お別れの日が
inspired by チャットモンチー/サラバ青春
窓から差し込むオレンジ色の夕陽が、絵里子の髪を赤く染めていた。
教室の最後列に置かれたその席で、彼女は毎日の授業を受け、友人たちと昼食をとり、午後はうとうとしたり、今みたいに窓の外を眺めたりしながら、学生生活を過ごしてきたのだ。柄にもなく、センチメンタルな気分に浸っているのかもしれない、なんて、月並みで古臭い言葉で表現したら、きっと彼女は怒るだろう。柄にもなく、に気付いたら、もっと膨れるはずだ。
「学校に行かない? 道忘れちゃってるかもしれないし、そうしたら明日困るじゃない。」
絵里子がそんな提案をしたのは、今日、三月四日の昼過ぎのことだ。三年間通った道を、たったここ一カ月で忘れるはずがないし、そもそもその理屈だと、夏休みのたびに学校への道を忘れてきたことになる。それでも、大学受験者のための三年生の登校禁止期間が、高校生活の終盤に位置している僕たちにとって、どこかもどかしいものに感じられていたことは事実だったから、僕もその提案に乗った。まだ国立大学の二次試験は終わっておらず、それに向けて努力を続けている友人もいるが、僕たちは二人とも、それぞれの進路を――、僕は地元の大学に推薦入試で進めることになり、彼女は東京の専門学校に進むことを決めていたから、この期間は、すっかりモラトリアム状態で浮ついていた。
駅前から、学校まで、絵里子は迷うそぶりすら一切見せなかった。言い訳じみた理由づけなんて、もう忘れてしまっていたのかもしれない。いつも通り、ただ、いつもより心なしか早い足取りで、僕たちは下級生が下校のために出てくる前に、校門をくぐった。
五限の授業が行われているはずの学校は、静かだった。映像と音は今までずっとセットにされていて、学校と言えば、いつもざわついているのが僕の中のイデアだったから、それは新鮮で、どこか奇妙な感覚だった。玄関に掲げられた時計の針は、午後二時四十分を示している。それは授業が始まったばかりだということと、あと一時間弱は、学校にもぐりこんだスパイみたいに、僕たちが勝手に校内をうろつけることを意味していた。
それから、僕たちは階段できるだけ静かに上って、偶然にも使われていなかった音楽室へ入ってみたり、窓から姿を見られることを気にしながら、美術室の中を歩き回ったりした。考えてみると、音楽室にも美術室にも、それなりに高い楽器や教材があるはずなのに、誰でも勝手に入れるような状況は、セキュリティ上の問題がかなりある気はする。けれど、そのおかげで、僕たちは小さな探検を成功させられたのだから、文句は言わない。
その小旅行の、最後にやってきたのが、一年を過ごしたこの教室だった。掲示されていたさまざまの学内通信などが、綺麗に剥がされていることに、多少の感傷を覚えているうちにチャイムが鳴り、俄かに校内が騒がしくなった。その後、すぐに部活動が始まったようだが、誰もこの教室に来ることはなかったので、僕たちは各々いろんな位置の席から黒板を眺めてみたり、机の落書きを探してみたりした。途中、誰かの机の中に入っていた参考書を勝手に読んだ絵里子が、パブロフの犬がどうとか、地球の自転がどうとか言っていた。
そういうわけで、ひとしきりやりたいことをし尽くした僕らは、ただ、それぞれが一年間お世話になった席に座って、窓の外を眺めている。
三月初頭のこの時期は、日もまだ短く、気がつけば空の端は紫色に染まっていた。
「もう終わり、かー。早かったね、三年って。」
絵里子がおどけるように小さく笑いながら、僕を見た。僕は何も言えなかった。
早かったね、なんて簡単なオウム返しの言葉で彼女に同意することは、確かに簡単だったけれど、そうすることが正しいようには思えなかったからだ。ひっそりとした、静かな時間が流れていた。やがて僕は彼女から目をそらし、気取るように夕暮の空に視線を移した。
「このまま、終わっちゃうのかな。」
