第18話:魔娘降臨!〜ブラック企業(魔王軍)の労働環境をコタツで改善〜
ダンジョン最深部『奈落の間』。
かつては数々の冒険者が血を流し、絶望に沈んだであろうこの禍々しい空間は今、完全に「実家の茶の間」と化していた。
「いやぁ、鈴木殿。この『みかん』という果実、ビタミンが骨に染み渡りますな……。これぞまさしく神の恵み……」
「だろ? 白いスジは取らずに食べる派なんだわ、俺」
「スピースピー……(※ちくわの寝息)」
「盟主様……アリアはもう、一生ここから動きたくありません……」
みかん箱(絶対防御)を被った俺、バスローブ姿の不死の王、エルフのアリア、そして古竜が、一つの神話級コタツに肩を並べて入っている。
ダンジョン攻略を終えた俺たちは、完全に『怠惰の魔座』の魔力に敗北し、ぬくぬくと暖を取っていた。
そんな、あまりにも平和(?)な空気を引き裂くように、玉座の前の空間が唐突にグニャリと歪んだ。
『ゴゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!』
赤黒い業火が吹き荒れ、空間の裂け目から、この世の全ての絶望を煮詰めたような漆黒の魔力が溢れ出す。
現れたのは、ねじ曲がった2本の角と背中にコウモリの翼を生やし、父親譲りの絶対的な威圧感を放つ魔界の姫君――魔王の娘である「魔娘」だった。
「なっ……!? 魔娘様ァァァッ!?」
不死の王がコタツの中でガタガタと骨を鳴らして震え上がった。
「リッチ・キングよ。定期報告が途絶えたゆえ、魔王軍の実務を統括する我自ら視察に来てみれば……貴様、我らが宿敵である人間とエルフを前に、何をくつろいで――って、は?」
魔娘は怒りに満ちた声を張り上げようとして、俺たちの異様すぎる光景(敵陣営と一緒にコタツでみかんを食べている)に完全にフリーズした。
『異世界転生・召喚板』
232 名前:名無しの転生者
ファッ!? 魔王の娘が来ちゃったよwww
233 名前:名無しの転生者
ダンジョン攻略から幹部(姫)討伐までRTAすぎるだろ
234 名前:名無しの転生者
魔娘様、完全にポカンとしてて草
235 名前:名無しの転生者
イッチ、ここは魔界の姫にふさわしいおもてなしをしてやれ!
【安価】魔娘への第一声 >>240
「いやいやいや! 無理だから! 今コタツから出たら絶対殺されるから!」
236 名前:名無しの転生者
土下座して命乞い
237 名前:名無しの転生者
「お前を倒して魔王に『娘さんを僕にください』と言いに行く」と宣言
(中略)
239 名前:名無しの転生者
孫の手でケツバット
240 名前:名無しの転生者
みかんをコタツの机の上でツツーッと滑らせて魔娘の前に差し出し、中間管理職のような深い溜め息をつきながら「魔娘さん……ちゃんと『有給』消化してます? 魔王軍にも労基は入りますよ?」と説教する
「だからなんで魔界のお姫様に労働基準法を持ち出すんだよォォォ!!」
心の中の絶叫とは裏腹に、スキルの強制力は俺の体を無慈悲に動かす。
俺はコタツから一歩も出ず、みかん箱を被ったまま、手元にあったみかんを指で弾いた。
ツツーッ……。
みかんがコタツの天板を滑り、魔娘の目の前でピタリと止まる。
「な、なんだ貴様は……このみかん箱を被った不審者は……!」
警戒のあまり一歩下がる魔娘に対し、俺は前世で幾度となく聞いた『疲れたサラリーマンの深い溜め息』を漏らした。
「はぁぁぁ……魔娘さん」
「……な、なんだ?」
「ちゃんと『有給』、消化してます? いくらお父さん(魔王)の代わりに世界征服が忙しいからって、部下をダンジョンに軟禁して働かせ続けるのはマズイですよ。魔王軍にだって……労基(労働基準監督署)は入りますからね?」
ピコォォォォォォンッ!!!!
スキル確定音が奈落の間に鳴り響く。
瞬間、俺の放った『労基』という概念が、魔王軍の絶対的なタテ社会のシステムを、現代日本の【労働コンプライアンス】へと強制的に書き換えた。
「……あ、あれ?」
魔娘から立ち昇っていた恐ろしい赤黒いオーラが、シュンッと音を立てて消滅する。
魔娘は両手で顔を覆い、その場にペタンと膝をついた。
「有給……休息……。そうか、我は……我は父から魔王軍の実務を丸投げされてこの数百年、たったの1日も休んでいなかった……。勇者が攻めてくれば休日出勤、四天王からは予算不足のクレーム、スライムの労災処理……」
241 名前:名無しの転生者
魔娘(ブラック企業の社長令嬢兼実質的社畜)
242 名前:名無しの転生者
魔娘様、過労死寸前で大草原
243 名前:名無しの転生者
労基(神話級の物理破壊よりも恐ろしい概念)
魔娘は大粒の涙(魔力)をポロポロとこぼし始めた。
その様子を見ていたアリアが、コタツの中でハッとして両手を組む。
「『ユウ・キュウ』……すなわち『悠久』! そして『ロウ・キ』……『|労鬼《労働を刈り取る上位概念》』! ああ……盟主様は、数百年もの間、父の重圧と闘争の呪縛に囚われていた魔界の姫の魂を、言葉ひとつで解放してしまわれたのですね!!」
「いや、ただの有給休暇の話なんだけど……」
「うおおおおん! 鈴木殿ぉぉぉ! 我も、我も休んでいいのだな!? もう勇者対策の企画書を作らなくてもいいのだな!?」
魔娘は泣き叫びながらコタツに這い寄り、俺とリッチ・キングの間に無理やり身体をねじ込んできた。
「ふおおおおお……っ! なんだこの暖かさは! 数百年ぶりの温もり……っ! 父に代わって世界を焼き尽くすまでもなく、ここ(コタツ)に全てがあったではないか……!」
魔娘は俺が差し出したみかんを震える手で剥き、口に放り込んで幸せそうに笑った。
「ギュウ!(もっと詰めろ!)」
ちくわが、魔娘の背中を前足で蹴ってスペースを確保する。
こうして、みかん箱を被った不審者(俺)、エルフ、古竜、魔王軍幹部、そして魔王の娘である魔娘が、一つ屋根の下で肩を寄せ合うという、カオス極まる状況が完成した。
世界を救うはずだった俺の冒険は、ついに「魔王軍のホワイト企業化(社長令嬢の有給消化)」という斜め上の形で平和(?)をもたらしてしまったのだった。




