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第3話 捕獲

「いえ、違います」

隆也はその男の横を通り過ぎながら、小声で返した。


「ああ、すみません。同年代だと思ったもので。人違いでした。ごめんなさい」

男はそつのない営業的な笑みを浮かべ、隆也に小さく一礼したあと、すぐにエレベーターに向かった。

何かの訪問販売だろうか。

問いただすのも妙な気がして、隆也は取りあえず自分も玄関ホールを飛び出した。

ゼミ開始時間が迫っているため、すぐ側のバス停まで走りながら、やはり少し気になって、隆也は春樹に電話を入れてみた。


『どうした? 隆也。忘れ物?』

「たった今、春樹の部屋の方に男の人が訪ねて行ったんだけど。押し売りとかだったら気をつけろよ」

隆也がそう言うと、春樹は軽い声で一つ笑い、そして『人の心配はいいよ。それより勉強がんばれ』 と、余計な一言を付け加えた。

「うるさいよ」

隆也はフンと鼻を鳴らして携帯を切ったあと、運良くちょうど滑り込んできた循環バスに飛び乗った。



       ◇


405号室のドアスコープに、部屋の中からの光が漏れているのを確認すると、佐々木和彦はホッと安堵の息を吐いた。

やはりさっき下で会った少年は天野春樹では無かったのだ。

咄嗟に本人かどうか確認してしまったが、初対面の第一印象で警戒され、嘘を吐かれてたのだとしたら、この先やりにくい事になる。今回はセーフだったが、慎重に行かなければ。

佐々木は安堵と集中の深呼吸をし、405号室のインターホンを押した。


鍵を外す軽い音のあと、チェーンを掛けたままのドアが薄く開かれた。

小さく「はい」と言って半分だけ顔を覗かせたのは、どう見ても高校生にしか見えない、女の子のように優しい顔立ちをした少年だった。


「こんな時間にすみません。天野春樹君・・・ですよね?」

佐々木が柔らかい声でそう言うと、少年は驚くほど薄い色の瞳を静かにこちらに向け、「どちら様ですか?」と返してきた。

けれどその声に警戒心は少しもなく、まるでもう、この世に怖いモノは特別ないのだとでも言いたげな、妙な落ち着きを感じさせた。

自分以外の家族を全て失うと言うのは、人間形成にどれほどの影響を与えるものなのだろうか。

目的とは関係のない、そんな興味がちらりと佐々木の胸をかすめていった。


「僕、あなたの亡くなったお兄さんの古い友人なんです。先日4年ぶりに帰国して、3年前の惨事を初めて知り、慌ててここを調べさせていただきました。ご実家はもう、無くなっているようでしたので。・・・もし良ければ、ご位牌を拝ませていただきたいと思いまして」

「兄の?」

「はい。できれば」

「・・・でも、ここには・・・」

少年はちらりと部屋を振り返る仕草をしたあと、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「僕の家は無宗教なので、位牌というのは無いんです。ごめんなさい・・・」

「そうなんですか。・・・ああ、そうか、そう言うこともあるんですよね」

「あの・・・」

「はい?」

「失礼ですが、雑誌社の方じゃないですよね」

「まさか。どうして?」

佐々木は動揺を悟られないように慎重に声を出しながら、目の前の穏やかそうな少年を見つめた。


ほんの少しの気まずい沈黙が漂ったあと、先に口を開いたのは春樹だった。

「疑ってごめんなさい。最近は無いんですが、2年前、そうやって訪ねてくる雑誌記者の人が何人かいて、ちょっと嫌な思いをしたものですから。あの・・・せっかく来ていただいたんですから、良かったら、どうぞ。ちょっと散らかってますが」

「それは有り難いです。僕もあなたと、お兄さんの思い出話なんかしたいなと思ってたんです」

「じゃあ、少しだけ待ってくださいね」

片付けのためか、春樹はそう言うと一旦ドアを閉めた。

願ってもない展開に、佐々木は思わずグッと手を握りしめた。

幼い表情とは似つかわしくない、大人びた口の利き方をする弟、春樹。

うまく行けばこのあと自分は、この少年から3年前の事件の事実の一端を聞けるかも知れない、と佐々木はほくそ笑んだ。

逆にここで失敗すれば全て振り出しに戻ってしまう怖さもあった。そうなれば、もう手は無くなる。

そんなことになったら、妹に顔向け出来ない。


妹の無念も晴らせぬまま終わる事になる。それだけは嫌だった。

この少年が圭一の秘密を知っているか否かにかかわらず、絶対にここから綻びを探し出してやるのだ。

死んでしまったからと言って天野圭一の罪が消える訳ではない。

罪人の死への哀れみなど、佐々木には皆無だった。

圭一の代わりに、このドアの向こうの少年を地獄に突き落としても構わないとさえ思った。

耐えがたい写真を鬼畜どもにばら蒔かれ、嘆き、心に深い傷を負って死んでいった妹の無念が晴らせるなら、自分は何だってしよう。鬼にだってなってやる。


佐々木はチェーンを外し、大きくドアを開けてくれた少年に、「お邪魔します」と頭を下げながら、はやる心を何とか鎮めようと深く息を吸った。




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