A子のお友達プロジェクト
A子は天才だった。クラスメイトと会話は合わず馴染めず、親はあまり家に帰らないので孤独な日々を送っていた。お金には困らなかった彼女は幼い頃から本と音楽だけが友達だった。心を豊かにする知識とフロアを沸かすEDMだけが彼女の孤独を癒してくれた。
人と関わるのが嫌いだった彼女だったが親から言われて仕方なく近くの高校に進学した。中学時代のクラスメイトから一新される事になったが、気難しい性格と人と話す習慣がない事で「悪い人ではないけど何となく近寄りがたい人」と言う印象でクラスメイトも先生も寄り付かなかった。
A子はロボット工学部…ロボ部を作るとそこで趣味に没頭する様になった。新しい部活動を作る条件は満たしていなかったが、実家が太く当人も扱いが難しい性格なため半ば大人の事情で許可が降りた。彼女は家に帰ってもあまりやる事がないので下校時間ギリギリまで部室に残って作業をしていた。
彼女は今日もロボ部に籠もっている。ロボ部には良く分からない部品が散乱しており、開封した様々な部品の匂いが悪臭を放っていて、クーラーがガンガン利いていて少し寒い。少し震えながらA子はご機嫌そうに成果物を眺める。
「やはり私は天才…いや神かもしれん」
いつもの様に独り言をぶつぶつと言っていた。
彼女の目の前にあるのは頭の付いたトルソーの様な物である。その頭はA子にそっくりだった。
「お友達プロジェクトもいよいよ佳境。後は起動してくれれば良いのだがな」
理論上は上手く行くはずなのだがどうにも起動しないらしい。A子は腕を組んで何が駄目なのか悩む。ふと、外を見るともう外は暗い。そろそろ下校時間である。彼女は自身の分身であるA子ロボに埃よけのカバーを被せた。
やや後ろ髪引かれる思いながらも彼女は白衣を脱いでハンガーポールにかけると部室を後にした。
翌日、放課後になるとA子は早速と部室に向かおうと席を立つ。するとB子と言うクラスメイトがやって来た。彼女はスポーツ万能でクラスの人気者。A子とは対照的な人物だった。
B子はA子の前に立つとジロジロ眺める。
「やぁ、B子君。何か用かね?」
「いやさあ、A子って部室でいつも何やってんのかなって。部員1人なんでしょ?」
「部室でやる事は部活に決まっているだろう?」
A子はニヤニヤしながら言う。嫌味な顔をしている様に見えるが実は単に、はにかんでいるだけである。
「そうじゃなくてさぁ、いつもロボ部から異臭がするとか、変な音が聞こえるとか、中にはお化けを見たなんて噂もあってさ」
「お友達を作っているのだ。ロボットのね。多分、その噂はお友達作りに伴うものだろう」
人柄と家から誰も近寄りたがらない。部室から異臭が漂い異音が響く。クーラーの調整が下手なのでいつも部屋の前は冷気が漏れており、時折奇声が発せられる。活動内容は誰も殆ど知らない。夏の風物詩たる生きた怪異と言っても過言ではないのが彼女だった。
「え?!ロボットのお友達?!何それ気になる」
目をキラキラと輝かせるB子。A子はますます照れくさくなって視線をそらした。それから彼女は照れくさそうに頬を掻きながら言う。
「そろそろ完成の予定なんだ。興味があるなら覗きに来るといい」
「マジで?!じゃあこの後お邪魔しようかな」
クラスの人気者に話しかけられた事、自分の開発しているロボットについて興味を持ってもらえた事、喜びを分かち合えるかもしれない事、A子は内心で喜んでいた。
しかしクラスメイトはB子がA子と接している事を快く思わなかった。B子は部活にせよ遊びにせよ何かと引っ張りだこなので、取り合う競合が増える事を快く思わなかったのだ。
「B子ー!部活行こうよ!」
「あ、うん!ごめん、先約があるんだった!」
「クラスの人気者は辛いね」
「日を改めて来るから!」
そう言ってB子は走り去って行った。A子はB子に話しかけられた出来事を何度も頭の中で反芻しながらA子ロボの開発を進めた。やはりこの日も上手く行かず起動はできなかった。
