第5話 3年前の検分
《天野一家の火災事故と、お前の妹が被害にあった児童ポルノ犯罪。もしも関係があったら、凄いことになるな。》
そんな話が出たのは、つい2週間前。
仕事帰りの居酒屋でバッタリ出会った昔のバイト仲間、根津との会話の中でのことだった。
階級は巡査部長だが、現在は鉄道警察に配属されているという根津に、酒が入るとブレーキが効かない佐々木はつい、警察への不満を吐き出したのだ。
歳の離れた自分の妹、七海が4年前、公衆トイレでの画像を鮮明に盗撮され、ネット上で売買されたこと。
その画像が誰かの悪意により、入学してすぐの中学校校内に張り出され、妹は登校拒否及び、心身症に陥ってしまったこと。
そして結局警察は、そのネット販売グループを突き止められず、根ほり葉ほり妹から盗撮された状況を聞き出し、心の傷を深めることに一役買っただけだったと言うことを。
「盗撮の線からは浮かび上がって来なかった訳?」
と、根津は神妙に渋り顔を作った。
「画像を盗撮して売りつける奴らと、ネット販売グループは全く別だから。生活安全課の方で同時期、一斉捜査を仕掛けたらしいが、一匹も網に掛からず仕舞いだった。
どうやら『ビアンカ』という名のファイル共有ソフトで、首謀者と客とが繋がっているらしいと言うことまでは掴めたが、そこまでで終了さ。引き続き捜査をするとは言いながら、結局は他の雑多の中で有耶無耶になるんだ。
七海はその2年後、命を絶った。一昨年だ」
「かわいそうに・・・。しかし、難しいだろうな。ファイルを隠す手段はいくらでもあるし、立件までなかなか辿りつかない」
「なんとか自分で見つけてやろうと思ってね。『ビアンカ』を頼りに懸賞金まで掛けて、ネットで情報を集めたよ。本当かどうか分からん情報が山ほど入ってきたさ」
「それで?」
「帝都大工学部。ここのサークル内の動きが怪しいと、リークがあったんだ。信憑性の有る内容だったから、もしかしたら内部告発だったのかもしれない」
「じゃあ、もう、分かったも同然じゃないか。警察へは?」
「通報したよ。だけど遅かった。捜査が入った10日前、そのサークルは解体され、使われていたPC全てがフォーマットされていたんだ」
「それ自体おかしな話だろう。そこのリーダーを取り調べるとか、何かできなかったのか?」
「何の証拠もないからね。警察にも強制力は無いし、すべて協力という形で任意に話を聞くことしか出来なかったらしい。サークルリーダーの竹沢雅人って男はロボットみたいに冷徹な面をした、頭の切れるヤツでね。何を聞かれても理路整然と正当なネット通販研究、開発サークルだったと主張するし。
サブの天野圭一は、その少し前に自宅の火災で焼け死んだっていうし」
「火災で?・・・3年前だよね?」
「実家に帰省中にね。なにも、そんな時期に死ななくってもいいのに」
「天野圭一? もしかして4人家族で、3人が焼死した? 鷹尾署か?」
急にグッとテーブル越しに体を乗り出して来た根津に、佐々木は少しばかり驚いた。
「所轄は知らないが、たしか3人死んだらしい」
「あれかな」
「あれとは?」
根津は記憶を手繰り寄せるように、視線だけ斜め上に向け、じわじわと話はじめた。
「ちょと懇意にしている嘱託の警察医がいてね。そのおっさんが3年前、鷹尾署から行政解剖を請け負ったんだ。ほとんど炭化した、酷い状態の3体の遺体をさ」
「天野家の3人か?」
「お前の話を聞く限り間違いない。じわじわ思い出してきたよ」
「それで?」
根津は「絶対他言するなよ」と釘を刺した上で話し始めた。
「初動検分で事件性が薄いからっていうことで、その嘱託医のほうに回って来たんだろうけど、どうにも損傷の酷い遺体だったらしくてね。ガスボンベの爆発と壁の倒壊で体表は傷だらけ。それらのほとんどが生活反応が無いんで、外傷については死後の傷だと検案したそうなんだが」
「死因は焼死じゃないのか?」
「焼死だよ」
「・・・なんだ」
「そこが問題だ」
「と、言うと?」
「火傷死でも、酸欠でも、一酸化炭素中毒でもなく、焼死。つまりは、そのどれをも含み、決め手に欠ける判定なんだ。そして、単体で見た場合には見逃してしまいそうな問題が一つ」
