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Last Days  作者: おもち
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プロローグ(改訂版)

この作品はR15です

15歳以下の方(15歳の方も)は絶対に読まないでください

(今日はツいてるな)

 バルトルトは思わず口元を歪ませた。

 彼の目の前には、カーテンの上から窓ガラスに手を付き、尻を突き出す20にも届いていないであろういたいけな少女がいる。服は身に着けたままだ。ただ、下着は左足の足首まで落ちている。

 なかなか扇情的な眺めである。一つ異質な部分があるとすれば、こんな状況にもかかわらず小娘の表情がピクリとも動いていないことだけ。もっとも、それもバルトルトを興奮させる媚薬となっていた。

 人形細工のように美しく、氷の刃のように冷ややかな彼女の顔を淫猥に崩し、自分の思うがままに鳴かせたい。聖なるものを貶めるような、男性らしい征服欲がバルトルトの理性を焼き尽くした。


 バルトルトが来日したのは今朝方だった。時差ボケで胃袋に鉛が流し込まれたかのように重くなった体を引きづり、ホテルを目指している途中で、バルトルトは彼女に出会った。

 その少女は突然バルトルトに抱き着き、まだ成熟しきっていない、小ぶりな膨らみを彼の二の腕に押し付けた。護衛兼秘書として連れてきた三人の男は慌てて少女を引き離そうとしたが、バルトルトはそれを押しとどめた。

 白人の少女だ。美しい黄金の髪からは、ほんのりとラベンダーの香りがする。

 少女の顔を覗く。

 無機質な、およそ表情とはよべないような表情。そして、どこまでも続く穿孔のような黒みがかった碧眼。

 そんな幼き女らしからぬ彼女の雰囲気に、バルトルトは俄然興味をそそられた。少女の全身を舐めまわすようにじっくりと観察する。熟れる前の青い果実のような少女。しかし、女性らしい特徴はすでに表れ始めており、微かな色気を漂わせている。

「いくらだ?」

 バルトルトはドイツ語で聞いたが、少女は通訳される前に値段を言った。

「よし」

 側近たちの咎める声を軽くいなし、バルトルトは頷いて少女の同行を許した。

 バルトルトが極東の島にわざわざ来たのには理由があった。彼の右肺はすでに元の役割を失っている。生物的な機能を失ったその器官には、高圧に圧縮された細菌兵器が押し込まれているのだ。その兵器を使ってこの国に中枢を置くとある組織を壊滅させるのが、彼の目的である。

 この国で不必要な接触は危険だ。しかし、今売春を持ちかけてきたのは年端もいかぬ小娘。敵もこんな見るからに非力な子供を駒にはしないだろう。それに、部下たちの体内に内蔵された高性能金属探知機は反応しなかったようだ。つまり、この娘は凶器となるようなものを持っていない。絶対に。

 そうと分かれば、バルトルトにとってこれは天恵だった。最近は仕事ばかりで、飛行機の中で眠る生活が続き、疲労とストレスが溜まっていた。明らかに違法だが、こんなうら若き躰を楽しめるのは久しい。彼の信じる神も、祖国で帰りを待つ女房もこんな状況なら許してくれるに違いなかった。


「ねえ、ちょっとカーテンを開けてもいいかしら」

 流し目を送るようにバルトルトの方を向き、少女は男に会ってから初めて口を開いた。バルトルトは少女の話す日本語を理解することはできなかったが、彼女がカーテンを開けたがっていることだけは分かった。

 彼は部屋に通されるとすぐに窓のカーテンを閉め切った。ここは敵の庭の真っただ中だ。狙撃の心配をするのは基本中の基本である。そんなバルトルトの憂いを知ってか知らずか、部屋に入るなり少女は窓の前で蹂躙されるのを望んだ。

 まだガキのくせに、そこまで淫乱とは……

 露出狂という存在は知っていたが、相手をするのは初めてだった。畜生にも劣る蛮行を平気で誘う生意気な小娘を前に、バルトルトは自分の股間が熱く滾るのを感じた。

 バルトルトは首を横に振り、彼女の右目がギリギリ外を覗ける分だけカーテンを開けた。これだけだという意味だ。彼女もそれで納得したようだった。

 それにしても不可思議なのは、この期に及んで少女の表情がピクリとも動かないことだ。無表情といっても、限度がある。少女のそれは生きた人間とは思えないほどだった。

(その顔をグチャグチャに崩してやるよ。泣き喚いても俺が満足するまで離さないからな)