翌日、A子はいつも通り過ごしていた。B子は昨日から自身に絡んで来る事もなくいつも通りクラスメイトと和気あいあいとしていた。あれはたまたまクラスメイトに絡んでくる陽キャ特有のノリだったのであって、本当に興味があった訳ではないんだろう。A子はがっかりした様な、あるいはホッとした様な気持ちになっていた。
放課後になると部室に向かいA子ロボの開発のための復習を行う。一体何が駄目なのか。B子と話したその僅かな時間がむしろ友達と言う存在への憧憬を強めていた。
ややかび臭くなったロボ部の部室で何度も読み返した本を読んでいると部室の引き戸が開いた。ぎょっとして目をやるとそこにはB子がいた。彼女は部室にあるA子ロボを見て目を輝かせる。
「えーっ!?これがA子の言ってたお友達ロボ?!」
ドタドタとA子ロボの元に駆け寄るB子。端から頭の先までまじまじと眺める。A子はB子が開けっ放しにして部室の戸を閉めて彼女の横に並ぶ。
「すご、A子そっくりじゃん」
彼女はニコリと笑顔をA子に向ける。
「良くできているだろう?」
「凄いのはそうなんだけどさ、何でお友達ロボってA子そっくりなの?」
「知っての通り私は大変気難しくてね。私とお友達になれそうなのは、私ぐらいなものだろうと思ったのだ」
「なるほど?」
A子は自分で自分の言動が信じられなかった。考えるよりも前に言葉や振る舞いが出る。頭で考えれば緊張して何も言えなくなりそうなのに、自分の考えに反して理想通りの自分が振る舞える。こんなに喋られるもんなんだ。なんて驚いた。
これまでの彼女にとって会話なんて意思疎通のツールでしかなかった。だから同じ気持ちをシェアするおしゃべりがこんなに楽しいなんて思わなかった。彼女はほんのり心が温かくなった。
彼女の喜びはそれだけではない。B子の昨日の言葉はリップサービスなどではなかったのだ。本当に興味があって来てくれた。あのクラスの人気者が。彼女は口角が上がりそうになるのを我慢する。
「ねえねえ、これどうなってるの?腕パーツとかは?どうして服は着せないの?」
A子はB子を眺めながらぼんやり考えた。
…ああ、だからB子は人気者なんだろうな。
「A子?」
「ふふふ。どこから説明した物か迷ってね。良かろう、私が特別に分かるように説明して差し上げよう」
その日はA子ロボの開発は特に進まず、このロボの仕組みなどについて解説した。B子はイマイチ分かっていない様だったが真剣に聞いていた。
下校時間に近付くと講義を打ち切って帰る事になる。在校生はA子とB子が並んで下校している光景に驚いていた。A子は普段は慣れないほど注目を浴びていつもより挙動不審になっていた。
やがて分かれ道に着くとB子は笑顔をA子に向ける。
「決めた!私、ロボ部に入るよ!」
「気持ちは嬉しいが君はもう運動部を2つも掛け持ちしているだろう?」
「時間は何とか作るよ!私もA子ロボの完成が見たい!!」
きっとこの言葉もリップサービスなんかじゃないんだろうな。A子はそう感じた。彼女の顔に今までよりも自然な笑みが浮かぶ。
「そうか。では足繁く通いたまえよ」
そう言って別れた。後ろから「またね」の声がかかる。A子は右手をヒラヒラとさせて返事を返す。
家に着くとA子は鍵を開けて中に入る。
「ただいま…」
誰もいない。廊下を歩いてリビングルームに着くと手紙が置いてある。『冷蔵庫にいつものお弁当を入れておいたから』。A子は冷蔵庫の中身を見る。いつもスーパーに置いてあるお弁当だ。彼女は冷蔵庫を閉めて冷蔵庫に背をつけてもたれかかった。
やがて季節は秋になる。B子は想像以上にA子ロボの開発に協力的だった。B子はA子ほど頭は良くないが彼女が見落としがちな欠落を目敏く見つけると、それを参考に改良を加えて行った。起動こそしないが五里霧中の開発の日々に一条の光が差した気がした。
