舞踊姉妹
「ひより先生、この写真何ですか?」
「瑠璃香さん、写真ばかり眺めてないで手を動かしなさい。」
昭和19年神戸にある星蘭高等女学校では大掃除が行われていた。3年前アメリカとの戦争が始まってからというもの日本の戦況は悪化。都会は空襲で火の海と化し星蘭に東京の女学生達が疎開しに来る事になったのだ。空き教室は彼女達が泊まる場所になるのだ。
教室から講堂に運ばれて来た机を整理していた時だ。4年生の瑠璃香は1枚の写真を見つけた。それは黒い燕尾服の長身の少女と桃色のドレスを着た女の子が同士で立っている写真だ。2人とも手には花束を持っている。
「懐かしいわ。まだとってあったのね」
「いえ、この写真先生ですよね?」
瑠璃香は写真の桃色のドレスの少女を指指す。
「そうよ。」
「これ文化祭の劇か何かですか?」
「いいえ、これは舞踏会の時のよ。」
大正時代、ひよりがまだこの学校の生徒だった頃洋装の制服はなかったものの西洋諸国の教育に力を入れ英語やフランス語は勿論バイオリンやテーブルマナー、そしてダンスの授業もあった。そして年に1度舞踏会が講堂で行われていた。
「その日だけは袴じゃなくてドレスを着るの。皆お気に入りのドレスを用意するのよ。」
百貨店で特注したり、中には自分の家の専属のお針子に頼んで作ってもらう娘もいた。
「自分だけのドレスも素敵だったけど一番はエス同士で踊るのが楽しかったわ。」
舞踏会の最後にエス同士で1組ずつ踊り一番を決めるのだ。お姉様の手を取る妹とりーどするお姉様。一番に選ばれた舞踊姉妹と呼ばれる。当時3年生だったひよりは2つ上のお姉様と踊り舞踊姉妹に選ばれたのだ。
「でもこの人男物の格好してますよね?」
瑠璃香は写真の中のひよりの隣に立つ燕尾服の少女を指す。
「お姉様は長身で短髪だったから私がお願いしたの。私宝塚が好きだったから。そしたら本番では僕と踊ってくれますか?って言って誘ってくれたのよ。」
「僕と踊ってくれますか?」
瑠璃香が跪いてひよりに手を差し出す。
「こうですか?先生」
「ええ」
ひよりは差し出された手を取り見つめ合う。
『ふふふ』
2人は思わず吹き出してしまう。しかしひよりの顔からすっと笑顔が消える。ひよりは部屋の隅に立てかけてある姿見に目をやる。そこにはセーラー服にもんぺ姿の瑠璃香と白いブラウスに黒い無地のスカートを履いた自分が写る。
「先生、どうしました?」
瑠璃香が心配そうに声をかける。
「ごめんなさい。昔を思い出していて。」
ひよりが在学中の頃と比べ学校も随分変わった。3年前の開戦により外国人の教師達は帰国。舞踏会は勿論英語の授業もテーブルマナーの授業も廃止された。エスもSisterは敵国の言葉だからという理由でなくなった。華やかだったあの頃の面影はどこにもないのだ。
「先生!!」
翌日の学校、ひよりは教室で朝の会を終えた後だった。廊下を出たひよりを瑠璃香が呼びとめる。
「今朝はありがとうございました。」
瑠璃香は今朝講堂の広間で倒れてるのをひよりによって発見された。かつて舞踏会が行われていた場所だ。
「無事で良かったわ。でも瑠璃香さん、どうして昨日あそこにいたの?」
昨日の放課後瑠璃香は駅で鞄を開き財布を落とした事に気付いた。講堂にあるからと思い戻ったら案の定ひよりと片付けをしてた部屋に落ちていた。
「それで帰ろうとしたのですが」
タン タン タン タン タン タン
2階からステップを踏む音が聞こえてきたと言う。
「それで2階に上がってみようとしたのですが」
階段を登ろうとしたら今度は音楽が流れてきたのだ。 最初は誰かがいるのかと思い階段を登り始める。音楽が聞こえてきたのは長い廊下の先の部屋だ。
「あの、誰かいるのですか?」
瑠璃香はその扉を開ける。舞踏会で華やいでいた場所は今はシャンデリアが天井から吊るされてるだけで誰もいない。隅にあった蓄音機から音楽が流れているだけだった。
「誰かが消し忘れたのね。」
瑠璃香は蓄音機の針をどかし曲を止める。そして何事もなかったように部屋を出ようとしたら
タン タン タン タン タン タン
再びステップを踏む音が聞こえてきた。瑠璃香のすぐ後から聞こえてくる。瑠璃香はゆっくりと振り返る。
「きゃあ!!」
瑠璃香の目の前には赤いのドレスを着た長い黒い髪の少女が立っていた。彼女は白目を剥いていて明らかにこの世の人間ではない。少女はゆっくりと瑠璃香に近づいてくる。瑠璃香が腰を抜かして動けなくなってると少女はゆっくりと瑠璃香の目の前に顔がくるようにしゃがむ。瑠璃香と目が合うと低い声で呟く。
「邪魔をするな。」
瑠璃香はその場で意識を失ってしまった。
「ひより先生、姉がここの出身だったのですが聞いた事があるんです。」
ひよりの姉によるとかつて舞踏会で一緒に踊るはずだったお姉様に裏切られ広間の窓から飛び降りて命を絶った娘がいると。彼女のお姉様は学校一の憧れの最上級生に乗り換え舞踊姉妹に選ばれたのだと。
