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枯淡  作者: 水原伊織


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12/14

12.行為のあと、織に“真実”を突きつけられた夜

長い口づけの余韻がまだ唇に残るうちに、裕介はソファへ深く身を沈めた。

織は迷いのない動きで彼の前に膝をつき、静かに息を整える。

家庭での「管理」されるような窮屈さとは無縁の、ただ互いの存在だけが濃く満ちていく時間だった。

織の指先は、触れた瞬間に裕介の呼吸の変化を読み取る。


「…待ってたよ」


囁くような声が、肌のすぐそばで震える。

その距離だけで、裕介の背筋に熱が走る。


織の動きは丁寧で、けれど抑えきれない情の気配が滲んでいた。


やがて織は顔を上げ、薄手のカットソーを肩から滑らせる。

露わになった肌が、部屋の淡い灯りを受けて柔らかく揺れた。


「こうされるの、好きでしょう?」


胸元が触れた瞬間、肌と肌が擦れ合うしっとりとした音が、静かな部屋に溶けていく。

柔らかな温もりに包まれる感覚に、裕介は思わず目を閉じた。


家での「食事は?」「風呂は?」という定型文のようなやり取り。

ここには、そんな生活の影は一つもない。

ただ、自分を必要としてくれる一人の女と、その温度に身を委ねる男がいるだけだった。


----


織の胸元に包まれたまま、裕介はゆっくりと腕を伸ばし、

彼女の背に触れた。指先が触れた瞬間、織の肩がわずかに震える。


「……裕介」


呼ばれた声は、普段よりもずっと柔らかく、頼るような響きを帯びていた。

織は彼の膝に手を置き、身体を預けるように近づいてくる。


肌と肌が触れ合うたび、熱がじわりと広がり、

二人の呼吸がゆっくりと、しかし確実に重なっていく。

裕介は織の頬に触れ、そっと顔を引き寄せた。

再び唇が重なると、そのまま自然に、二人の身体はソファの奥へと倒れ込む。


裕介はしばらくソファで織の胸元に手を伸ばし、その温もりを確かめるように指を滑らせていた。

織はそのたびに小さく息を吸い、肩を震わせる。

やがて裕介は、そっと彼女の手を取る。


「……こっちに行こう」

低く落とした声に、織は静かに頷いた。


二人は隣の和室へ移り、敷かれたままの布団に身を沈める。

唇が再び重なった瞬間、シーツが擦れる乾いた音だけが、静かな部屋に淡く響いた。


裕介の手が、織の柔らかな曲線をゆっくりとなぞる。

触れられた場所から熱が広がり、織の呼吸は次第に深く、乱れを帯びていく。


織もまた、裕介の背に腕を回し、爪を立てるようにして彼を引き寄せた。

背中を反らせるその動きには、彼を自分の中に刻みつけようとするような、抑えきれない切実さが滲んでいた。


二人の身体が重なるたび、布団がわずかに沈み、肌と肌の触れ合う音が静かに混じり合う。


言葉はもう必要なかった。

求め合う温度だけが、

夜の空気をゆっくりと満たしていった。


----


行為の余韻がまだ身体のどこかに残っている。

和室の薄暗がりの中、織は仰向けになり、乱れた髪を指先で整えている。


裕介は横向きになり、織の肩に腕を回す。

肌に触れる温度が、まだ互いを手放したくないと語っているようだった。

しばらく沈黙が続いたあと、裕介がぽつりと漏らす。


「……家ではさ、全部“管理”されてるみたいなんだよ。

食事も、生活も、俺の気持ちも。まあ、実際、お金も任せているから、仕方がないし、

悪気があるわけじゃないんだけど……息が詰まるんだ」


織は天井を見つめたまま、ゆっくり瞬きをした。

その横顔には、同情でも軽蔑でもない、

ただ“理解”に近い静かな影が落ちていた。


「きっと、奥さんは、そうするしかないんだよ」

「…そうなの?」


織は少しだけ首を横に向け、裕介の目を見た。

その瞳は、行為の熱が引いたあとの、妙に澄んだ冷静さを帯びている。


「だって…裕介に見捨てられたら、終わりでしょ?」

その言葉は、声量こそ小さいのに、裕介の胸の奥に鋭く突き刺さった。


「…終わりって…」

「ずっと専業主婦って言ってなかった?奥さん」

「ああ」

「今さら一人で立つなんて、現実的じゃない。だから“管理”するしかないの。

あなたを手放さないために」


裕介は息を呑んだ。

織の言葉は責めているわけではない。

ただ、見えていなかった現実を淡々と差し出しているだけだった。

その静けさが、逆に重かった。

織は続ける。


「裕介がいなくなったら、奥さんは生活が崩れる。

だから、あなたの自由を少しずつ囲っていく。

それが彼女の“生きる方法”なんだよ」

「…そうだったのか…」


裕介は天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。

自分が窮屈だと感じていたものの裏側に、そんな必死さがあったとは思いもしなかった。


胸の奥で、何かが静かに軋む。

織は、そんな裕介の変化を察したように、そっと彼の手を握った。


「……気づいてなかったんだね」

その言葉は優しく、しかし逃げ場がなかった。

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