相変わらず部室は変な匂いがするが物がB子によって整理整頓されてかなり綺麗になった。散らかっている方がどこに何があるか分かる。なんて自負していたA子だったが一度物がなくなるとそれを探すのにあちこちひっくり返して回るなんて事が多々あった。整理整頓の大事さを実感してからは彼女も極力部室は綺麗に扱う様にしていた。
いつの間にかA子はB子に触発されて良く笑う様になっていた。
そんな日々が続いたある日。B子はどうしても外せない用事でロボ部へ来れなかった。A子は1人でA子ロボ開発に勤しんでいると、改めてB子がこの部室でどれだけ大きな存在になっているのかを実感して笑った。
「明日は来てくれるかな…」
作業を続けていると、何となく、とにかく形容しがたい不安が膨れ上がって来た。彼女はそれが何なのか分からない。何かに怯えていて、胸が苦しくなった。
「私らしくないな。何なのだこの気持ちは」
彼女はそれを手に取った。A子ロボの腕パーツである。
「A子ロボの起動が先だったはずだ。私は何故、この期に及んで腕パーツの制作なんてしているのだろう?」
その時、稲光りがした。A子ロボの瞼が目の様に輝いて見えた。A子は驚いて振り向く。激しい夕立の音がロボ部に響く。激しい動悸がする。A子は胸に手を当てる。
「…怖かったのか?A子ロボか起動した様に見えたから?」
A子は自身が何に怯えているのかに気が付いた。それはA子ロボの完成の事だった。
「馬鹿馬鹿しい。A子ロボの完成は私の悲願ではないか。完成したら、助手と喜びを分かち合い…」
それで?
A子の背筋が凍る。A子ロボが完成したら?
ガラガラガラ…。
「っ!!」
引き戸の音に思わず飛び上がるA子。B子だった。A子は心臓がバクバクとしていたが、その様子に気付かずB子はA子に歩み寄る。それから大胆にA子の背中をバシバシと叩く。
「夕立ヤバいね!雨のおかげで予定が変わったからこっちに来たよ!」
「そ、そうか。それは重畳重畳…」
そう言ってA子ロボの開発を再開する。A子は腕のパーツを調整しながらふとB子の方を何度も見る。
「どうかした?」
「いや…」
「何か変だよ?」
A子の言動はいつも変わっているので、B子に指摘されるほど言動が不自然となると余程動揺しているのだろう。A子もこのままではいけないと、どうしていいかは分からないが手を打たなければならないと気が焦った。
元から緊張していても不安になっていても自然に振る舞えた。いざ本当に言動が変に見られるとどう平生を保てばいいか分からない。内心は様々な気持ちが渦巻きながら、A子は一生懸命に言葉を紡ぎ出した。
「…なぁ、B子。私達の関係って、何だ?」
「んー?博士と助手でしょ!…なんてね。どしたの急に」
笑いながら言うB子。A子はぎこちない笑顔を浮かべた。
「うむ。時々忘れそうになるのだ」
「やっぱ変だよ」
「はは」
以前よりB子に緊張しなくなった。自然に言葉が出る様になった。それでもある言葉が言えなかった。この日のA子はかなり不調な様でミスを繰り返した。もはや取り繕う事もできないと分かると彼女の言動はかなりしおらしくなった。B子に心配されながらも今日の部活は早めに切り上げる事になった。
学校の校門近くに来るとB子の父が車を止めていた。
「ありがとー!A子も乗って行きなよ。送るよ。お父さん、この子がこの間言ってた天才の子だよ!」
「あー、あの天才の!いつも娘がお世話になってるね!これからも仲良くしてあげてよ!」
「あ、いえ、その…」
お礼を言って、それからお邪魔しますって言って車に乗って、それから家を案内して…。A子は鈍くなった頭で言う事を考えるべく思考を回転させる。言葉が出て来ない。
ああ、父娘、2人顔がそっくりだな。なんて呑気に思った。A子は傘を差していたが僅かにズレていて肩の近くが雨に濡れている。B子は心配そうに「A子?」と尋ねる。
