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転生  作者: 逢月 裕
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タクトが、―世界を行き来する中で―“チカラ”を使い始めたのは、時にゆがみができたときからだ。

生まれ行くときも、死に行くときも。

3人は共に在るべき存在なのに、わずかなズレが生じてきたことにヒロエが気づいたのはごく最近だった。

それは微量な分子ほどのズレ。

ただ、それは確実に不協和音を奏でている。


そして、血が流れたのは初めてだった。


ヒロエには、なぜタクトが“チカラ”を使うのかわからなかった。

変わらない日常のはず。

穏やかな日々。

その中でなぜタクトは“チカラ”を使わねばならないのか。

だが、タクトはその理由を決して話さない。

ヒロエは何度も自分の“チカラ”で生じたゆがみを戻そうとした。

だが、無駄だった。

ヒロエはゆがんでしまった世界を捨てて

この先に来るであろう未来という世界に飛び込むしかなかった。

それしか、3人を守る術を知らなかった。

だが、世界を進めば進むほど

不協和音は激しくなるばかりのような気がした。



「七胡。」

ヒロエは、祖母の家から帰ってきたナナコを呼び止める。

タクトは部屋から出てこなかった。

「また、“行く”よ。」

「“行く”って・・・少し、早過ぎない?」

ナナコの顔が、不快にゆがむ。

ヒロエは何も応えなかった。

「・・・多久兎は?」

ナナコは応えも待たず、タクトの部屋の扉をたたいた。

返事はない。

眠っているのだろうとヒロエはナナコに言った。

傷を負っていることは告げなかった。

そしてナナコは名残惜しげに視線を残して、自分の部屋へと向かっていた。

『今度は、どれだけ“先”にいくんだろう。』

ナナコがつぶやいた声が、ヒロエの耳に残る。


時の行き先は、3人の誰も知らない。

数ヵ月後のときもあれば、数年後、数十年後のときもあった。

だが決して、過去に戻ることはない。

過去は“変えられない事実”。

ゆがめることのできない、絶対唯一の“真実”。

3人がいくのは未来だけ。

“不毛な荒野”

