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黄金の魂  作者: 向井司
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幽霊屋敷 1


 商業都市ロトシス。

 そこは、人種階級その全ての者がごったに、行き交うところである。

 西のクレイトン公国でも有数の商業の都なのだ。

 外海に近いため、ロトシスの港には常に何隻もの船が停泊している。

 そして、異国よりやってくる船は、いろいろなものをこの町に、つまりはクレイトン公国へと運んでくるのだ。

 それゆえ、港町は露店なども数多く、所狭しと軒を連ねている。またそれらが余計に、ロトシスのにぎやかさを引き立てていた。

 この町では、誰もが成功して大金持ちになれるチャンスがあるのだ。

 町を行き交う人々のほとんどが、その砂粒程もないであろう小さなチャンスを、目をぎらつかせながら探していた。

 そのにぎやかな町並みより幾分外れた、丘へと続く道を、二人の青年と一人の少年が歩いている。

 丘を覆う草原は、花の盛りを終えてはいるが、緑葉が大層美しい。よくよく見てみれば、小指の爪程もない小さな花が、ふんわりと白い蕾を開いていた。

 緑の丘を分けるように道は遠く森の方へと向かっており、その中腹よりやや上の方を三人は上っている。

 彼らの歩みは遠目にはのんびりしているように見えるのだが、実際その三人の間を流れる空気は、和気あいあいといった風ではなかった。


「……だからさぁ、ヴァル。止めといた方が、絶対に無難だって」

「フィカース。なに、トロいこと言ってんだよ。そもそもこの仕事を拾って来たのは、てめぇだろうが。それを今さら、止めろだぁ?」

「そ、それはそうだけど……」


 いきなりヴァルに頭ごなしにそう言われて、フィカスはどんぐりのような茶色の瞳を曇らせた。

 表情がくるくると現れるその瞳のせいで、フィカスはいつも実際年齢より二つ三つは若く見られる。猫っ毛のような短い栗色の髪もそれを手伝っているようだ。

 が、しかし、フィカスの三歩ばかり先を歩くヴァルは、フィカスの持つ少しばかり頼りげな雰囲気とは、全く違うものを持った人種であった。

 艶やかな黒髪は丈を成し、意志の強さがありありと滲み出る、黒曜石のような漆黒の瞳はただ冷ややかに眼前のフィカスを見下ろしている。

 フィカスとて身長は決して低い方ではないのだが、ヴァルはそのフィカスより明らかに頭一つと少しは高かった。

 しかし、ヴァルの体つきは剣士と呼ぶにはいささかどころか随分と細い。

 背に負うやけに身丈の長い剣が、はっきりとアンバランスさを示している。剣を扱う者として、ヴァルは今一つしっくりこない雰囲気を持っていた。

 体の細さについて多少は、フィカスにも言えるのだが、ごく一般的な剣士の基準からは二人とも明らかに外れていた。

 フィカスは今十七で、この先鍛えられる事もあるから、まだ良い。

 が、ヴァルはもう二十四である。

 今さら、余程のことがない限り、彼の体型が変わることはないだろう。

 けれど、体つきに関しては本人も、別に気になどしていないことだった。


「……ねえ、ヴァル。止めといた方がいいって」


 フィカスは、ヴァルの顔色を伺い見ながら、再び先刻の言葉を口にした。

 それに対して、ヴァルは忌ま忌ましげに舌打ちをする。


「いいか、フィカス。オレたちはな、路銀に困ってんだぜ。そりゃ、今日、明日はなんとかなるだろう。しかし、その後はどーすんだよ?」

「だけど、外にも仕事のクチはあるだろ? 何も、よりによって呪術士退治なんかやらなくたって……」


 やだよぉ。

 と、情けない声を漏らすフィカスの栗色の頭を、ヴァルはおもむろに張り倒した。


「ざけたこと言ってんじゃねーよ。んなこと言うなら、てめぇがその外の手って奴を探してきな」


 殴られた頭を両手で押さえながら、フィカスが恨めしげにヴァルを見上げた。


「うっ、うっ……顔は良いのに、なんで口と手癖はこんなに悪いんだよ……」

「うるせー」

 フィカスの文句をぞんざいな一言の元に退けて、ヴァルは歩を進める。


 フィカスの嘆きの通り、ヴァルの美貌は相当なものであった。

 すらりと高い背に、見事に均整の取れ切った一見して華奢にも見える体は、しなやかな優美さすら見た者に感じさせる。それに相応しい面は、神々の祝福を一身に集めたのではないかと思われるほどだ。

 漆黒の髪に黒曜石の瞳は、ヴァルの白皙の美貌をことさらに際立たせていた。

 黙って立っていれば、ヴァルはその美貌で一国すら手に入れられるだろう。

 あくまで、黙って立ってさえいられれば、の話であるが。

 天は二物を与えずとは言うが、ヴァルに関して言えば、確かにそれは見事に当てはまると言えるのかもしれない。

 非の打ち所というものが全くない容姿に反して、ヴァルの気の短さや、口の悪さは相当なものであったのだ。

 その外見より醸し出される優美さは、口を開き一言でも言葉を発したとたん、無残にも打ち砕かれてしまう。

 フィカスも、初めてヴァルに出会ったときは、そのすさまじいとも呼べる落差に驚きのあまり声も出なかったほどだ。


「別にな、フィカス。てめぇがこの仕事から降りたって、オレはちっとも構わねえんだぜ? ロスがいれば、呪術士なんかすぐに見つけられるんだからな。片付けるにしたって、オレ一人で充分だってもんだ」


 自信ありげに言いながら、ヴァルは自分の外套の端っこに引っ付いている少年へと視線を落とした。

 ロスと呼ばれた少年は、ソバカスの散る顔の中の青い瞳を、ヴァルへと真っすぐ向けている。金の巻き毛は、多少すすけていたが、ヴァルはそんなことに頓着せず、少年の頭をかき回した。

 そんな荒っぽい構われ方でも、ロスはにっこりと笑う。

 この口のきけない少年は、どういう訳かヴァルを大層慕っていた。

 人見知りの激しい少年である。

 フィカスに慣れるにしたって、三カ月は優に要したのだ。それなのに、口の悪さ云々を考えれば、恐れて然るべきヴァルなのに、ロスはヴァルに対してだけは、絶対の信頼を寄せているようだ。

 そもそも、ヴァルの後をついてきたのは、そのロス本人の意志であるらしいのだ。


「いつまでも、ぐだぐだうるせーぞ」

「はいはい……」


 ヴァルの言葉に、フィカスは、少々投げやりに返答を返した。



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