「ごめん。部室に忘れ物をしたよ。先に帰って」
「その…大丈夫?」
「うん。大丈夫。大丈夫だから」
A子はそう言うと踵を返した。B子の父も心配していたが、しばらくして彼女が学校に戻って行く後ろ姿を見て車を発進させた。
A子は部室に戻るとA子ロボを眺める。
「………」
それは余りに突然の事だった。A子が死んだ。夕立の日、帰りに車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。相手は一時停止を無視して飛び出してA子を撥ねたらしい。B子は血の気が引いた。車の窓から後ろ姿を見送って1時間も経たない内に死んだ。
B子のショックは大きかった。A子の様子がおかしかったのは自分も知っていた。普段の聡明な彼女なら危険予測を怠らず一時停止を無視する車を避けられたかもしれない。あの時強引にでも車に連れ込んでいたなら死ななかったかもしれない。あらゆる考えが頭を過っては悔恨と自責の念に駆られた。
彼女の両親は家族葬にするらしく葬儀に並ぶ事もできなかった。あまりに顔色が悪く早退する様にクラスメイトや先生に勧められたが、大丈夫の一点張りでB子は放課後に部室に向かった。
部室に入るとB子はA子ロボに抱き着いた。
「A子…、何で死んじゃったんだよ…!」
B子は声を殺して泣いた。まだ話したい事が沢山あった。A子ロボの完成を一緒に見届けたかった。もう叶わなくなってしまった。
「A子…」
泣きじゃくっていると、ふとA子ロボの首の後ろに何かが付いているのが手首越しに分かった。髪の毛ではない。昨日までは確かにこんな物はなかった。手で触れてみるとそれはまるでタグの様な物だった。
手探りでそれを摘んで手に取る。それは短い手紙だった。
『私と友達になってください』
間違いなくA子の筆跡だった。
A子ロボの起動に祈りを込めて書いたのなら、忘れ物と称してまでこれを書きに戻る必要はない。B子の頭に過るのはつい昨日の何気ない会話。
『…なぁ、B子。私達の関係って、何だ?』
『んー?博士と助手でしょ!…なんてね。どしたの急に』
たった一言、私の友達になって欲しいと言うだけの事が言えなかったのだ。冗談で返したつもりが彼女を傷つけていた。B子の心の傷にこの事実が深く食い込んだ。
もう一度、もう一度だけA子に会いたい。会ってごめんなさいが言いたい。A子ロボは、もはやそのための唯一の手段だった。彼女本人でなくとも、同じ思考ができる存在であれば、あの日の答えが聞けるかも知れない。
そんな望みに縋る様にB子はA子ロボの完成に全身全霊を捧げた。他2つの部活も辞めて、A子の両親を拝み倒して彼女の部屋の本を勉強させてもらった。かつて彼女が座っていた席に飾られた花が、より再会に対する執念をより強固な物にさせた。
彼女の死からやがて2年が経った。もはや狂気とも呼べるその執念で周囲の友達とは疎遠になって行った。それでも彼女は止まらなかった。
過ごした人生の長さで言えばA子との思い出は一滴の染みの様な短い出来事である。それ以上長い月日が大切なそれを曖昧な物にして行く。彼女がどんな顔をしていたか、どんな顔で笑ったか、どんな声をしていたか。少しずつ滲んで行く。
焦りと不安と恐怖が彼女の強迫観念となって襲う。もはやA子ロボだけがA子との関係を繋ぐ唯一のかすがいの様にさえ思えた。
卒業までにA子ロボを完成させられるのだろうか。B子は頭を抱えて塞ぎ込む。A子ロボはこれまでの彼女が生きて来た知恵の結晶の産物。1、2年独学で頑張ったぐらいでどうにもなる物ではなかった。金も物も時間も頭も足りない。
部室の椅子の背もたれにもたれ掛かりながらA子の残したタグを見る。
『私と友達になってください』
ふとそのタグを眺めていると上の真ん中ぐらいの所が千切れているのが見えた。初めてこのタグを見た時の事を思い出すB子。
