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Last Days  作者: おもち
11/17

10 反乱 ―バースト―

 血のように真っ赤な夕焼けを、ヴィレブロルトは眺めていた。

 朱に染まった陽は地平線に聳える山脈を背景に大きく膨らみ、ヴィレブロルトの目の前に広がる工場群を赤く塗りつぶした。

 西の雲は暗いオレンジに色付き、東は既に深い紺色に覆われ、明るい星が瞬きだしている。

 待ちに待った日が来た。今日が、これから革命の日となる。

 人事は尽くした。後は天命を待つだけだ。

 ノイネ ヴェルト基地のゲート前。世界中から集めた戦力が作戦開始の合図を待ちながら息を潜めている。

 ここまで接近しても、ノイネ ヴェルトは未だ動きを見せない。『内側』の連中が上手くやっているのか。それとも……

 ヴィレブロルトは短く息を吐いた。

 隣に立つシンイチローに、ヴィレブロルトがそれとなく目を向ける。体は回復したようだった。内出血の痕は綺麗さっぱり消え、力強く両足で立っている。鞘に収まった刀を両手で握り、地面に立てていた。

 シンイチローもまた、夕日を見ていた。まるで目に焼き付けようとでもしているように、じっと見つめている。陽に照らされて赤く染まったその横顔からは、微かな緊張と、決然とした覚悟を感じさせた。

 ヴィレブロルトは視線を前に戻して、静かにその時を待った。


「え?」

 ジェイは自分の耳を疑った。冗談だと思ったが、目の前にいるフロレンツィアの顔は本気だ。

 唖然としているジェイを全く気に留めず、フロレンツィアは話を続ける。

「作戦の概要は以上」

 そう言って、フロレンツィアはジェイとアルにそれぞれ一つずつヘルメットを渡した。頭部をすっぽり覆う程度の大きさだ。顔を守る透明のシェルはついていない。作戦中は必ず被っていろと二人に命じたものだ。

 アルは受け取ってすぐに被ったが、ジェイは手に取ったまま被ろうとしない。それどころではなかった。頭の中が混乱して、まず何をするべきかも分からない。

「質問は?」

 フロレンツィアが尋ねるが、ジェイは何も答えられなかった。ふと気になって、隣に立つアルの様子を伺うが、いつも通りの無表情を浮かべているだけだった。

 伝えられた作戦は信じられないものだった。攻撃対象はノイネ ヴェルト中枢。創設者であるフリッツを殺害し、組織を占拠せよという内容だ。

 明らかな反逆行為だ。自分の上司が反逆者になる事態など、想定したこともなかった。ジェイは、フロレンツィアは完全に組織に忠誠を誓っているものだと思っていた。あのフロレンツィアが、今まで多くの『敵』を自分に殺害させてきたフロレンツィアが、組織を裏切ったのだ。

 突然の命令に、ジェイは激しく動揺した。こんなことは初めてだ。ジェイはフロレンツィアの命令に従って動く駒だ。しかしそれ以前に、ジェイはノイネ ヴェルトが所有するシャドーなのだ。自分はどうするべきなのか、分からない。

「……何か問題があるのかしら?」

 固まったまま動かないジェイに、フロレンツィアが訊く。ジェイはフロレンツィアの目を見つめた。その眼差しに込められているものを、ジェイは読み取ることができない。自分が、何を期待されているのか分からない。

「……何もないなら、早く作戦行動を始めなさい」

 フロレンツィアはそう言って、回転イスを回して机のディスプレイに体を向けた。ジェイはその背中を、無言で見つめる。

 ヘルメットを付けたアルが部屋から出ようとして、立ち尽くしているジェイが自分に同行しようとしないことに気が付き、振り返る。少しの間アルはジェイを見つめて、モニタリングルームから出た。

