四話目『ただの奥様の話。』
ひらがなが多くて読みにくいとは思われますが、わざとです。ごめんなさい。演出だと思って下さいませ……。
木で出来た小さいおうち。
あったかいだんろ。
かわいい窓にモモ色のカーテン。
ひつような分だけある家具は、みんなワタシの旦那さまの手作りです。
ワタシはここでぬくぬくと、旦那さまの愛にひたるのです。
まあるいカゴの中、ふかふかの毛布につつまれて、気分はほっこりゆめみ心地。
旦那さまはごはんの支度をしてるけど、ワタシは器用なおててがないもので、お手伝い一つできません。するどい爪がついた手は、テキをたおす事しかできないのです。
そんなふがいない妻を、旦那さまはおこりません。
「私が作ったものを、美味しそうに食べてくれるだけでいいんだよ」
そう云って笑ってくれるのです。
しあわせ、しあわせ、しあわせ。
優しいワタシの旦那さま、世界でダレより一番ステキ。大好き、大好き、だぁいすき。
ワタシと旦那さまが出会った時の事を、ワタシはよくおぼえていないのです。
体が朽ちてしまいそうなほど哀しくて、頭が焼けてなくなってしまいそうなくらい苦しくて、なにもかもがいやで仕方なかったころだと思います。
けれどその時のことを思い出そうとすると、頭がずきんずきんと痛んでなみだが出るのです。だから旦那さまは、「無理しなくていいんだよ」と云ってワタシの頭をいい子いい子と撫でてくれます。
優しい旦那さまなのです。
気づいた時には旦那さまが側にいて、旦那さまはワタシを愛してくれていました。
痛々しい火傷を負った顔で笑いながら、キレイだよ、かわいいよ、ステキだよ、とはずかしくなるくらいに甘いコトバをたくさんたくさんくれました。
どうして旦那さまはこんなワタシの側にいるのかなと思ったけれど、旦那さまが優しいからどうでもよくなってしまったのです。
その頃のワタシは、大きなからだを持てあましておりまして。ちょっと動いただけでいろいろなモノをこわしてしまっていました。らんぼう者だったのです。旦那さまにふさわしい“しゅくじょ”になりたかったのに、ガッカリにもほどがありました。
でも旦那さまは怒りません。「だいじょうぶ、次から気をつけようね」と優しく云ってくれました。
ちょっと優しすぎる気もします。怒っていいんですよ、旦那さま。
でも旦那さまはちっとも怒らないので、ワタシはなんだか情けなかったのです。こわかったのです。このつよい力で、旦那さまにケガをさせたらどうしようって。
だからがんばって、がんばって、体を小さくできるようにしたのです。ワタシはみんなが使えないとくべつな“魔法”が使えましたから、がんばったら出来たのでした。
これでもう、物をこわさないですし、旦那さまにケガをさせる心配もありません。イチバン小さくて子犬ちゃんくらいの大きさなのですが、初めてせいこうさせて「どやっ」とばかりに見せに行ったら大変でした。
旦那さまったら。床をもんどりうって転がりまくって奇声を上げて大変でした。はなぢも出てたと思います。
いろいろ落ち着いてください、旦那さま。
しばらくの間、ワタシは旦那さまのおひざに抱っこされてすごす事になりました。背中なでなでは気持ちよかったけれど、はなぢを落とすのはごかんべんでした。ときどき変な旦那さまなのです。
ワタシと旦那さまは、いろいろな場所を旅しました。大きなワタシのせなかに旦那さまを乗せて、西へ東へ南へ北へ。この世界で行かなかった場所はもうないでしょう。
だって二人には永遠があったのですから。
男と女はけっこんをします。けっこんをして家庭を持って、子を産んで血をつないで行くのです。
でもワタシと旦那さまは同じ種族ではありませんでしたし、子も望めません。そもそもワタシには性別と云うものもないのです。旦那さまが旦那さまなのでワタシが奥さまをしていますが、旦那さまが奥さまだったらワタシが旦那さまだったのです。だってどちらでもありませんでしたから。
だからワタシたちはけっこんではなくて、“誓約”をしたのです。生きているかぎり、ずっといっしょにいましょうね、ってステキな約束をしたのです。お互いの血をのむ事でかわわされる“誓約”は、けっこん以上に重くって、ぜったいにやぶれないモノでしたから、ワタシと旦那さまは生きているかぎりずっといっしょです。
旦那さまはどうしてか、「結婚した!」って云ってゆずらないのですけれど。なにかこだわりがあるのでしょうか。旦那さまはときどきガンコです。
しかしその“誓約”を交わしたために旦那さまは、死ねなくなってしまいました。なぜならワタシには、全ての生きモノが持つ寿命や死と云う“がいねん”がなかったからです。