「なんだ?」
「近い場所で死んでいたにもかかわらず、3人の気管支内と肺胞の煤の量に、差がある」
「それは、どういう事になる?」
「煤の吸引量が少ない2人が、パニックによる意識障害、あるいは火災前の心的トラブルによる失神、あるいは・・・故意に火災前に、ダメージを与えられた。つまり、意識が無くなった後で、火が放たれたという可能性も出てくる」
「故意に・・・? 殺人? 殺人なのか? 誰が誰を?」
「声がでかいよ。もし、そうだとすると、一番煤とガスの吸引量が多かった息子の凶行だと考えられる」
「天野圭一か!」
「いや、あくまで可能性だ。ただの心的トラブルかも知れないしね。外傷の判断がし辛かったのがネックだな。曖昧な部分が有る以上、その遺体は改めて司法解剖に回されるのだとばかり思っていたんだが、どういう訳か、その嘱託医が死体検案書を書かされたらしい」
「どういうこと?」
「そこまでの初動調査で、事件性が感じられないと判断したわけさ。警察側がね。遺体は遺族に返され、捜査本部ももちろん立たなかった。つまりは、単なる不運な天ぷら油火災で、一件落着」
「そんな! 警察の怠慢だ」
「大きな声を出すなって。こんな話してんのがバレたら、俺飛ばされるよ。・・・まあな。事件性があると思ったのはその62歳の嘱託医のカンの域を出ないわけだし。単なる心中かもしれんしな。あの時期膨大な事件数を抱えた所轄が、そう言う判断をするということは、理解できんでもない」
「それが怠慢だって言ってるんだ。心中だとしても事件じゃないか」
「あそこは監察医のいる23区じゃないからな。自殺や心中だとしたら解剖には回されない。行政解剖されただけマシさ」
「じゃあ・・・圭一が両親を殺した動機を探せなかっただけで、その可能性はあるんだな?」
「監察医のじいさんは、そうブツクサ言ってたけどな」
圭一が両親を殺したとして、その動機は何だろう。
初動で事件性がないと判断されると言うことは、圭一は普段そんなことをしでかすタイプではないと言うことだ。
その時佐々木は、二つも三つも話の行程を無視し、全ての神経を、ある推測に集結させた。
それはもしかしたら、火災の話を持ち出した根津の頭の中にも、すでに形作られていたのかもしれない。
児童ポルノと天野一家の火災事故との関連。
サークルの解体と、天野家の火災の時期がぴたりと一致するという事実は、偶然と言い切るには無理がある。
探らない手はない。
鉄仮面の竹沢雅人の周辺からは何も崩すことが出来なかったが、天野圭一の周辺からなら、何かの綻びが見つかるかも知れない。
たとえば、生き残った弟。
そうだ、弟だ。きっと何か知っている。知らないまでも、何らかの情報を持っているに違いない。
2年ぶりに、閉ざされていた佐々木の“進むべき道”がその瞬間、音を立てて切り開かれた。
“そうだ、知らないなんて事が許されるはずはない。知らなかったとしたら、知るべきなのだ。そこにあった罪を。自分の肉親が犯した罪を。”
佐々木の前に突如現れた道が、正しいかどうかの判断が佐々木に出来るわけもなかったし、するつもりも無かった。
ただ腹の底から沸き上がってくる熱に突き動かされるまま、頭の中を圭一の弟、春樹で満たしてしまったのだ。
◇
「お兄さんの圭一くんは、火災の前に誰に電話をしたんだろうね。・・・いや、もしかしたら大学内の、僕の知ってる人かも知れないと思ってね」
この質問が異質な印象を与えはしなかったかと再度緊張しながら、佐々木はテーブル越しの春樹を見た。
けれど春樹はもう、何かを訝るとか憤るとか、そんな感情をすっぽりどこかに置いて来たように、サラリと答えてくれた。
「一人は、兄の女友達。もう一人は、大学の同期の友人だったそうです」
「同期か。サークルのリーダーに竹沢雅人っていうやつが居たけど、そいつじゃないよね?」
佐々木は声が高ぶらないように集中しながら、何気なく言ってみた。
「ああ、・・・そうです。僕は会ったことも無いんですが、竹沢という人だと、警察の人が言っていました」
佐々木の心臓がドクンと跳ねた。