 アルが去って、扉が完全に閉まってから、ジェイは口を開いた。

「本気なの?」

「ええ」

 ジェイの短い問いに、フロレンツィアは悩むことなく答えた。背中を向けたままだ。

「……了解」

 呟くように言って、ジェイは部屋を出た。その背中を、フロレンツィアは少しだけ振り返って見送った。

 作戦を前に、自分がどうすべきか悩むことはジェイにとって経験したことのないことだった。今までは、単に指示に従えばいいだけだったからだ。

 廊下を歩きながらジェイは考え、苦笑いした。

 自分は何を悩んでいるのだろう。何も悩むことなどありはしない。今まで通り、自分の管理者の言うことを聞けばよいのだ。ノイネ ヴェルトに特別未練があるわけでもあるまいに。自分はフロレンツィアの手駒なのだ。駒は悩んだりするものではない。

 それにしても、とジェイは思った。ジェイはヴィレブロルトが自分の前に立ちはだかる敵になると思っていた。それが、まさか協力してノイネ ヴェルトと戦うことになるとは。

 ノイネ ヴェルトという組織自体に思い残すものは特に何もなかったが、ジェイは少し寂しい気持ちになった。この基地は、ジェイが幼い頃から過ごしてきた場所だ。その場所がこれから炎に包まれることを思うと、ジェイは少しだけ切なかった。

 何となく、ジェイはローレンツのことを考えた。ローレンツはノイネ ヴェルトと反逆者達、どちらの側に立つのだろう。どちらにせよ、死んでほしくないと思った。しかし、ジェイの心配など余計なお世話だろう。ローレンツがそう簡単に殺されるはずがないのだから。

 ずっと手にしたままだったヘルメットを、ジェイはしっかりと被った。


 ジェイは指定された作戦ポイントに着き、息を潜めた。合図とともに、ジェイは目の前の部屋に突入し、その部屋で眠っているシャドーを殺害する。これから殺すシャドーとは、何度か会話を交わしたことがあった。その相手を、ジェイは命令通りに殺さなくてはならない。協力者側のシャドーではないからだ。

 すぐ近くに、アルも潜んでいるはずだ。ジェイの担当であるターゲットの、隣の部屋にいるシャドーがアルの標的だった。

 突然、基地内部で警報が鳴り響いた。侵入者を知らせる警報だ。全員武装し、侵入者を見つけ次第射殺せよと、アナウンスが録音されていた内容を淡々と伝える。

 その警報と共に、ジェイは動き出した。扉の前に素早く爆薬を設置し、少し離れてから起爆する。ほとんど同時に、隣の扉をアルが爆破した。ジェイ達の他にも同様の指令を与えられたシャドーがいるのだろう。基地内のあちこちから爆発音が聞こえてきた。

 ジェイは爆発の衝撃で崩れかけている扉を蹴破り、標的のシャドーの居室へと侵入した。シャドーは爆風と飛び散った破片をもろに食らったらしく、体中から血を流して呻いていた。

 ジェイは重症のシャドーにAK74の銃口を向け、引き金を引いた。

 すぐに、またアナウンスが入る。今度は先程のような録音音声ではない。

「勇敢なる同志諸君、ついに待ちに待った日がやってきた。人類をノイネ ヴェルトの支配から解き放つ日だ。ノイネ ヴェルトは世界中の人々の記憶を一方的に捻じ曲げ、自分達に都合良く歴史を書き換えた。人類史上、これほどまでに罪深い行いがあっただろうか。人類に自由を! 真の平和を! 今こそノイネ ヴェルトの独裁を打ち破り、全ての人類をまやかしという軛から解き放つのだ。勇敢なる同志諸君。君たちが人類を救うのだ。君たちは歴史上類稀なる勇敢な勇者として、後の世まで語り継がれることだろう。神は我々の味方だ! 銃を取れ! 忌々しい独裁者を打ち倒せ!」

 基地内部、四方八方からけたたましい歓声が聞こえてくる。ヘルメットを被ったシャドーたちが、手に握った銃器を振り上げ、叫んでいた。晴れ晴れとした笑顔で、口々に吠える。

 人類に自由を! 真の平和を! まやかしを打ち破れ! 我々が正義だ!

