3
朝起きると、ナナコは朝食を用意していた。
今日は珍しくパンを焼いていた。
「おはよう。」
「おはよ。」
短い挨拶の後、タクトがやってきて席に座る。
ヒロエはタクトを見やる。
変わらない。それでいて何かが違うような。
ナナコがバターをぬったパンを、タクトに渡す。
なんでもない日常。
ヒロエは黙って朝食に手をつける。
そう、“なんでもない日常”。
日差しは普段どおり3人を包み、朝の雰囲気がそこここにある。
「今日、おばあちゃんの家に行ってくるから。」
学校へ向かいながら、ナナコは言った。
「そっか。泊まってくるの?」
「うん。明日休みだしね。」
そういったナナコの顔を、ヒロエは見れなかった。
いつの間にか伸びた髪の毛が、ナナコの顔を隠していた。
ヒロエはなんとなく、ナナコが最近髪を短くしたことがないな、と思った。
昔は―それはとても昔のことで、まだこの町ですら草原だった時代は―短い髪が太陽の光にちらちらと当たって、ナナコの笑顔によく似合っていた。
「わかった。気をつけて。」
「・・・うん。」
校舎に消えていく姿を目で追いながら、ヒロエは空を見上げた。
どんよりとした梅雨ならではの空。
帰ったらタクトと話をしなければならないかもしれない。
ヒロエは教室へと向かった。
だが、タクトはその日も戻らなかった。
曇天の空。
ヒロエはユウマと屋上で寝そべっていた。
3限目のチャイムが鳴る。
太陽が雲に隠れて、目には程よく明るい。
「一緒に生きてるってどういう感じ?」
ユウマが言った。
「なにが?」
風が二人の間を掠める。
「幼なじみ。」
タクトとナナコの顔が、空に浮かぶ。
「・・・うまく説明できないけど、暖かい感じ。」
ユウマが黙っているので、ヒロエは続けた。
「そこに常に誰かがいて、自分を知っている。どんなに離れていてもいつも同じ場所にいる。いままでも、これからも。それが・・・暖かい」
日差しのような、暖かさ。
「イヤになることないの?」
「どうして?俺は2人のことが好きだよ。失いたくない大切なものを、どうしてイヤになることがあるんだ。」
「俺には姉と弟がいるけど、浩衛たちのような関係じゃない。生まれたときから一緒で、血もつながってる。でも、俺にはその存在が苦痛でしかないんだ。時には足かせのように感じる。いなくなってしまえばいいのにとも思うよ。俺は一緒に生きるなんて、できない。」
「でもいつしか悠馬にも一緒に生きていく人ができるだろう?」
「さあな。」
ユウマは自嘲気味に笑った。
「俺たちは、そういう関係とは少し違うんだ。俺たちをつないでいるのは血じゃない。“チカラ”なんだ。」
「チカラ?」
「俺たちには“チカラ”があるんだよ。それは持っていても日々の上で何ももたらさない。成績が上がるわけでもない。金持ちになれるわけでもない。願えば、欲しいものがなんでも手に入るわけでもない。そう、人が生まれながらにしてもっている遺伝子と同じぐらい、なんてこともないごく単純でありふれたものなんだ。だから、一緒に生きていくうえで、実際それは俺たちに必要はない。でも、“チカラ”があるから、俺たちは一緒にいられるんだ。」
「ふうん・・・じゃぁ“チカラ”がなくなってしまったら?」
ヒロエは言葉に詰まった。
「考えたくもないね。」
彼らは―ヒロエとタクトとナナコは―長い長い年月をともに過ごしてきた。
それは地球と月と太陽のような太古の時間から。
引力のような“チカラ”によって決して離れることもなく。
それはお互いにごく自然なもので。
呼吸をするための酸素のようで。
白い雲と青い空のようで。
とても自然で美しい“チカラ”。
ヒロエはそうやって、長い長い過去を今まで生き、この先にある長い長い未来もまたともに歩むということを、疑いもしていなかった。