3.乾いていく夫婦生活と、織との出会い
清水裕介は、大手メーカーの子会社の工場で働くサラリーマンだ。
二十年以上、ずっと現場に立ってきた。
もともとは派遣社員として出向したのがきっかけで、彩と結婚した頃に正社員に登用された。
高校を卒業してからは、バンドをやりながらフリーターを続けていた。
夢と現実の境界が曖昧なまま、その日暮らしのような生活だった。
そんな中、ライブに来ていた彩と出会い、交際が始まった。
彩は、当時の裕介にとって“救い”のような存在だった。
自分を必要としてくれる人がいるというだけで、人生が少しだけ明るく見えた。
結婚し、子どもが三人生まれた。
生活はいつも必死だったが、彩の身体に触れるたび、「家族を守らなきゃ」と思えた。
気がつけば四十六歳。
バンドは細々と続けているが、夢を語る年齢ではなくなった。
仕事は慣れたが、誇れるほどのものでもない。
家族はいるが、会話は減った。
――自分は、いつの間にこんなに乾いてしまったんだろう。
性欲が強いのかもしれない。
織と出会うまでは、欲求は毎日のように自慰で処理していた。
四十六にもなれば量は減るが、回数は変わらなかった。
身体が求めるというより、“生きている実感”を確かめるための行為に近かった。
だが、彩にはいつも拒まれていた。
「別に、しなくてもいいでしょう?」
その言葉は、思った以上に胸に刺さった。
拒絶というより、“あなたに興味がない”と言われたように感じた。
裕介は、ただ触れたかった。
誰かの温度に触れて、自分がまだ男であることを確かめたかった。
けれど、彩はもう裕介を“男”として見ていない。
家族としては成立している。
父親としても、夫としても、表面上は何も問題がない。
ただ、夫婦としての温度だけが、完全に消えていた。
そんな時に出会ったのが、織だった。
電車で肩にもたれかかったあの瞬間、
久しぶりに“女の匂い”を感じた。
それだけで、胸の奥がざわついた。
織と関係を持つようになってから、裕介は自分の中にまだ残っていた“欲望”を思い出した。
それは、ただの性欲ではなく、誰かに必要とされたいという、もっと原始的で、もっと寂しい感情だった。
織は、裕介を拒まなかった。
むしろ、求めてくれた。
その事実が、裕介の心を静かに満たしていった。
――俺は、ただ触れたかっただけなんだ。
そう思うと、自分がどれほど長い間、乾いたまま生きてきたのかが分かった。
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いつものように、音楽を流しながら小説を読む。
最近はWeb小説も覗くようになった。
織が投稿しているわけではないが、ライトノベルから恋愛、ホラー、歴史ものまで、ありとあらゆるジャンルが揃っている。
だが、裕介はやはり、手元の文庫本の“活字”が好きだった。
ページいっぱいに敷き詰められた文字。
一文一文に重さがあり、読み進めるのに少しだけ体力がいるような緻密さ。
その密度が、裕介には心地よかった。
織の書く小説も、まさにそのタイプだった。
無骨なハードボイルドさと、ふとした瞬間に覗く繊細さ。
そのバランスが絶妙で、気づけばどっぷりとはまっていた。
活字を追うたび、織という作家の“頭の中”に触れているような気がした。
そして、その作家が今、自分の週末を占めているという事実が、どこか不思議だった。




