76.ゆっくり進む未来
数年が経った。
季節は春。
家の前の桜並木は、風が吹くたびに淡い花びらを舞わせていた。
織は、いつものように朝のコーヒーを淹れながら、窓の外の景色を眺めていた。
「……今年も咲いたね」
呟くと、背後から裕介の声がした。
「毎年、同じようで違うよな。花の色も、風の匂いも」
織は微笑んだ。
「揺れ、だね。」
裕介も笑った。
「そうだな。あの京都の夜から、ずっと続いてる」
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織は今、三作目の長編に取り組んでいた。
“揺れ”をテーマにした作品は、静かに読者の心を掴み、彼女の代表作のひとつになっている。
裕介もまた、京都で書き始めた歌詞をきっかけに、“揺れ”を抱えた人の心を描く曲を多く手がけるようになった。
二人の作品は、直接コラボするわけではないのに、どこか同じ温度を持っていると評判だった。
「ねえ、今日の午後、散歩行く?」
織がノートを閉じながら言うと、裕介はギターを置いて頷いた。
「もちろん。散歩しないと、言葉が固まるからな」
「うん。揺らしておかないと」
二人は笑い合った。
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午後の散歩道。
川沿いの桜は満開で、花びらが水面に落ちてはゆっくり流れていく。
織は立ち止まり、その流れをじっと見つめた。
「……ねえ、裕介」
「どうした?」
「私たち、ずっと揺れてるね」
裕介は隣で桜を見上げながら答えた。
「揺れながら進むのが、俺たちのペースなんだろ」
「うん。焦らず、無理せず、でも止まらず…」
「それでいいんじゃないか」
織はそっと裕介の手を握った。
「これからもこうやって生きてたい」
裕介はその手を握り返した。
「もちろんだ」
織は微笑んだ。
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家に戻ると、二人はそれぞれの机に向かった。
窓の外では、春の風が桜を揺らしている。
その揺れは、京都で始まった“揺れ”の続きであり、これからも二人の人生を静かに、優しく、前へと運んでいく。
揺れながら進む。
それが、二人の“これから”だった。
完




