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黄金の魂  作者: 向井司
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幽霊屋敷 8



「うるせぇんだよ!」


 ヴァルはあくまで冷静に、フィカスの頭、額へと狙いをつけていた。

 ヴァルの持つ剣は、身丈の長くまた身幅の広い剣である。

 普通の剣士はそれを両手で扱う。重く長い剣は、そうでもしなければ到底言うことをきかせられないのだ。 

 両手で構え、その重さと遠心力で、獲物を両断する。

 それが、この《飛鷹剣》の特徴だ。

 飛ぶ鷹さえも叩き落とすとまで、言われる飛鷹剣は扱いにくさでも群を抜いていた。

 しかし、ヴァルはその長剣を事もあろうか、片手で扱った。

 右手で抜き、そして構え、今まさにフィカスへと振り下ろしたのである。

 両手で振り回すにしても、非常に扱いづらい剣を片手で、振り下ろす。

 それはどう考えたとしても、フィカスを一刀の元に叩き切るとしか思えない所業であった。

 このまま剣がフィカスの額目がけて振り下ろされれば、フィカスの頭は熟れた果実のように簡単に叩き潰されるであろう。

 魔術士は、あまりにも冷静に、いや冷淡にそのような行動を取れるヴァルに、瞬間恐怖すら覚えた。

 ヴァルから発せられる殺気は本物だ。

 そうそう違えられるような、ハンパな代物ではない。

 ヴァルの殺気は、あまりにも純粋な殺意であった。

 このままでは殺される。

 魔術士は、そう察して一刻でも早く、フィカスより離れることを望んだ。

 フィカスに取り憑いたまま殺されることは、即ち己自身死となる。魂の死は肉体の死と、同じであるのだ。

 フィカスに取り憑いた時点で、魔術士はフィカスの身体を己のものとしたのだから。


『ちっ!』


 魔術士は、驚愕のもと、即座にフィカスより退くしかなかった。

 己にはまだしなくてはならない仕事がある。今ここで、勝つ確率の低い賭けなどする訳にはいかなかった。

 なんとしてもあの娘を呪い殺す。それは魔術士の重んじるたった一つの自尊心であったのだ。


「甘いぜ。馬鹿野郎!」


 ヴァルは魔術士の退く瞬間を、ただ気配のみで感じ取った。

 そして、それは剣がフィカスの額に達しようとする寸前に、もはや紙一重のところで、ヴァルは剣をとめた。

 片手で、重く勢いのついた長剣を、ヴァルは見事に止めて見せたのだ。

 もう魔術士は後戻りができない。

 魔術士の抜け出したフィカスの体がぐらりと揺らぐ。ロスは床から跳び起きて、崩れ落ちるフィカスの体を支えた。

 しかしフィカスの体を受け止めながらも、ロスはフィカスもそしてヴァルすらも見てはいなかった。

 ロスの緑色の瞳は、あくまでフィカスより抜け出した魔術士の魂へと固定されていたのである。

 ロスの視線は、迷わず天井付近へと集中している。

 その視線を追いながら振り返ると同時、ヴァルは腰の短剣を鞘より引き抜いていた。

 町で、辻占い師の老婆より譲られた短剣である。

 そして、ヴァルはロスの視線を寸分違いなく追い、その先へと短剣を投げ付けた。

 短剣は、一直線に飛び、勢いよく天井を射抜く。

 その瞬間、地下室の隅の床にうずくまっていた魔術士がミイラのように落ち窪んだ目をかっと見開いた。


「ぐわっ!」


 魔術士は、呻き声と共に、口より血反吐を吐き出す。

 が、ヴァルへと反撃をしようとはしなかった。

 魔術士の魂はまだ、己の体へと戻ってはいなかったのだ。

 つまり、抜け殻の身体は、ダイレクトに、魂に与えられた衝撃だけを受け止めているようであった。

 ヴァルの放った短剣は、見事に魔術士の魂を天井へと縫い付けたのである。

 魂を縫い付ける。

 老婆のくれた短剣は、確かにヴァルの役に立った。

 これ以上はないほど効果的に。


「これで、しまいだ!」


 ヴァルは、鋭い視線を血を吐き続ける魔術士へと向け、長剣を振り上げた。

 今度は、ヴァルにも剣を止める意志は存在しない。

 剣は、激しい勢いの中、魔術士の体をしっかりと捕らえた。

 直後、肉が切られ骨が砕ける鈍い音が響き渡る。

 そして、どす黒い血がばっと辺りへと飛び散った。

 魔術士のミイラのような頭は、完全に砕かれていた。

 節槫立った体も、頭共々真っ二つである。 容赦のないヴァルの一撃のもと、魔術士は魂と共に砕け散った。


「ロス」


 振り返り、ヴァルが声をかける。

 と、ロスは大きくぶんと首を縦に振って見せた。

 天井に縫い付けられた魔術士の魂は、今や完全に消滅していた。

 いや、魂の中より人のそれと呼べる思考能力は消失していたのだ。

 今、微かに存在するそれは、この屋敷の中をうろうろと行き交う他のものたちと代わり映えせぬものであった。

 もはや人を呪うという力も持たぬ、空気のような存在なのだ。

 言葉の存在せぬ少年の単純な動作は、しかしほぼ明確にその保護者の察するところであった。


「よし」


 ヴァルがゆっくりと頷く。

 長身の保護者を見上げて、ロスはにっこりと無邪気に笑った。




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