 ジェイはその様子を呆気にとられて見守っていた。みんな以前出会ったシンイチローと呼ばれていた兵器になってしまったようだ。彼らの言葉はシンイチローが語っていた言葉そのままだ。

 ジェイ以外は今回の作戦について以前から知っていたのだろう。皆一様に興奮した顔つきになっている。

 アナウンスはまだ続いている。その言葉に、皆酔い、浮ついているようだ。

 今までただノイネ ヴェルトに従うだけの道具だった自分たちが、人類の自由のため、平和のため、偽りを打ち砕くために戦えることに、余程喜んでいるようだった。

 ジェイはその熱せられた空気に戸惑いを感じていた。先程、シャドーを殺したときに自分の感じたバツの悪さを他の誰も感じていないらしい。ジェイは落ち着かなかった。顔見知りの相手を殺したのは人生で初めだったからだ。

 怒号とともに、反ノイネ ヴェルトのシャドーたちが中枢へ向け雪崩れるように駈け出した。ジェイもその集団に混じり、目的地へ向かう。

 反乱を鎮めようとするノイネ ヴェルト側のシャドーたちは、突然の反乱に浮足立っているようだった。そのほとんどが、ろくに態勢も整えられずに撃ち殺されていく。

 ノイネ ヴェルト側の戦力の大部分は警備を担当しているソーマ達だった。彼らは数では反乱者たちを圧倒していたが、個々の能力ではシャドーの敵ではない。

 反ノイネ ヴェルト側のシャドーたちは電撃的に次々と基地内を占拠し、着々と中枢へ進撃していった。

 熱気の中で、ジェイは全く別のことを考えていた。アルと逸れてしまった。彼女は今頃、どうしているだろう。


「まずは、上手くいったようね」

「うん。一安心ね。でも、まだまだこれから」

 フロレンツィアはエリザの部屋で、モニター越しに熱せられたシャドーたちを見守っていた。

 フリッツは今頃どうしているだろうとフロレンツィアは考えた。これだけのシャドーを、一斉に動かしたフロレンツィアがどんな手を使ったのか悩んでいるかもしれない。人間を洗脳する技術は、フリッツしか握っていないはずなのだから。

 フロレンツィアが使ったのは古典的な方法だった。昔ながらの方法。あらゆる革命の際に、大昔から使われてきた方法だ。

 機械を使って人を操ることが当たり前になってしまったフリッツには、逆に盲点だっただろう。道具のように扱われてきたシャドーたちを一つの思想に染めて操ることなど、高度な機械に依らずとも容易いことだ。

「ヴィルは?」

「うん。ソーマの警備兵たちと交戦中。少し足踏みしてるけど、もうすぐ突破できる」

 外部のヴィレブロルト達と内部の連絡、情報交換の統率はエリザが担っていた。

「そう。それじゃ、私は持ち場に戻るわ」

 そう言って、フロレンツィアが部屋から出ようとする。その背中に、エリザが声をかけた。

「愛しのダーリンは、大丈夫なの?」

「……その言い方はむかつくわ。……大丈夫よ。ちゃんと『拉致』されている。某組織にね」

 エリザは流石ね、と言って笑った。

「成功するかしら」

「させるのよ。絶対にね」

 フロレンツィアはエリザの問いに力強く答え、部屋から出た。


 ヴィレブロルトは戦闘の様子を人工衛星からの映像を通して見守っていた。

 日は沈み、星々の光が主役となって夜空を彩っている。投光器の落とす強烈な光が戦場の有様を浮き上がらせていた。

 敵のソーマが思っていたより多い。しかし、数ならこちらも揃えている。長年かけて、世界中から集めてきた協力者たちだ。資金も潤沢にあり、武器も揃えている。

 ヴィレブロルト達側の戦力には皆ヘルメットを被らせていた。それは、彼らの脳を守るために必要なものだ。

 ノイネ ヴェルトの持つ記憶除去技術は、静止軌道上に浮かべた人工衛星から特殊な電波を送る仕組みになっている。

 人間の脳は活動に伴って脳波を出す。それは、外部から同じ波形の電波を与えて刺激すれば、人為的に対象の脳を操作できることを示していた。モーターは電気を流せば回りだし、回せば電流を生み出す。それと同じことだ。