高校生活は、絵里子と過ごしたこの街での時間は、もうすぐ終わってしまう。今思い返してみると、それは、イベントにあふれた、充実した三年間だった、と胸を張って言うことはできないような気がする。ただ毎日は淡々と過ぎて、その中で、二人笑うこともあったし、腹立たしいことだってあった。何でもない時間が、三百六十五×三、マイナス少々の日々を埋め尽くしていただけだ。それはお互いを完全に理解するには短すぎるし、理解できないと割り切るには長すぎる時間で、ひょっとすると三年が何十年になっても同じかもしれない。
「卒業式、やっぱり泣くのかなあ。みんなも、私も。」
少しずつ、確実に日没に近づく空に、飛行機雲が続いていた。まだ、「人生について語る」なんて大それたことをするには、僕は若すぎると思ってはいたけれど、飛行機雲は、僕らの人生に似ていると思った。ずっと続いているように見えても、時間が経てば、尻尾の方からだんだん消えていくのだ。今はまだ、この三年のことも、中学生の頃のことも、小学生の頃のことさえ、記憶の中に生きている。でも、大学生になったらどうなるだろうか。小学生だったとき、自分の夢が何だったかなんてことを、しっかり覚えていられるだろうか。社会に出て、働くようになったら、その確率はもっと下がるように感じる。そうやって、だんだん、昔に描いた雲は消えていくんじゃないだろうか。そうして最後に、飛行機が着陸する頃には、きっとこの瞬間のことさえ、記憶から消え去っているかもしれない。
「あ、ほら、校歌じゃない? 吹奏楽部、練習してるみたい」
放課後の学校で耳を澄ますと、いろんな音が聞こえてくる。吹奏楽部のロングトーンも、演劇部の発声練習も、グラウンドで練習中の部活のさまざまな掛け声も、すべてがオレンジ色の中に包まれている。絵里子の言うとおり、いま聞こえてくるのは、未だまともに歌詞を覚えられていない校歌だ。特色と言えるほど、大したものかは分からないが、この高校では、入学式や卒業式などの機会には、吹奏楽部が校歌の伴奏を行う。明日のために、一応、練習しているのだろう。
「――なんだっけ、絵里子の、あの、楽器。」
彼女は去年の夏まで吹奏楽部に所属していた。今日も、真っ先に音楽室へ向かったのは、もしかするとそのためかもしれない。何度聞いてもはっきりしない名前の楽器、ユートピアだかプルトニウムだかを持って、彼女は部活動に汗を流していた。
「ユーフォニウム。三十回はおんなじこと聞かれた」
呆れ気味に答えてくれた絵里子の言葉を聞き、ああ、そう言えば、そんな名前だったかもしれない、と答えると、彼女は苦笑した。けれども彼女だって、僕が好きなロック・バンドの名前ひとつ、きちんと覚えてはいないのだ。
「でも――、六年間やったけどさ。もう、さよならだね」
中学時代から吹奏楽を続けていた絵里子のことを、その、ユーフォニウムは、僕よりよく知っているかもしれない。なにしろ、僕よりもずっと早く、彼女の唇を奪ったということもある。だからきっと、その彼に不本意ながらさよならなんて言うのは、とても辛いことだと思えるし、相思相愛である以上、そうする必要はないはずだ。僕はその旨を、続けたらいいじゃないか、という言葉で彼女に伝えた。
「そうしたいけど、たぶん、そんな時間ないよ。専門、忙しそうだし。」
専門学校のカリキュラムというのが、一般に、大学よりもずっと密度の高いものだということは、知識としては知っていた。とくに絵里子の進む分野では、それが顕著だということも、わかってはいたのだけれど、実感には、僕と彼女の間に大きな違いがあるようだった。
僕は、おそらく大学でも軽音楽のサークルに入って、適当にベースを弾き続けるだろう。きっとその楽器に対する思いは、絵里子の方が強いはずなのに、僕には練習の時間があり、彼女にはそうではない。それは単に不条理という言葉で片付けられるよりも、お互いの進む道の違いが、こんなところでも現れてしまったと考えられるべきことだろう。彼女は、そのことで、何か恨み事を言うわけでもないし、おそらく彼女の人柄からすれば、考えもしないように思う。けれども、だからこそ、僕は、そっか、と返すことしかできなかった。
