七変化
そういえば一人称の作品ばかり投稿していましたが、これは初めての三人称です。
基本的には一人称と三人称は交互に書くようにしてるんですが、どういう訳か一人称ばかり投稿していました。
皆さんは、どちらの書き方が好きか教えて下さいね。
これは、さいたま文芸家協会賞で落選した作品を、加筆訂正したものです。真面目なテーマだし、ラストも希望を感じさせたので、いいんじゃないかと思ったんですけど。
どこが至らなかったんだろう? どなたか教えて下さい。
「自分の孫だと思えば、どんな子も可愛いもんだ」
そんなありふれた母親の一言、美千代の一言が、娘の育児ノイローゼを引き起こすとは誰が想像したろう? けれど美弥の育児ノイローゼは、実際にその言葉によって起こってしまったのだ。
出産後、赤ん坊と対面する前にその発言を聞いてしまったのがいけなかったと、姉の美加は考えた。我が子を抱く前に美千代の一言を耳にした美弥は、自分は可愛くない子供を生んでしまったのだと、考えてしまったらしい。その為いざ自分の娘をその腕に抱いた時美弥は
「可愛いって、思えなかったの」
と後に美加に告白した。
睦美と名付けられた赤ん坊は、今日は美千代に預けられている。不用意な発言をしてしまったとはいえ、娘二人を育てあげた経験を持つ女だから、今日一日乳児の世話をするくらいの事は大した問題ではない。だが問題はそれが今日一日で済むという保証が、無いという事だ。
睦美が生まれて三ヶ月、美弥はまだ睦美を可愛いと思えない。
診察室から出て来た美弥は、心持ち青い顔をしていた。元々色白な女だから体調を崩すとすぐに顔色に響く。近頃は夜もあまり眠れていないらしい。
待合室に戻って来た妹に、美加は「どうだった?」と尋ね、美弥は「うん…」とつぶやいた後押し黙った。
美加は、ちゃんとした返事を得られない事を大して気に留めなかった。精神科を受診した女が診察を終えた途端、付添い人にペチャクチャと、診察の内容を話したりする訳が無い。
そもそも待合室での人目というものを、気にかけずにいられる人間は、あまり神経を患ったりはしないものだ。それを承知で美加が「どうだった?」と尋ねたのは、単なる付添い人としての礼儀である。
精神科の受診を美加が持ち出した時、美弥はあっけ無い程簡単にそれを了承した。その時美加は、説得の手間が省けた事を喜ぶと同時に一つの不安が胸をよぎった。それはついこの間までは、高校の国語教師を務める程知性と冷静さを備えていたはずだった女が、易々と精神科行きを承諾する程に、追い込まれているといった事実だった。
「あたしは別に病院に行く程じゃないよ。あたしは別に異常じゃないよ」
といった気概が、美弥には全くと言って良い程感じられなかった。彼女は
「睦美の事が、可愛いと思えないの」
とただひたすら泣いていた。
「何とか世話はしてるよ。オムツを替えてミルクをあげて、体を洗って服を着替えさせて……。でも苦痛なの。可愛いと思えない存在に対してそういう事をしなきゃいけない事が苦痛なの。一日一日何とかやり遂げてでも明日も又それが出来るかどうか分からない。ううん明日どころじゃない。十分後二十分後には、もう睦美に触れる事すら出来なくなってしまいそうなの」
その時睦美は、美加の腕の中でオギャアオギャアと声を立てて泣いていた。自分を可愛いと思えないと泣きじゃくる母親の隣で、母親の泣き声に呼応するかの様な声を上げて、激しく泣いていた。赤ん坊のじっとりとした熱と確かな重みと泣き声の二重奏の中で、美加は鼻の奥がつんと熱くなるのを感じた。
我が子を
「可愛いと思えない」
と言う母親を
「母性愛に欠ける」
と非難する事は容易い。しかし母親を悪者にしたところで問題は何も解決しないのだ。現実問題として睦美には、親の愛情が必要だし、美弥の夫は仕事が忙しく休日しか睦美の世話が出来ない。美弥は姑には自分の育児ノイローゼを隠していたから、その結果負担は美千代と美加の二人にかかっていた。
幸い美千代と美加は専業主婦だった為、ある程度の時間は割く事が出来たが、美加には三歳と五歳の息子がいる。そうすると必然的に、美千代が睦美の世話をする比率が増えるのだが、残念ながら美千代は育児ノイローゼというものに理解のある母親ではなかった。
五十代より上の世代で、ノイローゼやら鬱病やらといったものを、正しく認識している者は残念ながらあまり多くないので、致し方ない事ではあるが、しかし美千代は美弥に対しやたらとハッパをかけようとするので、美加はいつもハラハラし通しだった。
「お願いだから美弥に『頑張れ』とか言わないでよ。そういう言葉は神経症の人に言っちゃいけないの」
「そんな事言ったって、母親が頑張らなかったら子供はどうなるの?『頑張れ』って言うのは当たり前だ」
「『頑張れ』って言われて頑張れるんなら、医者なんかいらないでしょう?」
そんな言い争いを、何度繰り返したろうと美加は思う。いっその事
