に肉体的、精神的な疲弊を感じ始めていた。

 ノイネ ヴェルト側のシャドーは粗方片付いた。残る敵戦力は、ほとんどソーマのみだ。しかし、そのソーマが問題だった。何体倒しても、後から次々と湧きつづける。加えて、敵の武器弾薬はほとんど無尽蔵にあった。対する反乱勢力側には限られた数しか支給されていない。

 反乱軍は、仲間と弾薬を少しずつ削られながら中枢へ進軍していた。ジリジリと追い詰められていくような焦燥感が彼らの心の中で膨らんでいく。

「おい」

 シャドーの一人が仲間の肩を叩いた。叩かれたシャドーが振り向いて、仲間の指差す、自分たちの背後を見る。そして、訝しげに眉をひそめた。

 背後はすでにクリアされているはずだ。しかし、いつの間にか一つの人影が立っていた。黒い服を全身に纏ったその大男の手には、刀が握られている。

「なんだ、あいつは……」

 最初に男を発見したシャドーが呟く。その瞬間、男が刀を振り上げ、シャドーたちに向け駆けだした。

 シャドーたちは慌てて銃口を向け、応戦する。男は刀を振って、フルオートで吐き出される弾を叩き落としながら彼らに迫った。

 一瞬でシャドーたちと男の距離がゼロになる。男が刀を横薙ぎに振った。その一撃で、三人のシャドーの首が切り裂かれる。

「UHシリーズだ!」

 シャドーの一人が叫んだ。その存在は全員が知っていたが、開発は中止されたはずだった。

 突然の事態に慌てはしたが、彼らもいくつもの死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士たちだ。すぐに冷静に頭を巡らせ、落ち着いて対処をはじめる。陣形を組み直し、突撃してくるUHシリーズの一人を迎え撃った。雨あられと銃弾が襲いかかり、男はたまらずに距離をとった。

 シャドーが迎撃を続けていると、突然陣形の中で破裂音が鳴り響いた。シャドーの一人が、突然真横からバケツの水をかけられたような感覚をおぼえ、自分の頬を何気なく触った。

 ぬるりとした感触がした。その手を見ると、真っ赤な血が付いている。

 何事かと、横に立っているはずの仲間の方へ顔を向ける。仲間は、ヘルメットから大量の血を流していた。溢れる血が、仲間の肩を赤黒く染め、下へ下へと染み込んでいく。ふらりと、糸の切れた人形のように倒れた。既に絶命している。

 シャドーたちは唐突に起こった理不尽な事態に騒然となった。恐慌状態に陥る。何が起きたのか分からない。そんな彼らの混乱をUHは見逃さなかった。刀を構え、再度突撃する。

 辺りに悲鳴と銃声が鳴り響いた。


 ジェイは目の前に降りている隔壁を排除するため、爆薬を仕掛けていた。

「この向こうには、何人のソーマが待っているのかね」

「……余計なこと言わないでくれよ」

「……すまん」

 一緒に作業している仲間の心細い声にジェイが返す。ジェイの心も疲れはじめていた。一向に作戦の終着点が見えない。こんな状況で、不安を煽るような発言は聞きたくなかった。

 ジェイは五人のシャドーのチームの一員として動いていた。支持されて作られたチームではない。戦闘は乱戦となり、その場その場での協力が不可欠だった。

 結局、アルの姿をジェイは見つけられなかった。

 背後の警備を担当していた仲間のシャドーがデバイスを見ながら口を開く。

「ノイネ ヴェルトが新しい戦力を投入したらしい。UHシリーズだと」

「……」

 ジェイは無言で作業を続けた。もう大抵の事では驚かない自信があった。死んでいるはずのシンイチローやヴィレブロルトが生きていたのだ。存在しないはずのUHシリーズが存在していても驚くことではない。

「それと、なんだ、これ」

 デバイスの情報を読み上げていたシャドーが突然言葉に詰まった。

「何だ。早く言え。気になるじゃねえか」

 別のシャドーが急かす。

「……俺たちが着けているヘルメットが爆発したらしい。ヘルメット内部に、爆弾が仕込まれている可能性が……」

「は?」

 四人のシャドーの目がデバイスを読むシャドーに向けられる。

「何だよそれ……」

 声を震わせながら、一人が言った。

「状況は現在確認中。同志諸君は絶対にヘルメットを外すなって、マジかよ……」

 全員が作業を中断し、顔を見合わせた。皆一様に不安そうな顔をしている。

「どうするよ……」

「どうするって、ヘルメット外すしかないだろ」

 一人が、ヘルメットを外そうとし始めた。

「よせ!」

 ジェイが叫ぶ。ノイネ ヴェルトの電波に、操られてしまうかもしれない。

「そうだ。やめろ! 命令に従え!」

「うるさい!」

 もう一人のシャドーがジェイに同調して、ヘルメットを脱ごうとしているシャドーを止めるが、聞き耳を持たない。ベルトを外し、頭から外そうとする。

 次の瞬間、バフンという破裂音が辺りに響き渡った。血が飛び散り、ジェイたちの顔に飛沫が降りかかる。ジェイは、最初その音がどこから鳴ったのか分からなかった。

 ヘルメットを外そうとしていたシャドーの頭から大量の血が溢れだした。そのシャドーは白目を剥き、鼻から血を流している。間違いない、ヘルメット内部で爆発が起きたのだ。恐らく爆弾は小型で、大した威力はないのだろう。それでも、頭蓋骨を砕く破壊力はあるようだ。