「まあ、入ってみないとわかんないけど。もしかしたら、実は全然暇で、逆に困らせるかもしれないしね。」
絵里子はシーンを切り替えるように、声の調子を上げて、そう言った。困らせる、というのは、「暇だから」という理由で朝方連絡してきて、こうして一日を過ごさせた今日のようなことが、また起こるという意味だろう。
「呼ばれても、そっち行くまで電車三時間はかかるけど。待っててくれるなら、行くよ」
絵里子は三時間という言葉に、わざとらしく悩んだような顔をした。
「三時間かー。……うーん、無理かも。」
僕に予知能力がない以上、今日呼ばれるかもしれない、ということを見越して、電話やらメールやらを受けてから、実は東京に来ているというサプライズは演出しにくい。三時間が無理となると、彼女の気まぐれには応えられないかもしれない。
「じゃあ、急いで、二時間で頑張る。」
どう頑張るのかはともかく、そう言った。
「二時間も長いなあ。」
どうにも、今日の絵里子はとくに意地が悪い。ヘリコプターでも拾わない限り、なかなかそれ以上のタイム短縮は難しい。悩んでいた僕に、絵里子は笑って言葉を向けた。
「一時間半で会えるよ。一時間半、九十分かける、二で、会える。」
一般に言って人間は、単純なことほど、難しく考えてしまうもので、僕は絵里子の言っていることの意味をつかめなかった。その意味をようやく理解したのは、ひょっとして、やや恥ずかしいことを言ったかも、と思った絵里子が、顔をわずかに赤くしたときだった。
「――、そのセリフ、温めてたわけ?」
反撃、いや、追い打ちのように、僕は皮肉っぽい返事をした。それは、僕まで、顔が熱くなってくるのを感じたからだ。絵里子は顔を机に伏せて、試合終了とばかりに手をぶんぶん左右に振り回していた。僕はその様子を見て、記者気分で仰々しく質問を続ける。
この教室に入ってから僕らは、卒業式前日の空気、さよならの雰囲気とでも言うべきものに囚われかけていたけれど、この一瞬、日常に戻った気がした。何でもない普通の日、綺麗でも整ってもいないただの日、特別なことも何にもない、ずっとこのままが続くと思えた日。けれども、そんな日が、本当は記念日だった。気付けたのは、卒業を目前に控えた今ごろになってしまったけれど、これからも、そんな記念日は続いていくんだ。
変わらないものが、あると思った。これから大人になれば、ルールを破るときのドキドキの気持ちもぜんぜん持つことなく、お酒もぐいぐい飲めるだろう。そうなることを、不安に思ったこともあった。大人になるってことは、空が飛べなくなるってことのように思えて、成長することを拒絶したいときもあった。だけど、もし大人になっても、二人でなら飛べる気がする。普通の日の、普通の会話と、普通の目線があれば、妖精の粉は要らない。
僕はさっき、人生は飛行機雲だなんて言った。その説明は、我ながら、かなり真実に近いように思う。人がだんだん忘れていくことは、事実だ。ただ、一点付け足すとすれば、飛行機雲を構成する水蒸気は、いつだって世界を巡っているということだろう。飛行機雲は消えて見えなくなってしまっても、何年もあとに傘をさして歩いた日、同じ分子の水分が僕らの目の前を通り過ぎるかもしれない。同じように、なくしてしまった記憶が、何かのきっかけで、それは特別なことなんかじゃなくって、本当に日々のワン・シーンの中で、ふと手元に戻ってくることだってあるに違いない。今日のこのことを、僕は三カ月後、忘れているかもしれない。けれども、五年後に、同じように夕焼けの綺麗な日、絵里子に会えたなら、そういえばあの頃は九十分×二で……、そんな笑い話をするかもしれない。
青臭かったこの日々には、そろそろさよならをしなければいけない時間がくる。それは、消えてなくなるわけじゃなくて、一時の別れだ。ふとしたときに取り戻すことができれば、手元から離れた思い出も、いつだって引出しにあるのと同じなのだ。
だから僕は惜別なんて言葉じゃなしに、高らかに言える。サラバ青春、と。
チャットモンチーさんの楽曲『サラバ青春』より着想。
曲のイメージに少しでも近づけていたらと思います。