どうしてでしょう。ワタシにはわかりません。ワタシは永遠に生きるしかない、死のない生き物だったのです。それがどうしてか、ワタシにはわからないのです。
ワタシがワタシであると気づいた時には旦那さまが一緒で、でも旦那さまはワタシがどこで生まれて、出会うまでの間どうやって生きていたか知りませんでしたから、だれにも分からないのです。
死のないそんざいは、生きていると云えるのでしょうか。生き物はみな、死ぬために生きていると頭のよい人が云ってました。ならば死ねないワタシは生きていないと云う事なのでしょうか。ワタシはなんなのでしょうか。考えだすと苦しくてかなしくて、わけが分からなくなって、どうしようもなくなってしまいます。
でも旦那さまが優しい顔でワタシを撫でて、「リチェはリチェだよ、心配しなくて大丈夫」と抱きしめてくれるので、最近はどうでもよくなってきました。旦那さまが優しいせいです。ワタシを殺すほどに優しいから、ワタシはそれにおぼれてひたって何も考えなくなってしまうのです。
旦那さまがいればいいと、そう思うようになってしまいました。
ワタシは悪い子でしょうか。
ワタシには大事なお仕事があったと思うのです。思い出せないのですけれど、たしかに大切なお役目でした。ワタシが“生きる”意味そのものだったと、そう云うお仕事だったはずなのです。
でも今のワタシは、それを思い出したところでお仕事にもどれないと思います。だって旦那さまが何より大事で大切で、旦那さま以外はどうなったってどうでもいいなぁと思ってしまうようになってしまったからです。
旦那さまがいれば充分です。旦那さまがいてくれれば、それだけでワタシは満たされて、もう何もいらないのです。あ、でも、旦那さまが作ってくれた美味しいごはんは欲しいです。ワタシの旦那さまは料理上手な人ですから。ごはんは大事なのです。うまうまです。
良いにおい。今日はうさぎのお肉のしちゅーです。新鮮な牛乳が手に入ったと云っていましたから、まっ白トロトロうさぎしちゅーです。煮込んだお肉はやわらかくってうまうまなのです。お野菜も好ききらいしないで食べますよ。ワタシは旦那さまのよい奥さまなのですから。
そうしてうとうと夢見心地。ここはどちらの夢番地? そんな気分でしたが、おうちのトビラがとんとんたたかれて目が覚めました。
あらあら、どちらさまでしょう?
「リチェごめ~ん、手が放せないや。出てもらっていい?」
『はぁ~い』
頭をぷるぷるお目目ぱちぱち、ねむねむなお顔をしっかりさせて、旦那さまのお願いにへんじをしてトビラへとひとっ飛び。
ここは深い深い森のおく。いったいどなたがいらしたかしら。
おぎょうぎ悪いけれど、足でとってをつかんでひねって開けたら、お知り合いがたってました。
『あら、シツジさん。こんばんは』
「奥方様、こんばんは。このようなお時間に御無礼致します」
『いえいえどうぞ。おはいり下さい』
とびらの外には礼服をきたすてきなお兄さま。旦那さまのおともだちの魔王さんのシツジさんです。
ワタシも何度かお会いした事があるのですよ。魔王さんのおうちへ遊びに行くと、いつも笑顔でむかえて下さるのです。シツジさんがいれてくれるお茶はとってもおいしいのです。旦那さまが作るお菓子と合わせるとさいきょうなのです。
シツジさんは旦那さまに「御夕飯の時間に、申し訳ありません」とごめんなさいしてますが、ワタシも旦那さまも気にしません。むしろごはんをかこむ人はおおい方がよいのです。なのでシチューをお出しして、いっしょにごはんにいたしましょう。
あつあつシチュー、おいしいですね。シツジさんも長いおみみをぴこぴこさせて「美味しいです」と笑ってくれてます。おいしいごはんを前に、ワタシたちは平等なのですよ。
ごはんをいくらか食べすすめたところで、シツジさんはおはなしを始めました。
「急ぎお伝えせねばならない事がありまして……」
「何でしょう? ドン君に何かありました?」
「えぇ、実は、陛下がとんでもない事を」
『あらあら』
「ドン君のやんちゃはいつもの事な気がしますけど」
「今回はこれまでの“おいた”とは違います」
シツジさんは少し顔色がわるいようです。おちゃをすすめると、ちいさく笑ってお礼を云われてしまいました。たいしたことではありませんよ。
「……『勇者』と“誓約”を結ぶと仰られたのです」
「つまり結婚ですか! おめでとうございます!」
「いえ、結婚じゃなくて“誓約”で」
「同じ事ですよ! ついに二人が結ばれる訳ですねこれはめでたい!」
『おいわいしなくちゃですね、旦那さま』
「そうだねリチェ! 御祝儀いくら包めばいいかなぁ!」
そこでハタ、と旦那さまの動きがとまります。どうしたのでしょう?