「美弥のノイローゼの原因は、お母さんあなたなんだよ」
と言ってしまえたらと思う。しかし美加はその点に関しては口を閉ざしていた。不注意な発言をしがちな人間によく見られる様に、美千代は自分の発言を咎められる事が、大嫌いな女だった。もし娘のノイローゼの原因が自分だと告げられたら、彼女は自分が悪者にされたと思い込み、手がつけられなくなる恐れがある。
美千代は母親でありながら、自分が娘に与える影響力を、イマイチ把握していない女だった。美弥は別に美千代を恨んでいる訳ではない。ただ単に自分が生んだ子を母親に「可愛い」と言って欲しかっただけなのだ。それを理解しない母親と、その母親の影響下にある娘。これでノイローゼが起きない方がどうかしている。
美弥は今窓口に呼ばれ、治療費の精算をしている。出産前に短く切った髪が伸び始め毛先がバラバラと頬にかかってしまっているが、顔はなかなかの美人だ。
梅雨の合間の晴天に恵まれた今日は、じっとりとした湿気が漂っているのだが、彼女の周りだけは、除湿機がいらないのではないかと思われる程涼しげな顔立ちに、白いノースリーブを合わせている。おそらくメス狐が女に化けたらこの様な風情になるのだろう。
一方その後方のソファーで、読みかけの雑誌をラックに戻している美加は、狸が化け損なった美人といったタイプだ。母親と妹との共有財産である、大きな目と高い鼻筋を持っているが、そのパーツの配置が幾分粗雑な上、身に着けた黄色いTシャツが似合っておらず、あまり洗練された雰囲気は無い。
しかしこの人の好い姉は、自分以上に美貌に恵まれた妹に嫉妬するどころか、むしろ同情していた。つまり末っ子の上顔立ちに恵まれた美弥は、母親の期待を一身に受けて育った為、大人になった今も母親の一言一言に過敏に反応してしまうのだ。それゆえ今回育児ノイローゼまで引き起こしてしまい、美加は美弥を大変気の毒だと考えていたのである。
子供は誰しも親の愛を求めるが、しかし思い込みの激しい親の盲愛を受ける子供は、それはそれで可哀想なものである。
美加の運転する軽自動車の助手席に乗り込み、シートベルトをした美弥は
「何か別に、前回と変わらなかったよ」
と診察室での出来事を語り始めた。
「先生に、『最近どうですか?』って聞かれてここ一週間の話をする訳だけど、あそこって患者の持ち時間が一人二十分じゃん?だから実質一五分くらいしか話出来ないんだけど、一週間を十五分でなんて話せないよ。だって肉体的な病気じゃないんだから、この一週間の間に起こった睦美に対する感情とか、周囲に対する感情とか、そういうのに対する自分の考えって一言じゃまとめられないからさ。短い持ち時間の間に、少しでも自分の情報を医者に伝えなきゃって、焦って喋ってる間に時間切れになって薬出されるって感じ。あそこは結局あたしの事を、薬で治そうとしてるんじゃないのかなあ?」
「薬で治されるのは、嫌なの?」
育児ノイローゼが治るなら、薬によろうが理屈によろうが、どちらでも良いと考える美加は不審に思いつつそう尋ねた。国語教師というものは、何でも理屈で納得したいものなのだろうか? だとしたらこれは酷く厄介な患者である。育児ノイローゼを体験し、それにより編み出された理屈の数々を聞かされる医者は、たまったものではないだろう。
美弥は幼い頃から、非常に口の立つ女だったから、ひょっとしたら医者は彼女の理屈にただひたすら圧倒され、薬の効能のみを拠り所にしているのかも知れない。
そもそも神経症は人格の崩壊は無く、病気の自覚はある状態だから、相手が口下手な医者だった場合は、美弥に上手な口頭説明が出来ず、理屈的には彼女が医者を言い負かしてしまっている可能性もある。
だがここは大変重要なポイントなのだが、美弥は決して、医者を言い負かしたい訳ではなく、むしろ言い負かされる事を望んでいるのだ。
忘れてはならないのは、美弥は育児ノイローゼから救われたいと考えている点である。その為医者に理屈によって、娘を可愛いと思う術を教えてもらいたがっているのである。人の不適切な発言によって、招いてしまったノイローゼを、人の適切な発言によって治したいと考えているのである。その為彼女は
「だって、子供を可愛く思える様になる薬なんてある?」
と姉に尋ねた。それもそうだと思いながら美加は車を発進させた。風邪をひいたら内科医にかかる様に、心の風邪をひいた妹は精神科医にかかれば良いのではないかとの考えから、美加は精神科行きを提案したのだが、もう三回目になるというのに、全くと言って良い程効果が出ていない。
通っている病院が悪いのか、医者との相性が悪いのか、精神科の受診自体が美弥にはふさわしくなかったのか、それとももうしばらく通い続けてみるべきなのかと、美加は考えあぐねた。体の風邪ならばそれまでの経験値により導き出される理論によって、選ぶ手段がおのずと決まってくる。だが心の風邪は?
