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赤い双剣  作者: Nazzon
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第十話:ミルキス、卒倒

 ネンシーは無論そんな事を知るよしもなく、ただ勝利の感覚を噛み締めていた。ここで「感覚」とあり、「快感」などというありきたりは表現を使わなかったのには、多くの理由がある。まず、これがネンシーにとって初めてスタジアムの外で行った殺人であり、つい最近死体を見たときのように少なからずショックはあったし――もちろん、自分で殺したので、そこまで大きいものではなかったが――、しかも大勢の観客と太陽の下ではなく、地下深く、たった二人の観客しかいなかったのも相当な問題だった。読者の皆さんもご存知のように、誰も観ていないサッカー大会、誰も訪れない遊園地ほど虚しいものは無いわけであって、今私が誰にも見つからないように生きているのも同じく相当な問題であり、時間の無駄だと思ってもしょうがない。

 ところが、ネンシーがやってのけたのは観客から喝采を浴びることよりももっと重要なことであったのだ。つまり、時間の無駄ではなかったのだ。しかし、今の所本人はそれを理解していない。いや、後で知ることになるが。

 

 「よくやった」ミルキスはネンシーに歩み寄った。「怪我は無いか」

 「ないわ。たやすい相手だったもの」ネンシーは後ろの死体をちらりと見た。「でも…」

 「分かっている」ミルキスは闘技場を後にしながら行った。「初めてスタジアムでない所で人を殺したんだからな」

 「それもそうだけど…」ネンシーはミルキスの仮面に視線を向けた。「あの黒ずくめは誰なの?」

 「"協力者"だ」ミルキスは静かに言った。「組織と組織をつなぐ使者のことを、我々の世界では"協力者"と呼ぶ」

 「組織?使者?」ネンシーは訊き返した。「我々の世界って…」

 「"地獄の牙"を知っているか」ミルキスは遮った。「巨大な地下組織だ。メッシルムにその本部がある」

 「たしか私が小さい頃、ハレーがそんな事を言ったかも知れないわ」ネンシーは思い出しながら言った。

 「十歳位の頃だったと思うわ。剣の稽古の後に、ハレーが大事な話があるって、私を呼んだの。そしたら、神様を信じるかって、訊いてきたの。」

 「…」ミルキスは黙って聞いていた。

 「そして、信じるって答えたのよ、私。」ネンシーはミルキスが思ったよりも自分の話に聞き入っているのに驚きながら、続けた。

 「そしたら、ハレーは笑いながら、こう言ったの。神様はいるかも知れないし、いないかも知れない。信じてもいいし、信じなくてもいい。でも――」ネンシーは少し間を置いた。

 「でもなんだ?」ミルキスは何故か冷や汗をかいていた。洞窟内は涼しいはずなのだが…

 「悪魔は確実にいる。そこら中の暗がりに、君の背後に、そして…」

 「もう良い!」ミルキスは怒鳴った。ネンシーは口をつぐんだ。ミルキスが怒鳴るのを初めて見た彼女は、またショックを受けた。

 「今すぐハレーの所に行こう」ミルキスはそう言いながら足早に去っていった。

 「待って!」ネンシーは急いで付いて行った。


 ミルキス達がホールに戻った頃は、ハレーだけが椅子に座っており、他の皆はもう部屋に戻ってしまっていた。ハレーはぼんやりとしていたが、二人が戻ってきたのを確認すると、にっこりと微笑んだ。

 「ハレー」ミルキスは呼びかけた。「お前だったんだな!」

 「何の話しじゃ?」ハレーは困惑した顔つきでミルキスに言った。

 「"剣と魔術の闘争"で禁断の魔術を使ったんだ」ミルキスはひとりでに喋りだした。「"奴"の封印を解いたんだろ」

 「"奴"とは?」ハレーは肩をすくめた。「聞き覚えが無いな」

 「いいや、違う」ミルキスはいっそう激しく汗をかいていた。「そこら中の暗がりに、君の背後に、そして…」

 そこまで言うと、ミルキスは卒倒した。全身が青白くなっていた――顔には仮面がついていたので、顔色は伺えなかったが。

 「ミルキス!」ネンシーは倒れたミルキスの元に駆け寄った。ミルキスの呼吸は弱く、速かった。

 「…」ハレーは何も言わずにミルキスのそばに行くと、手首を拾い上げ、脈を計った。

 「どう?」ネンシーは訊いた。

 「わしは医者ではないんだがの」ハレーは手首を戻した。「じゃが、何と無くたいした事は無いと分かった。とにかく、別なところに運ぼう」

 ネンシーはミルキスを担ぎ上げると――この動作は普通女性がするものではないのだが――ハレーに付いて行った。ハレーは何故かここの勝手を知っていた――もちろん、それは実は重大な秘密でもあるが。

 ハレーはネンシーをある部屋まで導くと、そこに置いてあるベッドにミルキスを乗せた。

 「わしは水を持ってくる」ハレーはベッドのそばにある椅子を指差した。「その椅子にでも座って看病しておくんじゃ」

 「分かったわ…」ネンシーはミルキスを見ながら言った。「何でだろう…」

 「あまり考えないようにするんじゃ」ハレーは即座に言った。「世に中には勘違いする奴もいるもんじゃ。では」

 ハレーは部屋を後にした。部屋の中にはミルキスが呼吸する音だけが響いていた。


 ネンシーはしばらく椅子に座っていた。そして、部屋を見渡した。そんなに大きくは無いが、中々快適だし、部屋全体も明るかった。ここはどう言う部屋なんだろう。

 ふと、あるものが目に留まった。ネンシーはそれが何か分からなかった。それも、目を凝らしてみると、何も無いからである。しかし、何と無く気になる。

 一瞬、壁に何かが見えた気がした。ネンシーは立ち上がり、壁の方に近づいていった。

 やっとそれが何か分かった。それは、壁に開いた、つまようじで空けたかのような小さい穴だった。ネンシーはその穴をじっと見つめた。特に変わった所は無い。

 試しにに指を近づけてみた。何にも変化が無かった。ネンシーは思い切って、指先でその穴に触れた。


 皆さんは、火災警報器を押したことはあるだろうか。緊急時は別として、もしもそれがいたずらならば、そのすさまじい音に思わずびっくりしてしまうだろう――いや、私は押したことが無いが…――そしてネンシーはそれと負けず劣らずびっくりする訳である。それがどう言う出来事かは、次の一文ではっきりするだろう。

 

穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴………

ややこしい謎を解明するのは皆さんにはお勧めできない。皆さんにはやはり、今分かっている単純明快な事実に目を向けて欲しい。特にミルキスの部屋の壁のような、ややこしいものには、精神衛生上関わらないほうがいいのだ。

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