「あれ、あの二人って男同士だよね? 男同士って結婚できたっけ?」
『ちがいますよ、旦那さま。魔王さんは男女両方で、勇者さんはワタシといっしょでどっちでもない人ですよ』
「あ、そうだったそうだった。普段ドン君ハンサムだし、リヒト君はあれだから忘れてたー」
むかぁしダレかから聞いたのですが、魔王さんは“男の罪と女の業、全てを背負う者”だから男と女どっちでもで、勇者さんは“全ての罪悪から解放された無垢な者”だから性別がないんだそうです。ワタシとおそろいの勇者さんがムクなら、ワタシもムクなのでしょうか。ちょっとテレてしまいます。
あのお二人がけっこんしたら、どっちが夫でどっちが妻になるんでしょうか。すこしヤジウマ的な好奇心がウズいてしまいますが、人さまの“こいじ”に首をつっこむと二角獣にけられて死ぬそうですからヤボはやめておきましょう。二角獣こわぁいです。
「あの二人、あきらかに相思相愛なのにさー。いつまでもなぁんか遠慮しててくっつかないから心配してたんだぁ」
「……はぁ。ユウリ様はそう仰ると思っておりました……」
「あれ、どうしたの執事さん。顔色悪いですよ?」
「いえ、こちらの事情ですので……」
シツジさんの顔色が青白くなってますが。ご本人はだいじょうぶと云いはるので困っちゃいます。
「結婚式いつ挙げるんですか?」
「挙げません」
「地味婚ってやつかー」
「……。それでですね」
「はいはい?」
『なんでしょう?』
「御夫婦は、なるべく遠くへお逃げ下さいませ」
とつぜんの言葉に、ワタシたちは目をぱちくり。どうして逃げなくてはいけないのでしょう?
「『魔王』と『勇者』がどんな理由であれ、手を結びました。“世界”の理に反する大罪です。何が起こるのか、我々にも判断がつきません。最悪、“世界”が滅びます」
「……」『……』
「ですが、“世界”が滅んだとしても、理と秩序から外れた存在である貴方方ならば生き延びれる可能性が高い。故に、魔王城から出来得る限り遠くまでお逃げ下さい。我が陛下と『勇者』殿は、それを強く望んでいます」
「反対しないんですね」
「え?」
「世界が滅ぶってわかってるのに、ドン君の決定に反対しないで、受け入れるんですね」
旦那さまのしずかな声に、シツジさんはおおきく目を見開いて、それからかなしそうに笑いました。かなしい時まで笑う人です。
「魔王陛下は初代より継続された、永遠の存在です。我らはそれを善しとしました。“正しき事”であると。それが当然であって、我々は永遠である陛下に永久の忠誠を誓い続けていればよいと。それだけで善いのだと。そうそう考えて、代々お仕えして参りました。我らの世代が変わろうと、途切れる事はない鋼の誓いです。ですがそれは最早、陛下にとって御負担にしかならぬようです。ならば我々は陛下の決定を受け入れ、共に滅びる事に致しました。これ以上は無理だと陛下が仰るなら、そうなのでしょう。我らに出来る事はただ、是と頷いて従う事のみです」
「世界が滅べば人間も滅ぶしねぇ。目標は達成できますね」
「そうなんです。我らだけが滅ぶのは業腹ですが、人間も一緒に滅びますから。“善い終わり”でしょう。……最初は混乱しましたけどね。陛下のお言葉を聞いていたら、それでも善いと思えたのです。あの方の言葉は、やはり我々にとって絶対なのですよ」
シツジさんはにっこりと笑うと、旦那さまとワタシの手をとり、つよく握りしめました。シツジさんは魔人さんでもありますから、ワタシの爪でも簡単に傷ついたりしないので安心です。
「長年、陛下とご友人であって下さり、誠にありがとうございました」
「お礼云われる事じゃないです。私達もドン君が大好きでしたから。ね、リチェ?」
『はい。大好きなお友だちです。だからおわかれ、さびしいです』
「うん、そうだね。でもリチェ、きっとこれで良かったんだよ」