「確か手探りで…」
千切ったとしたら自分だ。B子は改めてA子ロボの後ろ首を確認する。良く見るとタグの切れ端がある。どうやらこのタグはA子ロボの後ろ首に空いた小さな穴に押し込んであったらしく、やや乱暴に取った際に切れ端が残ってしまったらしい。B子はピンセットで慎重に紙を取り除く。
…リーン、ピコーン。
「!」
A子ロボから音がした。まるで本物の人間の様にぬるりと目を開き瞬きをする。彼女の瞳がB子を見る。ピピピと音を立てて瞳が動く。B子を顔登録から参照して識別する。
「…おや、A子。気が変わったのかい?」
「A子、A子ーーっ!!」
B子は涙を流してA子ロボの真っ正面に立つと膝立ちになって抱き着く。A子ロボは声紋の参照からA子ではないと判断し、改めて顔登録の再参照も含めてリサーチする。しかしサンプルとなる先程の顔はブレていて、叫び声ではサンプルと照合も難しい。
「おっと失礼…お嬢さん、お名前をお伺いしてもよろしいか?」
B子は彼女を離して向かい合う。今度こそ顔の骨格やパーツの位置からその人物を割り出し、A子ロボは率直に困惑した。
「B子君じゃないか…。君、どうしたんだねその格好は」
A子ロボが驚いたのも無理はない。今のB子は髪型も制服の着方もA子に寄せていた。B子の方が身長は高く顔つきも異なるが、元のB子からは想像もできない程にやつれている事が余計にA子に姿を近付ける事になった。
「はは、A子ロボは、完成していた…」
彼女は乾いた声で笑う。
「彼女はとある理由で私を完成させたくなかったのだよ」
「…君が完成すれば、あの子は私と今の関係を保てなくなると考えたんだろうね。私がもっとあの子に寄り添って考えてあげられたなら、こんな事にはならなかっただろうに」
「私が起動したと言う事は、A子に何かあったのだね?そうだろう?」
「A子は死んだよ。事故でね。2年前の事さ」
「それで君がお友達プロジェクトを引き継いだ訳だね」
「… 私はあの日の事をA子に謝りたい。私達は友達だと伝えたい。A子なら何て言うと思う?」
「B子は彼女にとって憧れの存在だと私のデータベースにある。泣いて喜んだ事だろう。あまり気に病むなB子。あれは不幸な事故だった。A子も君を責めたりしない」
「A子、これからずっと一緒だよ…」
そう言ってB子はA子ロボを抱きしめる。A子ロボは微笑む。
「もちろんだとも。君が望むのならいつまでも君のそばにいるよ。…でもねB子、私は一時的に君の心に空いた穴を埋める事はできても、A子の代わりにはなれない。それを忘れないでくれ。いつかはそれを認めて受け入れる日が来るんだ」
A子ロボが起動してからは、B子は父から借りた楽器ケースに入れて持ち運んで自宅に持ち帰った。それから程なくして学校へは行かなくなった。彼女の変わり様からB子の両親もそれを咎めたりしなかった。
塞ぎ込んだ今のB子をA子ロボも快く思っていた訳ではないが、今は壊れそうな彼女の心を保護する事が優先だと思いあまり深く踏み込む事はしなかった。
それから数カ月が経った。やはりB子の精神状態は健全とは思えなかったが、割れた皿を接着剤でくっつけた様な不安定さのある今の彼女に立ち直る様に無理強いはできないとA子ロボは考え彼女に合わせる日々を送っている。
ある日、A子ロボの前に小さく愛らしいミニテーブルが置かれた。B子は階段を上がるとA子ロボの前にカップケーキを置いた。2人分ある。
「B子、今日はご機嫌だね。このカップケーキは何かの記念かな?」
「今日はA子の誕生日じゃないか」
A子ロボはずっと気になっているが、あれからもB子はA子の様な振る舞いを続けている。B子が過ごしたいのは返らなかったA子との日々ではないのかと首を傾げる思いだったが彼女の真意は分からない。
せっかくご機嫌な事もあるのでA子ロボは改めてB子にその事について尋ねてみる事にする。