「始まったか」

 ジェイはスコープを覗きながら、小さくつぶやいた。うつぶせに倒れているその少年の指先は、無骨で長身の銃の引き金にかけられている。少年の肌は黄色い。生まれは確かではなかったが、少年は自分が日本人だと教えられていた。

 少年の腕と三脚で支えられたその銃はブレーザーR93タクティカル2。精度の高さが売りの精密射撃用ライフルだ。

「ミハリワキヅイテイナイヨウデス。モクヒョウトノキョリ750メートル。タイヨウワ4ジノホウコウ。フウソクワ7.5ノット。ナンナンセイノカゼデス」

「分かったよ。タマ」

 ジェイの脇にはサッカーボールより少し小さい金属製の球体があった。その球体のどこかから、脱力しそうな声が漏れる。

 スコープから目を離して周囲に気を配った後、ジェイは再びスコープを覗いた。その視線の先には、窓に手を付いて淫行を続ける、雪のように白い肌の少女の姿がある。アルだ。

 ジェイは思わず苦笑いをしてしまった。

(もう少しさ、男が喜びそうな淫らな表情ができないものかね)

 しかし、それも仕方のないことだった。彼女は表情を変えることができない。表情筋が動かないわけではなく、彼女の脳が表情を変えるための神経信号を送ることができないのだ。もっと正確に言うなら、そのために必要な器官が彼女の脳から切り取られている。

 少女はおよそ感情と呼べるものを失っていた。

 彼女の鼻の先辺りの窓ガラスが赤く光っている。超小型の有機レーザー装置だ。もしターゲットがカーテンを開けることを許さなかった場合に、目印として使う予定だった代物。だが、無用だったらしい。

 しかし報告通りだった。担っている責任のわりに、警戒心が薄い。まあ、だから敵方でも下っ端なのだろうが。

 内心でジェイはそんなことを漏らした。おかげで任務は滞りなく達成できそう。そんなことも。

 ジェイはこれからターゲット、バルトルト・デングラーを射殺する。

 どうして彼が殺されねばならないのかなど、ジェイは知らなかったし、知ろうともしなかった。ジェイは組織、ノイネ ヴェルトに所属する暗殺者である。今ジェイの目の前で犯されている少女、アルもそうだ。

 暗殺者の使命は指定されたターゲットを確実に始末することである。何のためかなどどうでもいいことだ。スイッチを入れれば期待通りに働く電化製品のように、ただそうあるべき存在。ジェイはそういう存在だった。

 ボルトを引き、弾を装填する。

 アルとはアルの頭の高さと、予想されるターゲットの頭の位置をあらかじめ相談していた。

 指定された位置と風の影響を考慮して、ターゲットの十字架の位置を調整する。

 ジェイが引き金を引いた。長く尾を引く銃声が、市街地に響き渡った。


 精密射撃用の特殊弾は正確にバルトルトの額を撃ち抜いた。カーテンに真紅の花が咲き、鼠色の物体が飛び散ってカーペットを汚す。

 バルトルトは脱力してアルに寄りかかった。即死だ。

 仕事は済んだ。後は撤収するだけだ。

 アルは斃れたバルトルトを小さな体で背負い、窓ガラスを叩き割って外に飛び出した。そして、猫のような敏捷さで人混みに紛れ込んだ。



 西暦202X年

 世界から戦争や紛争、内戦はなくなり、人類は史上初めて真の平和を手にした。しかし、それが作られた平和であることを知る人間は少なくない。

 現在日本に拠点を置くとある組織が作り出した、人間の記憶を操る装置。その装置によって、一部の人間に世界が管理される、そんな時代であった。

 以前なら連日にわたって朝刊の一面を飾っているだろう血なまぐさい事件。そんな事件が毎日のように日本で起きていることを多くの日本人、いや、世界中の人が知らない。

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