序章『ただの村人の話。』
悲鳴と怒号が交差する。耳を劈くはずのそれらは、燃え上がる炎の轟々云う唸りと、パチパチと爆ぜる音に呑みこまれて遠くに思えた。
ここは、王都から遠い穏やかな村だった。戦争とは縁遠く、周辺に生息する魔物達も弱くて、平穏だけが取り柄のような、そんな村だ。
そんな村だから、住む人々も同じように温和で、優しい人達ばかりだった。誰かが困れば皆で手を差し伸べて、皆が困ればどうにかしようと誰かが足掻く。そんな、村、で。
その、優しい村が、炎に焼かれて消えようとしている。
嘘のような現実だ。夢のような事実だ。幻では無い、真実だ。
これからどう行動しようと、村の消滅は免れない。ここまで徹底的に破壊されたのだ。ただの村人達に再生など不可能だ。そもそも、生き残りがどれだけ居る事か。遠くに聞こえる叫びからでは判断が出来ない。きっと知れば、恥も外聞も投げ捨てて泣き叫ぶほど、少ないのだろう。
彼は―――幸運にもまだ火に巻かれて居なかった。崩れた家の下敷きにもなっていない。怪我と云えば、熱風にさらされた肌が負った軽度の火傷くらいか。
彼は、乾いた土の上にぺたりと尻を付き、目の前の光景を只管に見つめていた。
逃げ道はまだある。立ち上がり身を翻せば、背後に活路があるのだ。しかし彼はそれに気付く事もなく、一心に目の前の光景を見つめていた。
いや、違う。彼は目の前の“光景”を見て居たのではない。ある一点へのみ、ある種の情熱すらこめて、視線を注いでいたのだ。
そこにあるのは、この絶望を作り出した存在だ。
圧倒的な、村人には抗えない絶対的な力を持ってして、この村を破壊した存在。
その、憎悪や怒りをぶつけるべき対象を、彼は、熱のこもった眼差しで見つめ続けていた。
死を齎す炎は、じわりじわりと彼へと近づいて来ている。先ほどまであった活路も、最早消え失せた。まだ赤い悪魔達との距離はあるものの、それも時間の問題と云うものだ。彼の死は、確定的と云って良かった。
それでも彼は、嘆きの片鱗すら見せず、ただ、絶望そのものを見つめている。
僅かに開いた口から、ほぅ、と吐息が零れた。それは、恍惚と云ってよい、艶めいた吐息だった。“絶望”をよく見る為に見開いていただろう目を細めて、今度は笑みのような顔すら作ってみせた。
――炎の中で、彼は確かに、笑ってみせたのだ。
ふと、“絶望”が彼を見た。
煌めく黄金の眼が、確かに彼を見たのだ。
“絶望”に抗う事すら出来ず、ただ死にゆくだけのちっぽけな生き物を。
道端の石を見るようにでも、燃えて消える塵屑を見るようにでもなく、確かに、人間として。
黄金の眼が、大きく見開かれた。
零れ落ちそうだなと、彼は思う。
そして、もし落ちてしまったら受け止めてあげようと、掌を上に向けた状態で、両手を掲げた。
何も持っていないのに、それは、何か大切な物を捧げているように他者には見えただろう。
彼は思う。
迫りくる死の中、“絶望”に見詰められたまま、想う。
(嗚呼――)
その存在は、なんて、
「きれい、だ、……」
焼けた咽喉から出た擦り切れた声が、そう呟いて。
彼はぱたりと倒れて、意識を失った。
初めての創作作品です。
拙いはじまりですが、宜しくお願い致します。




