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第4話 琥珀色の瞳の少年

その部屋は、とても18歳の少年の部屋とも思えないほど、きれいに整頓されていた。

しかし、そこから感じられる育ちの良さは、佐々木にとってただ腹立たしいモノでしかなかった。


本人が言うように位牌らしき物は何もなく、ただ簡素なチェストの上に、柔らかな笑みを浮かべる両親と圭一らしき人物が写った写真が一枚飾ってあるだけだ。

初めて見る、天野圭一の顔だった。弟よりも骨格はしっかりしているが、どことなく神経質そうな目つき。

佐々木は激しい嫌悪を感じ、さり気なくその写真から目を背けた。


「どうぞ」

春樹はローテーブルに自分で煎れたコーヒーを置き、正座している佐々木の正面に自身も座った。

初対面の客に少しばかり戸惑っているように、琥珀色の瞳がサワサワと動く。

兄の知り合いだからという人間的な気遣い、そして言葉だけで信用して見ず知らずの人間を部屋に上げてしまう無防備さと危機管理の無さ。

この少年を崩すのは簡単だ、と佐々木は改めて思った。


「キッチンからの出火だと伺ったのですが、本当に残念なことです。たまたま圭一君の帰省の日に、そんな不運が重なるなんて。でも、春樹君が無事だったのが、まだしもの救いですね」

「・・・あの、佐々木さんは兄とはどういうお知り合いだったんですか?」

春樹は火事の話が苦痛なのか、方向を変えてきた。

佐々木は、圭一とは大学のサークルで知り合い、宿舎を行き来した仲だと適当に話を作ったあと、再び本題に戻した。


「やはり、ああいう火災は警察が我が物顔で踏み込んで、細かく詮索して行くんでしょう? 不愉快ですよね、事件でもないのに」

「僕は遠縁のアパートに置いてもらってたので、現場の事はよく分からないんですが、たしか2週間くらいは頻繁に警察の人の出入りがあったように思います。でも、・・・もう3年も前の事なので、良くは覚えていません」

「やっぱり付きまとって来ましたか。不快ですよね。お察しします。あんなお優しいお兄さんの周りで、どんな事件性があるって言うんだ。いや、僕にもね、同じような目にあって警察に要らぬ詮索をされた友人がいるんで、愚痴をいっぱい聞かされました。家族が失意の底にいるって言うのに、やれ検死だ家族関係だって調べ上げて」

「・・・」

春樹が困惑気味に口を閉じたので、佐々木は少しばかり自分が焦りすぎていることに気が付いた。


「ああ、ごめんなさい。つい、その時の友人の腹立たしさ思い出してしまって。圭一くんの一家には何もそんな、引っかかりは有るはずがないもんね」

「頭に来ました」

ふいに春樹がポツリと、目を伏せて呟いた。


「え?」

「やっと灰の中から見つけてもらった3人を、警察はすぐに連れて行こうとしました。解剖に回すのだと言って」

「・・・それで?」

「嫌だと言ったんです。3人のそばに居たいって。でも、これは遺族の承諾は要らないからって。ただの火災じゃないかも知れない。君も知りたいだろ? って言われて・・・」

「そう・・・。それは酷いね。ひどい言い方だ」

話が核心に近づきつつある予感に、佐々木は掌が汗ばんで来るのを感じた。

落ち着けと自分に言い聞かせる。


「たぶんあの事故の事で僕が泣いたのは、あの時が最初で最後だったと思います」

「本当に?」

「駈けつけてくれた近所の人の話だと、泣くというか、警察の人に掴みかかって酷く暴れたそうなんです。そのあと気を失って、寝かされてたそうなんですけど。・・・でも変ですよね。何も覚えてないんですよ」

春樹はまるで小さな頃の失敗談でもするように、軽やかに、照れくさそうに笑い、艶やかな亜麻色の髪をクシャッと掻いた。

「だから僕、家族のことで泣くのはやめたんです。穏やかに3人を送ってあげられなくなるって思ったから」

微笑みを残したまま、真っ直ぐこちらに向けた春樹の視線を受け止めながら、佐々木は冷静にこの少年を分析した。


優しげな琥珀色の瞳をしたこの少年は、両親にも兄にもきっと愛され、大事にされ、幸せに生きてきたのだと感じた。そうやって温室で育ったせいで、危機感が身に付かなかったのだ。

いま目の前に居る男が煮えたぎるほど圭一を恨み、死んでもなお、その恨みを晴らそうとしてるなどとは夢にも思わないだろう。

「辛かったね、春樹君」

「いえ、ごめんなさい。変な話をして。誰にも話したことないのに、つい・・・」

「この際だから、いろいろ吐き出してしまったらいい。知らない人間相手の方が話しやすいって事もあるだろ? 警察に対する鬱憤とか、いくらでも聞いてあげるよ」

「いえ・・・もう」

「例えばさ、火災前の電話や携帯の通話記録とか勝手に調べられるだろ? あと、それぞれの交友関係とか。君は大丈夫だった?」


流れが不自然だったろうか。

言ってしまった後佐々木はヒヤリとしたが、少なからず警察への不満を溜めていたらしい春樹は、意外にもあっさり乗ってきた。

「ええ。家族全員、携帯の履歴を調べられてたみたいです。兄が火災直前、二人に電話を掛けていたらしくて。その二人にずいぶんしつこく警察は内容を訊いたらしいんです。まるで、・・・兄が何かしたかのように」

春樹の声が、悔しそうに一瞬詰まった。

「それは・・・それは誰に?」


自分はそこで「それは酷いね」と声を掛けるべきなのだ。それは分かっているが、思わず言葉が先走ってしまった。

「その二人って、誰?」


“竹沢雅人。そう言ってくれ。そのうちの一人は、竹沢雅人だと。

そうすれば繋がるのだ。大学内で企てられた児童ポルノ犯罪と、天野家の放火殺人事件とが。”



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