旦那さまがほほえみます。優しいえがお。ワタシのだいすきな、笑顔です。
「私達は永遠を是としたけれど、ドン君は違ったみたいだから。それに、世界が終わったとしても、ドン君達は大丈夫さ」
『どうしてですか?』
「私のおばあちゃんが云ってたんだけどね、人は二度死ぬんだって。命が終わってしまった時と、忘れられてしまった時。忘れられてしまった時、本当に人は死ぬんだっておばあちゃん云ってた」
シツジさんににぎられていない方の手で、旦那さまがワタシの頭をよいこよいこします。あったかいやさしい手、だいすき。
「だから大丈夫。私達はドン君の事もリヒト君の事も執事さんの事もこれまで関わった人達全員、忘れずにずっと覚えてる。だから世界が滅んだって、何も怖い事なんてないさ」
『そうですね、そうですね、旦那さま』
旦那さまが怖くないなら、ワタシも大丈夫。旦那さまが云うとおり、ワタシは旦那さまと出会ってからあった事をぜんぶ覚えていますから、何も怖いことなんてありません。
ワタシたちは永遠を生きます。
終わりのない生をつづけて生きます。
そのワタシたちが皆さんをおぼえているのですから、皆さんも永遠なのです。きっとそうなのです。
だからシツジさんも、泣きそうな顔しないでくださいな。ね?
「情けないのです、我々は」
「はい」
「陛下を守り支えているつもりで、ずっと守られてばかりで。誰よりも敬愛している方が選んだ結末を受け入れる事しか出来ない無力さが、いつだって憎くてたまりません」
「ドン君は、そんな事思ってないですよ」
「はい、陛下はお優しい方ですから。我らの無力さも無様さも全て許して、笑って下さるのです。それに甘え続けた我々は、共に終わる事でしか忠誠を示せません。あの方を真に幸せにして差し上げる事も出来ません。貴方方ならば陛下を救って下さるのではないかと、勝手な期待すらしてました。こうしてここに参ったのも、貴方方なら陛下を止めて下さるのでは、もっと善い未来へ導いて下さるのではと期待していたのです。申し訳ありません」
「お力になれず、申し訳ないです。私達は、そんな、大層な存在ではありません」
『ただの人と、ただの竜の夫婦なのです』
「ふ、ふふ、そうですね、そうでした。有難うございます。――最期まで、貴方方は優しかった」
シツジさんは冷えてしまったシチューをぺろりとたいらげて、泣きながらおかえりになりました。親しい人がないてるのは哀しいのです。でもワタシたちも万能ではないのです。
「明日世界が滅んじゃうのかー。急だねぇ、リチェ」
『そういうものですよ、旦那さま』
「そうか。そうだね。……今日はもう寝ようか。明日になったら、遠くへ行こう。空に居た方がいいかな? あ、でもリチェの負担になっちゃうかー」
『ワタシならだいじょうぶです、旦那さま。十日つづけてとんでいられますよ』
「頼もしいなぁ、私のお嫁さんは」
ワタシを抱きしめて、旦那さまはわらいます。ぬくぬくあったか。毛布よりも、旦那さまのほうがずっとあったかいのです。
「……終わってしまうのは、寂しいけれど」
『はい?』
「きっとドン君たちは、幸せだろうねぇ」
旦那さまはとおくとおく、魔王さんのおうちの方を見ながら呟いて、ワタシのおくちにちゅっと口付けをしました。いきなりでびっくりです。旦那さま、はれんち!
「愛しい人と一緒なら、世界の終わりも悪くないよ」
『そうですね、旦那さま』
それに世界がおわっても、ワタシたちはずっといっしょですから。
かなしくないんて、ないですね。
これで終わる予定だったのですが、後一話……おまけ的な話がつく事になりました。
相変わらずうそつきです。すいません。予定は未定……!←
それが終わったら後書きついて今度こそ本当に終わりです! 待って下さってる方がいらしたら、もう少々お待ち下さいませー!