まだ、誰にも決められていない“自由”な世界。

そして3人に残されるのは、切り取られた『過去』。


“行く”のは、明日の夕方だと、なんの約束事もなく決まっていた。

まるで、習慣のように。

その前に、3人はそれぞれいまの世界ですべきことをする。

それはある種の儀式のようだった。

もう二度と戻らない過去であるがゆえに、

何かを残さずにいられないのかも知れないと、ヒロエは思っていた。

朝、2人の姿はなかった。

何かを求めて、ヒロエはユウマに会いに行った。



その日は日曜日だった。

出かけているかもしれないと望みは小さかったが、ユウマは自宅にいた。


「おう、どうした。」

ユウマは上下灰色のスウェットを着て現れた。

ヒロエの緊張が少し和らぐ。

「ああ。ちょっとな」

ヒロエは短く答えた。

ユウマは少し不思議な顔をした。

だが、それ以上突き詰めることはなく「歩くか」と2人で肩を並べそのまま歩き出した。

たわいもない話。

近所の話や、昨夜の映画の話、ユウマの好きなアーティストの話に、高校の話。

まるで陽だまりのような穏やかな時間。

やがて、思い出したかのようにユウマは言った。


「そういえば、お前、進路どうするんだ。」

「進路・・・。」

「・・・進学しないのか。」

「ああ。」

「例の“チカラ”とかのせいか?」

ヒロエは、それがナナコとタクトのことであると気づいた。

「どうかな。それだけじゃない。」

ヒロエはそういいながら考えた。

『それだけじゃない。』

そう決して。

「俺らには・・・この先どんなミライが来るかわかってるんだ。」

「未来?」

「この先、俺たちはまた再会して、同じ時をすごして、同じ道の上で、同じ命を終える。俺らはそれだけで十分だ。それ以上を望まない。」

ヒロエはふと思い考えて、いいや、と続けた。

「・・・いいや、そうなってしまうんだ。それは誰が決めたわけでもないけれど。」

ユウマはしばらく黙っていた。


昼下がりの日差しが、木々の葉の隙間から降りてくる。

やがて公園が見えた。

子供たちが、無邪気に広場を駆け回る。

それをユウマはぼんやりと見て、そして言った。

「・・・よくはわからないけど。それは・・・なんだか・・・」

ユウマは少し言葉を詰まらせる。

ヒロエはだまってその言葉を待った。

「少し、寂しい。」



2人は公園のベンチに腰掛けた。

初夏の日差しは、イチョウの青々とした葉にさえぎられて、ほどよい暖かさを2人の肌に落とす。


「寂しい?」

ヒロエは繰り返した。

「たぶん、俺が考えている“未来”と、浩衛の考えている“ミライ”は別物だ。それはなんとなくわかる。そして、その先にあるのは、浩衛と、そして“チカラ”だ。それ以外は何もない。何も望んじゃいないかもしれないけれど。オレには、何か望むことをあきらめたように聞こえる。」

「そんなことはない。俺はその“ミライ”を望んでるんだ。この先も、これからも。たとえ・・・・・・過去を犠牲にしても、俺に大切なものはその“チカラ”なんだ。」

ユウマは、少し黙った。ヒロエには、何かをかみしめているように見えた。

「・・・浩衛。お前の言うコレまでの“過去”の中で、同じ事をしてきたのかもしれない。だから俺にはわからない。けど、今の言葉に、俺は傷ついた。」


湿った風が2人の間をすり抜ける。

ユウマの少し汗ばんだ肌をなぞり、ヒロエの柔らかな髪をなでた。

同じ風が2人に触れたが、それをどう捕らえたかはお互いに違うのだと、ヒロエは思った。


「そんなことを、言いにきたわけじゃないんだ・・・。」


まるで、子供のようだと、ヒロエは思った。

想いをうまく形にできず、とりあえずのもので相手の理解を得ようとする。

だが、それは結局なにも伝わらなくて、苦みだけが残るインスタントコーヒーを飲んだような感覚に襲われる。


「不安なんだ。」

ヒロエは、率直に言葉にした。

着色もなく、ただ端的に努める。

「今までと違う。七胡も、多久兎も。そして俺自身ですら。」

ユウマは黙っている。

「悠馬。俺が“この日”に、他の誰かと時間を過ごすのは初めてなんだ。今までは3人で、一緒に過ごして終わった日を。俺は何の疑いもなく、朝、この道を来た。それが何を意味するのか、俺は知りたくない。このまま知らないでいれば、この先もきっと同じような道が来る。それならばそれでいいとさえ思える。だけど、どこかで知っている。そうではない意味を。俺は来てしまった。疑問を抱いてしまった。掻き立てられるこれが、“不安”以外の言葉で現されて、もっとうまく伝えられるなら言葉にするさ。だけど・・・俺には思いつかない。」


いつの頃からか、始まってしまったズレは、ヒロエを恐怖に陥れていた。

それは、時限爆弾の入った箱をヒロエに抱えさせた。

(そしてユウマはそれを開けるカギだった。)

取り出したくないものと、それを取り除きたいという葛藤で、ヒロエの身体からは冷えた汗が伝った。

「それは」と、ユウマが言葉を続けようとした。そのとき、耳慣れない音が鳴った。

「悪い。」

ユウマはスウェットのポケットから携帯を取り出した。

青いメタリックな外観に、シルバーの光が点灯する。

ユウマは携帯に出て、一言二言しゃべる。そして、すぐに黙った。

「わかった。」といって電話を切ると、ヒロエに向き合っていった。

ユウマの顔が、当惑と不安で青白い。


「多久兎が」


それだけで十分だった。不安がヒロエを覆いつくす。


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