「その娘はきっと大好きだったお姉様と舞踏会で踊れなかった事が未練であの場所で1人で踊ってるのだと思います。先生、そこで提案があるんです」
それから1週間経った夜ひよりは昔舞踏会で着たピンクのドレスを着てランプを持って学校の講堂に向かう。瑠璃香から提案されたのだ。
「先生、あの娘のために舞踏会を復活できませんか?」
ひよりには願ってもない提案だった。しかし舞踏会は敵国の文化である校長先生が許可してくれるはずがない。
「だから夜中こっそり開くのです。皆にも声かけて。」
そこでひよりが宿直の日にやろうと提案した。星蘭は女性教師が圧倒的に多いため女性も宿直に入る事があるのだ。
ひよりはランプの灯りを頼りに講堂の階段を登り広間へとたどり着く。カーテンは閉められシャンデリアの電球がかすかに広間を照らしている。
「瑠璃香ちゃん?」
ランプの灯りが窓際に立つ人影を捉える。水色のドレスで長い黒髪を降ろしている。
「瑠璃香ちゃん?」
名前を呼ぶが返事はない。
「瑠璃香ちゃんなの?」
「お姉様、ひよりお姉様。」
彼女は突然ひよりの名前を呼ぶ。
「華奈子?!」
その時突然ひよりにある記憶が甦った。
「貴女、華奈子なの?」
「やっぱりひよリ先生だったのですね。」
彼女は振り向いてひよりに姿を見せる。
「瑠璃香ちゃん?!」
彼女は瑠璃香だった。
「瑠璃香ちゃん、どういうつもり?」
「それはこっちの台詞ですよ。先生。貴女は華奈子お姉ちゃんを自殺に追い込んで平気で生きている。違いますか?これ家の引き出しで見つけたんです。」
瑠璃香は一冊の日記帳を取り出す。
「私にお姉ちゃんがいたのも驚きですが。まさか先生とエスだったなんて。 」
瑠璃香は日記帳を開く。
「大正15年4月10日。
今日は星蘭の入学式。この女学校にもよく聞くエスというものがあるらしい。だけどここではエス同士で踊る舞踏会がありその日だけは袴を脱いでドレスに着替えて踊れるみたい。私もお気に入りのドレスで素敵なお姉様と踊りたいな。
大正15年5月2日
図書館で素敵な上級生と出会った。水色のカチューシャで髪を一纏めにした紺色に黄色い花柄の振り袖と緑の袴はお姉様。3年生の白鷺ひよりさんという方。吉屋信子先生のふぁんで新作の話題で盛り上がってしまったわ。知的で優しくてこの方がお姉様だったらいいのに。そうだわ、お手紙をお書きしよう。
大正15年5月6日
放課後手紙で図書室に呼び出された。差出人は分からないが言ってみた。そこにいたのはひよりさんだった。お手紙ありがとうと言われ返事を聞かされた。私で良ければ宜しくねと。舞踏会でひよりお姉様と踊れるのが楽しみ。」
瑠璃香は日記を読み上げる。そこには華奈子がひよりと過ごした日々が綴られていた。そして
「大正15年11月20日
明日は舞踏会。ひよりお姉様が選んでくれた水色のドレスで一緒に踊れる。お姉様は私のドレス見て何て言ってくれるかな?
大正15年11月21日
お姉様は私じゃなくて違う人を選んだ。学校一の人気の5年生の佐伯ちかさんを。ちかさんはタキシード姿でひよりお姉様をリードしていた。皆が2人に注目する。2人は舞踊姉妹に見事選ばれた。ひよりお姉様の隣にいるのは私のはずなのに。悔しい。悲しい。」
瑠璃香は日記帳を閉じる。
「その翌日華奈子お姉ちゃんは講堂の2階の窓から飛び降りたってお母様から聞いたわ。お姉ちゃんは先生の事慕ってた。なのに簡単に裏切るなんて。作り話をしたら来てくれたのは良かったわ。」
瑠璃香はひよりに近づき開いた窓に追い詰めると首を絞める。
「ごめんなさい、やめて。許して。」
「謝るならあの世でお姉ちゃんに謝って。」
瑠璃香が突き飛ばそうとする手を誰かが止める。
「瑠璃香、やめて。」
瑠璃香の隣に淡いピンク色の袴に青い女袴の少女が現れる。学年は1年生ぐらいの小さい娘だ。
「華奈子お姉ちゃん?」
「華奈子なの?ごめんなさい。私がちか先輩を好きになったばかりに。」
ひよりは膝をついて謝罪する。
「華奈子お姉ちゃん、先生の事許すの?お姉ちゃんを自殺に追い込んだのよ。」
華奈子はひよりに近づくと優しく立ち上がらせる。
「本当にごめんなさい。許してくれるの?」
「許さない。」
翌日ひよりは講堂の脇で出血して倒れているところを登校してきた生徒により発見された。警察が来て即死と判断している。その様子を講堂の窓から瑠璃香が見下ろしていた。
「ありがとう、瑠璃香。」
瑠璃香の背後から華奈子がお礼を言う。昨日と同じ袴姿だ。
「いいのよ。お姉ちゃんが満足なら。」
華奈子は満面の笑みを浮かべる。
「瑠璃香、一緒に踊ってくれる?」
「ええ」
瑠璃香は蓄音機をかけると華奈子と組んで踊り出す。華奈子のリードで。曲が終わると華奈子の身体は光に包まれる。
「お姉ちゃん、逝くの?」
「ええ。私の姉妹はひよりじゃなくて瑠璃香だわ。ありがとう私の妹。」
そう言って華奈子は姿を消す。瑠璃香は窓際に向かって手を合わせる。
FIN