 ノイネ ヴェルトは電波を使って直接記憶を消しているのではない。電波によって脳に、特定の記憶を消すよう命令させているのだ。人間の脳にはどの記憶を消し、どの記憶を残すか決定する器官がある。その器官に刺激を与え、操るのだ。

 この技術を応用すれば、脳にもっと他の命令を下させることができる。例えば、仲間を裏切って殺せと命令するように脳に働きかける電波を送れば、受信した人間はその通りに行動する。

 それを防ぐために、全ての兵に電波を遮断するヘルメットを支給したのだった。MP技術は記憶の除去は防げるが、他の命令までは防げない。ヴィレブロルトもヘルメットを装着していた。

 作戦は今のところ順調だった。もうすぐ、ノイネ ヴェルトのゲートを突破できる。その後は、内側の戦力と合流して、フリッツを追いつめるのだ。

 ヴィレブロルトは準備を始めた。ノイネ ヴェルト基地内には、ヴィレブロルトも乗り込む予定だ。拭い去れない呪われた過去に決着をつけるために。

 世界の行方を決める作戦だったが、ヴィレブロルトの心は平静だった。既に心は擦り切れている。もう何年もヴィレブロルトの心が高揚したことはなかった。

 それでも、とヴィレブロルトは思った。無意味な復讐を果たして、自分の欲している力を手に入れた時、この胸は昂るのだろうか。


 シンイチローは戦っていた。ヴィレブロルトの戦力の最前線に立ち、目に映るソーマやシャドーを片っ端から斬り捨てていく。

 一人のソーマが、シンイチローに向け銃を構えた。さらに、別の方角からシャドーが一人銃口を向ける。

 同時に放たれた二発の銃弾をシンイチローは躱した。シャドーに駆け寄り、その手に持つアサルトライフルを切り裂く。

 シャドーは後退した。追うシンイチローに向け、ソーマが銃弾を放つ。弾丸を弾こうと、シンイチローが刀を振った。

 そのタイミングを狙って、シャドーがナイフを投げ放った。既にシンイチローは弾を叩き落とすモーションに入っている。体勢的に、シンイチローはナイフを躱すことも、弾くこともできない。勝利を確信して、シャドーがニヤリと笑った。

 太刀は銃弾を切り裂いた。その破片が、シンイチローに向け真っ直ぐに飛来するナイフに当たり、弾き飛ばす。

 シャドーが驚愕に目を見開いた時には、その胸にズブリと刀が突き刺さっていた。

 シンイチローが刀を引き抜き、シャドーは口から血反吐をまき散らして崩れ落ちる。そのまま、シンイチローはソーマの首を刎ねた。

 投光器の光が八方からシンイチローに向けられる。シンイチローの周りに、花びらのように影が八つ伸びた。シンイチローは眩しさに目を覆う。

 暗がりから、数人の人影が現れた。シンイチローの少し前に立っていたソーマが、一瞬で胴体を斜めに切断され、崩れるように斃れる。人影は、皆一様にシンイチローの持つ刀と同じような太刀を握っていた。

 シンイチローは一瞬で理解した。彼らは自分と同じ兵器だ。研究は中止されたと聞いていたが、秘密裏に依然として進められていたのだろう。

 当然、改良されているはずだ。戦闘力も、組織に対する服従精神も。

「UH-P001か」

 血の滴る刀を構えながら、人影の一人がそう言った。

 応えて、シンイチローも刀を構える。

「その名で……」

 シンイチローは駈け出した。

「俺を呼ぶな!」

 突っ込んでくるシンイチローに向け、刀を持つ人影が一斉に飛びかかった。

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