「ひっ!」

 その光景を見たシャドーの一人が、ヘルメットを慌てて外しだした。

「や、やめろ! ベン!」

 ジェイの静止も虚しく、ベンはヘルメットを完全に脱いだ。

「うぅ」

 ヘルメットを取った瞬間、ベンが頭を抱えて蹲り、呻きだした。

「うがあああ!」

「お、おい、大丈夫か!?」

 苦しみの声が尋常ではない。ベンは地面に転がってのたうち始めた。

 どうしていいか分からず、息を飲んで見守っていたジェイたちの前で、ベンの動きがピタリとやんだ。

「お、おい」

 呆気にとられているジェイたちを尻目に、ゆっくりとベンが立ち上がる。

 ジェイはその顔を覗いて、一瞬ぞっとした。だらしなく口を半分ポカンと空け、虚ろな目は焦点が定まっていない。呆けた表情のまま、ベンはジェイの隣にいるシャドーの方を向いた。

「ベン?」

 心配そうな顔をするシャドーに、ベンが拳銃の銃口を向けた。

 一発の銃声が鳴り響いた。額を撃たれたシャドーが崩れ落ちる。

「!」

 ジェイは一瞬で事態を把握し、SAUERを引き抜いてベンを撃ち殺した。

 深く溜息を吐き、手に握ったSAUERをホルダーに収めるジェイ。

 生き残ったもう一人と顔を合わせ、二人で苦笑した。五人のチームが、呆気なく二人になってしまった。

 ジェイはもう一人のシャドーと協力して三体の死体をどかし、作業を再開した。

 作戦は終了していない。進み続ける他ないのだ。


 アルは廊下に立ち塞がるソーマをアサルトライフルのフルオートで薙ぎ払った。安全を確認して、進む。アルは一人で行動していた。その表情は、いつも通りの無表情だ。与えられた指令を、アルは確実にこなしていた。中枢まで、もう少しだ。

 その小さな背中に、誰かが近づいていく。気配を察したアルが振り返った。アルの目の前にいたのは、フリッツだった。

「アルテミス、私についてきなさい」

 フリッツがそう言って、中枢へ向け歩いていく。

 コクリと頷いて、アルはその背中を追った。


 ソーマの頭を横薙ぎに切り裂き、シンイチローはふらりと倒れそうになった自分の体を、刀を杖代わりに使って支えた。

 既に満身創痍だった。体中を深く刻まれ、数発の銃弾に体を抉られていた。血塗れになってなお、その目は強烈な光を灯し続けている。

 息を整え、シンイチローは目の前に続く道を睨んだ。敵は依然多い。ざっと数えただけで、五体のソーマが自分に向かって歩いている。

 背後から銃声が響き、ソーマ達が一瞬にして駆逐された。

 シンイチローが背後に振り向く。そこに立っていたのはヴィレブロルトだった。

「ヴィル」

 安堵の声を漏らすシンイチロー。ほっとしたように笑い、その顔に刻まれていた深い切り傷から血を溢れさせた。

「……お前にやってもらいたいことがある」

 ヴィレブロルトはそんなシンイチローに労わりの言葉を掛けることななく、淡々とそう言った。

「ああ。任せてくれ」

 体中の傷から血が滲む。二の腕には既に内出血が溜まりだし、今にも破裂しそうになるまで膨らんでいた。

 それでも、シンイチローはヴィレブロルトからの指令を喜んで聞いた。ヴィレブロルトのためなら、命など惜しくなかった。

「戦況はこちらに不利になっている。味方勢力は混乱し、総崩れだ」

「うん、そうらしいね」

 ヘルメットに仕掛けられた爆弾の件は、シンイチローも聞いていた。

「味方内に裏切り者がいる。おそらく……フロレンツィアだ」

「分かった」

 それだけで、シンイチローはヴィレブロルトの伝えたいことが分かった。

「フロレンツィアを殺せばいいんだね」

 あの女が裏切ったなら、アルテミス、ジェイというシャドーも敵なのだろう。シンイチローでなければ、骨が折れる相手だ。

「ああ、頼む」

 ヴィレブロルトが短く答えた。


 フロレンツィアはいつもの居室とは異なる部屋のモニターで戦況を確認しながら、呆然としていた。

 戦局は一転し、反乱軍は壊滅寸前だった。ノイネ ヴェルトは勢いに乗り、次々と反乱軍を殲滅していく。

 このままでは、敗北は必至だ。何とかしなければならない。しかし、どうすれば良いのか分からなかった。

 原因はヘルメットの爆発にあった。ありえないことだ。今日の作戦の実行に関しては完全に秘匿できていたはずだった。そうでなければ、作戦実行の前に自分は殺されていなければおかしい。

 仮に作戦の実行が漏れていたとしても、ヘルメットに爆弾を仕掛けることは容易ではない。

「まさか、主要メンバーの中に、裏切り者が……」

 俄かには信じがたいが、それ以外に考えられない。作戦前にヘルメットのいくつかに爆弾を仕込むなど、反乱軍内部でも可能な人物は限られている。

 しかし、フロレンツィアはその可能性を受け入れることに抵抗を感じていた。主要メンバーには、自分と長年に渡って関係を築いてきた、特に信頼できる人物しかいない。

「一体、誰が……」

 フロレンツィアが一人悩んでいると、居室の扉が開いた。誰かと思い、振り返る。

 次の瞬間、フロレンツィアの胸に激痛が走った。自分の胸部を除くと、血が溢れている。心臓を撃ち抜かれていた。

 力が抜けたように、フロレンツィアが崩れ落ちる。

「あ、あなた……」

 部屋に入ってきた人物はフロレンツィアが倒れるのを見届けると、構えていた拳銃をポケットにしまって部屋から出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