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第6話 遠雷

やはりそうだった。圭一は火事の直前、竹沢に電話したのだ。

ひと跳ねした佐々木の心臓はさらに鼓動を早め、体中の血がざわめいた。


竹沢がサークルのPCデータやバックアップをすべて消去し、完全に『ビアンカ』を封鎖してしまった時期と重なる事から見て、その電話が無関係とは思えない。

全ての痕跡を消すきっかけとなった圭一の電話が、何気ない内容のはずは無いのだ。

考えられるのは今のところ二つ。

『親にビアンカの存在を知られた』、あるいは、知られたことに寄って逆上し『親に手を掛けてしまった』。


ただ想像の域を脱していないのが悔しく、そしてこんな話を提供してくれる春樹という少年が、圭一に何の疑いも持っていないらしいことが腹立たしかった。

つまりは、春樹は兄の事について、全く情報を持っていないと言う事なのだ。


「竹沢とは、電話でどんな話をしたんだろうね、圭一くんは。僕は竹沢とはほとんど喋ったことがないんだけど。他愛の無い話だったんだろうか」

「警察の人が、その竹沢って人にもしつこく話を聞きに行ってたみたいです。内容は全く教えてもらってませんが。もう一人の女性のほうも、警察に怒っていました。根ほり葉ほり聞かれたといって」

「女性? それは春樹君の知り合い?」

「ええ、まあ」

「その人には訊いたの? 最後に何を話したか」

「久しぶりに帰省したから、近況報告をし合っただけだと言っていました。どうでもいい雑談だったって」


まさか。そんなことがあり得るだろうか。

佐々木は焦りが表情に出ないように、極力気を使いながら、もう少し踏み込んでみた。

「どっちの電話が先だったのかな。その、女の人と、竹沢と」

「・・・さあ」

「その電話ってさ、圭一くんから掛けた電話?」

春樹はその時初めてちらりと訝るような目を佐々木に向けた。


「ええ・・・。兄の携帯からの発信です。着信の方は、サーバーに残らないんだそうで、掛って来ても調べられないそうで。でも・・・どうしてそんな事を?」

「あ、いや、気に障ったらごめんね。細かいことが気になる性分で。この性格はどうも直らなくてね。友人にも煙たがられてる」


ここまでだな。佐々木は思った。


春樹が兄の犯罪を何一つ知らないらしい事は大きな痛手だが、もしかしたら重要なメッセージを聞いたかもしれない二人の人物が分かった。

一人はやはり竹沢。こちらの鉄壁は崩せそうもないが、もう一人の女は・・・。


「春樹君。いろいろありがとう。突然お邪魔して申し訳なかったね。でも、お陰で僕も気持ちが少し落ち着いたよ」

佐々木はそう言って立ち上がると、ローチェストの上に置かれた親子3人の写真に、形ばかり手を合わせた。

生真面目そうな顔をして、口元だけ微笑んでいる圭一に一瞥を送ると、すぐに佐々木は目をそらした。


「いえ、こちらこそ。わざわざ訪ねて来ていただいて、すみません」

柔らかい口調で春樹は言い、小さく頭を下げた。礼儀正しく育ちの良い、きっと誰からも愛される子なのだろう。

けれどその穏やかな表情は何も知らないからなのだ。自分の兄圭一の鬼畜じみた所業を何も知らないが故の平安なのだ。

君は知らなければならない。事実を。兄がやったこと全てを。


「でも、圭一くん、帰省して電話を掛けるっていうことは、きっとその女性はとても仲の良い人だったんだね。彼女かな。だとしたら、その人も相当なショックだったろう。元気にしてらっしゃる? まだ、春樹君とも交流がある人なのかな?」

「はい、元気にしてます。今は僕、一緒に仕事をしていて。彼女には、とても世話になってるんです」

「そう・・・。一緒に仕事を。それは心強いね」

佐々木は沸き上がるモノを押さえながら、満面の笑みを浮かべた。


             ◇



少し遅くなってしまったな。

美沙はちらりと壁の時計を確認したあと、デスクのPCを閉じ、帰る用意を始めた。

最近は仕事の依頼もさほど多くはなく、今日も春樹を定時の5時半で家に帰した。

この先、春樹と二人で事務所を存続させていくのならば、今まで敬遠していた浮気調査、素行調査等も視野にいれなければならない。

そう考えて美沙はなるべく空いた時間に、それに伴う調査方法、機器類の検討を進めていた。


留守電に切り替えようと、デスクの電話に手を伸ばした瞬間、コールが鳴り響いた。

「はい、立花探偵事務所、鴻上支店です」

こんな時間に依頼だろうかと頭の隅で思いながらペンを掴んだ美沙の耳に、一拍置いて男の声が響いてきた。


『戸倉美沙さん? まだ帰らないの? ずっと待ってんのに。残業は体に悪いよ?』

少し押しつぶしたような濁声の奥に、粘着質で嫌らしい響きを感じ、美沙の背中に悪寒が走った。

「どなたですか?」

おおよその見当はついていたが、美沙は毅然として声を出した。

『さあ、誰でしょう。分からない所を見ると、留守電もちゃんと聞いてないみたいだね。冷たい女だな。本当に冷たい女だ』

美沙は最後まで聞き終わらないうちに、受話器をガシャリと強く置いた。


忌まわしいモノがそこにあったかのように、受話器を睨みつける。

心臓がバクバクと激しく音を立て、自分が動揺していることに気付かされると、更に腹立たしさが込み上げてくる。

唇を噛み、そばに置いてあったバッグを手に取ると、逃げ出すように事務所を飛び出し、そして鍵を掛けようとドアを振り返った。


けれどそこで再び美沙は凍り付いた。

その扉にはB5くらいのザラ紙に、乱れた赤い文字が書き殴られ、ガムテープでしっかり貼り付けてあった。


《美沙さん、いつもあんたを見ている。ずっとあんたを追いかける。あんたが欲しくてたまらない》



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