まるで免疫の無い姉と妹は、同時に大きな溜息を吐いた。こじらせて肺炎を起こす前に何とか治したい。姉妹の希望はその一つに尽きた。
「そうだ。ちょっと寄り道してこうか?」
信号待ち中に提案した姉に、美弥は「どこに?」と尋ねた。だが尋ねながらも彼女はどこであれ賛成するつもりでいた。このまま真っ直ぐ帰宅したところで、家には睦美と美千代が待ち構えている。今美弥が最も会いたくない二人が待ち構えている。
「紫陽花が、いっぱい咲いてる所」
「うん。いいよ」
「今日、晴れて良かったよねー」
梅雨の合間の晴れ間を、無邪気に喜ぶ美加を眺めながら、いや雨の方が良かったと美弥は思った。彼女は陽の光を浴びて輝く紫陽花よりも、五月雨に溺れる紫陽花の方が好きだった。ザアザアと降り続く雨の中、麗しい紫陽花が、水死していく様を眺める方が好きだった。
入水自殺が、もし水葬の紫陽花の様に妖美だったなら、あたしは迷わず実行したかも知れないのにと美弥は思った。容貌に恵まれその容貌故に母親に愛された彼女は、植え付けられた美的概念故に己が娘を醜いと感じ、それに苦悩しつつも、その美的概念故に死を選ぶ事が出来なかった。
美弥はもう三十路を迎えていた。彼女の考える美しい自殺の年代は、とっくに過ぎ去っていた。
こんなにも、紫陽花の色には種類があるのかと美加は息を呑んだ。自分から紫陽花観賞を提案しておきながら、実は彼女は紫陽花についての知識があまり無かった。
紫陽花祭りが催されているこの寺では、入口の石段の脇から始まって境内の至る所に、白、青、青紫、赤紫、淡紫、紫、淡紅、紅白といった紫陽花達が、今を盛りとばかりに咲き誇っており、訪れる家族連れや恋人達の目を様々な色に染め上げている。
しかしいくら色調に富んでいるとはいえ、基本的には紫を基調とした花を、病人に見せるのはいかがなものだろうか? カラーセラピー上、紫はあまり病人にお勧め出来る色ではない。案の定美弥は、咲き乱れる紫陽花と感嘆の溜息を漏らす人々の群れをチラリと見やると
「『迷う紫陽花七色変わる。色が定まりゃ花が散る』か…」
とつまらなそうにつぶやいた。
「何それ?」
「古い俗謡だよ」
「紫陽花って色が変わるの?」
額紫陽花の改良種は色が変化し「七変化」と呼ばれるが、西洋紫陽花は色彩が変化しない。つまりその俗謡は額紫陽花の改良種について謡われたと考えられるが、美弥は姉の問いには答えずに
「何だかあたしみたいだよねえ。どうやって自分に、母親の色を付けて良いか分かんなくて、迷ってる間に時間ばっかがどんどん経って、やっと色が定まった時にはきっともう手遅れなのよ」
と言った後、急に
「ねえお姉ちゃん、写真撮って」
と石垣に咲く、青紫の紫陽花の傍らに立った。広卵形の葉が彼女の華奢な肩に触れフワリと揺れた。美加は
「ああ…、うん」
と答えつつ、籠型のバックの中をガサガサと漁ったが内心はドキドキしていた。美加には妹の気持ちが分かる。悩みの渦中にある時は、どんなに気分転換を図っても結局目に入る様々な事象が自分の煩いを思い起こさせ、自分を苦しめる事。それを近しい人間に聞いてもらいたいと願う事。
けれどそれを口にしてしまう事により、生まれた気まずい空気を、取り繕おうとしている事。その為に自分に苦悩を与える紫陽花と共に、カメラに収めてくれと言わねばならなかった事。そんな自虐的な提案しか今思いつかなかった事。そして似たもの同士で被写体になろうとしている紫陽花と美弥が、実にお似合いな事。
紫陽花の微笑みと美弥の笑顔は、誠に優美だった。美加は携帯電話のレンズ越しに花と女を捉えると、カシャリとシャッターを押した。
