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みんなの事情  作者: 紅月
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絵の鑑賞者

あなたがよかったと思ったところをすべて教えてください。

それを私の意見にしますから。

「ねぇ、春日(カスガ)は本気を出していると思う?」

 目の前の女性、私の母親にそうたずねられた。帰ってきて、パソコンを立ち上げて遊んでいたら、唐突に。

「ねぇ、春日は本気を出してる?」

 わからない。私の本気なんて私が知っているわけがない。でも、わからないと答えたら、目の前の女性はさらに言及してくるだろう。ポツリと呟いた、わからないという言葉は彼女には伝わらなかったらしい。また同じことをたずねてくる。やっぱり、わからない。

 価値基準の違う相手と話をしているようなかみ合わなさ。常々感じている居心地の悪さ。こうやって一対一で話していると私の中のその感じがいっせいに浮き彫りになる。このままでは埒が明かないので答えることにする。

「出していると思うよ(・・・)。」

「そう、春日は今、出しているって言ったけど、私にはそうは見えないの。」

 当たり前だ。私は出している、なんて言っていない。出していると思う(・・)と言ったのだ。誰よりも自分の本気を知らない私が断言できるはずもない。目の前の女性は喋り続ける。でも私にとっては右から左で頭の片隅にすらその言葉は残らないし、響かない。

「このままで、いいと思ってるの?」

 二つ目の質問。でも、それも、わからない。だめだとは思っていても、だめだと言うことができない。この泥沼のように楽しい生活を、私はどこまでも肯定しているから。

「春日はさ、いっつもどうにかなると思ってるよね。」

 私はどうにかなるなんて思ったことは一度もない。私は私自身が『どうにもならない存在』であることを重々承知しているのだから。確かに、中学の時はどうにかなると思っていたこともあったけれど、今の私には『どうにかなる』と思うことすらない。私はただ、どうにもならない、何にもならない、何にもなれないということを理解しているだけ。それすらも、実感としてはわかない。

 何にもなれない、どこにも辿りつけない、どこかを目指すことができない。ただただ日々を受け流し、受け入れず、過ぎ去らせていく。

 私に感動を与えられない、私の心にも頭にも残ることがないこの世界はきっと私には理解できない絵画なのだろうと私は思っている。描かれた絵は作者の意を汲んではいても、それが見る人にその意が伝わらなければ絵として成り立っていても絵画としては成り立っていない。絵がどれだけその意を伝え、人を感動させようにも人にその感動という感情が存在していなければ意味がないのだ。

 つまるところ、私には感情が存在しないのだろう。

 いつの頃からか、壊れたように楽しいとしか感じなくなった私。感動した、泣けてきた、そのどれもが薄っぺらく感じて生きてきた私。私の発言を聞いてポジティブだと言った人がいたけれども、それは間違いだ。

 楽しいとしか感じない私は、楽しい方向にしか考えることができない。

 それもけっきょくはポジティブだということに繋がるのかもしれないけれども、何か根本的にずれている気がしてならない。

「私の言ってることを、春日は間違っていると思う?」

 また、質問。実はこの質問までの間のことをみんな聞いていて、聞き流していたからよく覚えていないのだけどきっと目の前の女性が言っていることは間違いではないのだろう。ああ、この会話を早く終わらせていしまいたい。

 でも、わからない。目の前の女性が何を望んで私に話しかけているのかが、私にどう答えて欲しいのか、そして何を問うているのか。


 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。


「春日にとっての試練って何?」

「春日は何になりたいの?」

「そのための努力をしているの?」

「ねぇ、私の言っていることは間違っている?」

 目をそらす。都合が悪くなると私は目をそらす癖がある。それをどう受け取ったのか、目の前の女性は私を呆れたように見て、自分のなすべきことへと戻っていった。そして、私は部屋に戻り、絵の中の、自分には到底理解することができない世界の女性に向けて本音を言葉にしてぶつける。当然届くはずのないだろう本音を。

「間違っていないと思うし、それはきっと正しいと思うけれど、わからないということしか答えることのできない私になんて答えて欲しいの?」

 もちろん、答えは返ってくるはずもない。

「感情の欠落している私に、何を望んでいるの?」

 やはり、答えが返ってくるはずもなく、時間は過ぎていく。

 人には言うことのできない問いに、人が答えを返してくれることは絶対にないのに。

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