「別にそれをどうこう言うつもりはなく、シンプルに疑問なのだがB子はどうしてA子の格好をしているんだ?」
「?」
私からの質問に首を傾げるB子。
「いやほら、髪型とか趣味とか、雰囲気をA子に寄せてるなって思ってね」
「?」
やはり首を傾げるB子。理由はよく分からないが答えてくれないらしい。A子ロボは視線をカップケーキに落とした。
「うん、甘くて美味しいな。どこで買って来たんだ?」
「行きつけと言うほどではないがよく行く店がある。そこでね」
どうやら特定の話題にさえ触れなければ会話は問題ないらしい。なお、A子ロボには物を食べる機能はない。
…ちなみに今のB子はA子のイメージから元々はスポーティー系のファッションだったがチル系ファッションに変えており、本を読んだりパソコンを眺めたりして勉強ばかりしている。
実際の所のA子はと言うと私服はロールシャッハテストみたいな模様に目が痛くなる様なケミカルカラーの辛うじてヒッピー系ファッションと呼べる様な良く分からない服を海外から取り寄せて好き好んで着ていた。
勉強したりパソコンを覗いたりもしていたが寂しさに耐えられなくなると音楽配信サイトでEDMをランキング順に再生して万華鏡の様な模様が映るサングラスをかけ、アロマ線香を束で火を点けて1人でダンスフィーバーしている側面もあったが…実行に移されると困るのでA子ロボは口を噤む事にした。
冬になるとB子はA子ロボの解析に夢中になっていた。A子ロボと話すよりA子を感じていられるから…と言う風にA子ロボは解釈した。A子ロボは複数の線に繋がれながらパソコンの前で作業を進めているB子を眺める。
「…B子君、申し訳ないが私に何か服を着せてくれないか」
「空調は利いているだろう?私以外に見る者もいる訳でもあるまいに、何が不満だと言うのかね」
「君は訳もなく裸になるのかね」
B子はその場で服を脱ぎだした。
「私が悪かった」
どうにも気難しさまでA子に似てきた気がする。なんてA子ロボはぼんやり考えた。
…それからしばらく、パソコンのブルーライトの明かりとキーボードを叩く音だけの空間に戻る。A子ロボは目を細めた。
「B子君、私に手足を付けてくれないか。概ね完成しているのだろう?」
「君は今のままでもとってもチャーミングだよ」
A子ロボは俯いた。B子も何か思う所があったのか作業の手を止めて別室に行った。しばらくすると包装紙に包まれた何かを持って来た。それをA子ロボに見せる。中身が分からない。
その包みを目の前で破いて見せる。その中身は小さなキャタピラだった。B子はニッコリと笑うとA子ロボに接続されたプラグを外し、取り出したキャタピラパーツと腰と連結させた。それからその姿を鏡で見せる。
「どう?凄く良くない?」
「ああ…その、前衛芸術的な美的センスに驚嘆したよ」
A子ならやりかねないと言う意味ではもはや収斂進化ならぬ収斂成長の域にでも達したかなんて頭でボヤいた。
「A子ロボなら分かってくれると思ったよ!」
B子はご満悦な笑みを浮かべて作業に戻った。こうしてA子ロボはB子の部屋を動ける様になったが行動制限は多く、彼女の部屋のドアの先に行くのにさえB子に開けてもらう必要があった。
一応B子に頼めばA子ロボは家の中を自由に探索できた。B子は要求を聞くとすぐに行動に移し、それからはまた自室に籠もって作業に戻る。何か用があれば彼女のパソコンにメッセージを送る。A子ロボの行動範囲が少しだけ伸びた。あまり動くとB子の家族と出会って驚かれたりする。
やがて年も暮れ。寒い部屋でB子は暖房も入れずにA子ロボの瞳を覗き込んでいた。A子ロボはB子の気持ちを推し量る事ができずただ黙って見つめ返した。B子はため息をついた。
「…今や私はA子を再現すべく彼女自身をベースに作ったA子ロボよりA子と言える。しかし、未だに私はA子たり得ていない。何が駄目だと言うのだろう」
