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枯淡  作者: 水原伊織


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7/13

7.初めての夜のあと、二人の距離が変わった

二人は布団の中で裸のまま抱き合っていた。

和室の薄暗さと、外の湿った夏の気配が、ゆっくりと身体の熱を冷ましていく。


裕介が、織の肩に額を寄せたまま、かすれた声でつぶやいた。


「……俺、久しぶりなんだ。上条さん」


織は少しだけ顔を上げ、その言葉の意味を測るように裕介を見た。


「……結婚して、奥さんいるのに?」


責めるでもなく、ただ事実を確認するような声だった。

裕介は答えず、織の背に腕を回したまま、ゆっくりと息を吐いた。


「もうしなくてもいいでしょ? だってさ」


織は眉を寄せる。


「……何、それ?」


裕介は、どこか遠くを見るような目で、小さく笑った。


「さあ……」


その曖昧さが、かえって二人の間に静かな余韻を落とした。

布団の中で触れ合う肌は、まだわずかに熱を残している。


時間は十九時を少し過ぎていた。

裕介は、ゆっくりと布団から身を起こした。


「帰るの?」


織が、まだ布団の中で身体を寄せたまま尋ねる。


「いや……その、ちょっと喉が渇いて」

「冷蔵庫、適当にのぞいていいよ」

「ありがとう」

「……あ、部屋の電気はそれ」


裕介は言われたスイッチを押し、和室の外の明かりをつけた。

ぱっと広がった光の中で、布団に横たわる織の裸身が浮かび上がる。


薄暗がりで触れていた身体が、明るい場所で見ると、思っていた以上に官能的だった。

生身の女の身体を、こんなふうにまじまじと見るのは、彩以外では何年ぶりだろう。


裕介はそっと視線をそらし、キッチンへ向かった。

冷蔵庫を開けると、アルコール以外、ほとんど何も入っていない。

思わず苦笑する。


和室に戻ると、織も布団から出てくるところだった。

まだ裸のまま、髪をかき上げながら。


「上条さん……いや、織さん。俺、ちょっとなんか買ってくる」

「さんは、いらないって。……お願いしていい?」

「うん、水でいいの?」

「……できれば、いろいろ」


その“いろいろ”に、裕介は思わず笑った。


「いろいろって」

「お腹もすいてきた」

「了解」


裕介は服を身につけ、財布を手に取る。

玄関に向かうと、織が「ちょっと待って」と言って、万札を一枚差し出した。


「……私、お金はあるから」

「……だけど」

「……あんまり使うと、奥さんに怒られるよ」


裕介は言葉を失う。

織は、軽く笑って言った。


「お願い。いい感じになんか買ってきて。酒も」

「……分かった。なんかごめんね」

「いいのよ、大変なサラリーマン殿」


その言い方が妙に優しくて、裕介は靴を履きながら、胸の奥が少しだけ痛んだ。


----


一度コインパーキングに戻り、

車の中から買い物用のマイバスケットを取り出した。

マンション近くのスーパーで、水と食料品、そして酒をいくつか選ぶ。


マンションに戻り、織の部屋の前でLINEを送る。

すぐに、玄関のドアが静かに開いた。


織は、裸の上に“着る毛布”をゆるく巻いただけの姿で立っていた。

肩のあたりが少しずれていて、その無防備さに裕介は思わず声をひそめる。


「み、見られたらまずいって」

「誰も来ないよ」


織はそう言って、気にした様子もなく微笑んだ。


裕介は慌てて玄関に入り、ドアを閉める。

その着る毛布は、“着ている”というより、ただ身体に掛けているだけだった。

靴を脱ごうと屈んだとき、毛布の隙間から一瞬だけ、織の体の線が見えてしまう。


四十六にもなって、こんなふうに動揺するとは思わなかった。

胸の奥が、さっきよりも早く脈打っているのが分かる。

織は、何事もないように言った。


「ありがとう。重かったでしょ」


その声が妙に柔らかくて、裕介は返事をするのに少し時間がかかった。

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