その時美加はふと思った。妹は母性が無い訳ではない。母性があるからこそ心もだえているのではないかと。
境内には、笛や尺八の雅やかな音色が鳴り響いていた為、和楽器と紫陽花の調和を愛でつつお茶を頂くのが、いかにも風流に思われたが、あいにく出店は寺の外だった為、姉妹は喫茶を諦めると、紫陽花の群れに別れを告げ寺を出て駐車場へと向かった。
既存の駐車場は満車だった為、大分離れた臨時駐車場へ車を停めた二人は、ひび割れたアスファルトの道をてくてくと歩き始めた。
道路は薄灰色で、アスファルトの割れ目から顔を出す雑草は緑色で、道の両端にうっそうと生い茂る木々の木の葉も緑色で、木の幹は茶色で空は青く雲は白い。先程まで自分達が、紫を基調とした世界に存在していたなんて嘘みたいだと美加は思った。
今日美弥に紫陽花を見せた事が、良かったのかどうか美加には分からない。
こうして週に一度、妹を伴って精神科に通い、時には自然に触れさせ美弥の気が向いた時には彼女の愚痴を聞き、ある時は睦美を預かり妹を一人で外出させ、本屋に立ち寄っては育児ノイローゼの本を読み漁り、産後に良いと言われる食品を妹に勧める。
そんな日々の繰り返しが、美弥を立ち直らせる事につながるのか美加には分からない。成果が得られるかどうか、分からないものの為に割いた時間によって彼女が得たものは、散らかった部屋と泣き喚く息子達と、不機嫌な夫の顔と、それらによってもたらされる疲労だった。
こんな事が、いつまでも続いてはたまらないと思う。こっちまでノイローゼになりそうだと思う。
「いい加減にしてよ。どうして自分の生んだ子供が可愛くないの?早く正常な母親になってよ」
そんな風に、思わず妹を怒鳴りつけたくなる事もある。けれどそれを言ったところで問題は悪化するばかりだ。心を病んだ人間を焦らせてはいけない。焦らせてはいけない……。
ピーロローと冴えた鳴き声で、鳶がどこかで鳴いているのが聞こえる。鳥にも育児ノイローゼはあるだろうか? と美加は思う。鳥は果たして自分の雛を、可愛いと思って育てているんだろうか?
「ちょっと待って。石が入っちゃった」
駐車場の入口にさしかかった所で、美弥にそう声を掛けられ美加は立ち止まった。美弥は上体をかがめると、左足のサンダルのストラップをパチンと外した。踝の飛び出した足首が、ポキンと折れてしまいそうな程に弱々しい。誰かが支えてあげなければ折れてしまいそうだ。
美加が憐憫の情に駆られながら、サンダルを脱ぐ妹の姿を眺めていると、美弥は姉の方へ顔を向け
「ねえ、見て」
と駐車場の隅を指した。見るとそこには黒いワンボックスカーの影に隠れて、小振りな紫陽花が白く咲きこぼれていた。
「あー、あんな所にもあったんだ」
「ね、紫陽花祭りの会場から外れちゃってちょっと不憫な感じだけど」
「あんな所じゃ、気付く人少ないんだろうね」
姉妹はそう話し合いながら、ちんまりとした紫陽花に近付いた。その無垢な紫陽花は駐車場の片隅で、人目を憚るかの様にひっそりと小さく息づいていた。
「ねえお姉ちゃん、立ち止まらないと見えないものってあるよね」
ポツリとつぶやいた美弥の言葉に、美加はハッとして妹の顔を見た。美弥の肌はその紫陽花の様に白く、その顔は紫陽花の様に可憐だった。美加は「そうだよね」と返事をするともう一度稚い紫陽花に視線を移した。
最初に目にした時は、純白に見えたその花は、今にもふんわりと青い靄をまとい始めたかの様に、二人には映った。
登場人物には実在のモデルがいます。ノイローゼだった美弥は、その後幸せになったんですけど、美加がすさまじく大変になってしまって。
後日談はエッセイで書きました。もしご要望があればそれも投稿します。