彼女の口から出て来たのはこれまでA子ロボが何度問いかけても首を傾げるばかりで答えてくれなかった事だ。今なら聞けるかも知れない。A子ロボは尋ねる。
「何故A子である事に拘り続ける?君はB子。私はA子ロボ。それ以上でもそれ以下でもあるまい」
「あの日、A子は私に出会わなければ死なずに済んだのだ。私さえいなければ。私とA子ロボのお友達プロジェクトの完遂。この悲願をどう達成したら良いか分からない」
B子はA子ロボの言葉を借りてでも自分を許せなかった。その結果、自分がB子と言う忌むべき存在である事を認めつつもA子として生きる事でプロジェクトを完遂しようとした。自分がいなかったはずの未来を自ら演じようとした。
傍から見れば無意味に見えるそれは一種の自己防衛の様な物だった。彼女の自身への憎悪はそこまで達していた。
A子ロボはため息をついた。
「もうA子を追うのはやめたまえ。例え君がどんなに彼女を真似たとて、近付いても交わる事のない平行線。それが君達なのだ」
「そうだ。B子。B子が足りない。あの子の人生にはB子がいた。あの頃の彼女にとって私は大きな存在だったはず。B子ロボを作れば良い」
そう言うとB子はB子ロボの製作に身を乗り出す。紙を取り出てB子ロボの作図に入る。A子ロボはもはや多少痛みを伴ってでもB子からこの苦しみを断ってやらねばと決意する。
逃げる様に机に向かうB子の背中に向かってA子ロボは声をかけた。
「A子は自分を変えられなかったばかりにロボットの友達を作ろうとした。君は友達を捨てて自分をA子に変えようとした。手段と目的が根本的に逆なのだ。君の求めるA子とは、姿を追えば追うほどかけ離れて行く蜃気楼の様な物なのだ」
A子ロボの言葉を聞いてピタリと動きを止めるB子。
「君ももう内心は分かっているだろうが、察しの通り私はA子に似ていない。記憶と呼べるデータは移してある。性格も寄せて調整してある。声も見た目もそうだ。しかし、私にはA子と同様の願いもコンプレックスもない。結局、私もB子もA子そのものになどなれないのだ」
どんなにA子の様に寄せて作ってあってもA子ロボのベースは人工知能である。彼女には友達が欲しいと言う願望はない。友達を作ると言う目的さえ設定されれば与えられた手段で難なく実行に移すだろう。願望はない。コンプレックスもない。人間特有の心の機微らしい物は、それを再現できたとしても別に持ち合わせていないのだ。故に似せて作っても限界がある。
やがて彼女は笑い出した。肩を揺らして笑う。彼女は天を仰いで笑い続ける。彼女の目尻から大粒の涙が堰を切った様に溢れ出す。
やがてB子は全身の力が抜けたようにだらりと前屈みになる。
「B子君…」
「A子、君は実に馬鹿だな…」
そう言うとB子は部屋の隅に置いていたバールを掴んだ。それからA子ロボの前に立つ。
「それでいい。遅かれ早かれA子も同じ結論に行き着いただろう。それではさようなら、B子君。良い人生を」
A子ロボは微笑んだ。B子はバールを彼女に向かって振り下ろした。それは直ぐに壊れて動かなくなる。B子は何度も何度も振り下ろした。A子ロボはもはや原型を留めていない。
彼女は無言で残骸になったA子ロボを見下ろす。それからバールをベッドの外に放り出した。
「うふ、うふふふ…」
B子は無邪気な子供の様な表情を浮かべて部屋を出る。
玄関まで向かうと彼女の母親がリビングルームから出て来た。
「B子?どこへ行くの?今の音は?」
そう聞かれてB子は振り返る。
「あのね、あの子きっと寂しがってるから」
「何を言っているの?」
B子は家を出て行った。
「行ってきます」
今年の3月に見た夢を参考に小説にした。夢の中ではB子はB子ロボを作るんだけどA子ロボの開発と全く同じ所で躓いて起動しなかった。起動しない原因を探るためにA子ロボ調べてる時に後ろ首の所に「友達になってください」って書いてあった。




